二宮はラスト2人の客を見送ったあと、看板をcloseにして店内のドアの内鍵を掛けた。

振り返り、4人がいるカウンターの席へと向かう。
そこには苺のロールケーキをパクパクと口に入れていく櫻井と、その様子を至近距離で眺め微笑んでいる松本がいた。
それを見て、はあ、と大きくため息をつく。

「ちょっと2人とも!店内でイチャコラするのはやめてもらっていいですか?さっきのお客さん、あきらかに疑ってましたよ!」

口の端にクリームをつけながら櫻井が二宮の方へ振り向いた。
先に口を開いたのは松本だ。

「え?疑うって?」

「イチャコラって何だよ?それよりニノ、このケーキすげー美味いぞ」

「気に入ってもらえてよかったよ。翔君のだけちょっと多めにしたんだ」

「ちょっと!ちゃんと話聞いて!さっきのお客さんのうちの1人が2人のことすっげぇ見てたんだからね」

二宮の目線の先には、櫻井の腰にしっかり回っている松本の右手。
そして、必要以上に2人の椅子が接近している事もだ。
顔を合わせ不思議そうにしている櫻井と松本。

「自覚ねえのかよ!松本さんがそんなだとは思わなかったよ!…翔ちゃんもちょっとは嫌がりなよ」

2人から交際報告を受けたのは1週間ほど前。
櫻井が3人にコソコソ隠れて付き合うのは嫌だと主張した為だ。
そこは男同士という事もあり、少し躊躇した松本だったが、
『相葉君は幼馴染だし、ニノは俺が見込んでスカウトしたし、智君はなんか大丈夫なような気がするから大丈夫』と譲らなかった。

事の顛末を聞かされた3人は、いつかこうなるとはわかっていたのか、驚くとか反対するなどはなかった。

が、しかし。

それでも2名ほど、僅かに動揺した様子を見逃さなかった松本。
二宮も大野も初めっから櫻井に懐いてるなとは思ったが、その時は男性同士の恋愛など範疇外だったので忘れていた。
ここにきてやはりそうだったのかと確信する松本。
しかし2人がそれを恋だと気付いてるのかは確かめようがない。

身内に近い彼らと揉めるのは避けたかった。
櫻井を渡す気など微塵もない松本は、それならば恋と気づく前に諦めてもらうしかないと決め、3人の前でも気持ちも行動も隠さないようにしたのだ。
この松本の決心は、いつもは鋭い二宮にはまだ伝わっていない。
ついでに櫻井も伝わってはいないが、それは彼が鈍感なだけなので松本にはかえって好都合だった。

「寧ろ遅いくらいだよ」

ケーキを完食し、眠そうに目をこすりながら大野が結構時間かかったねと続けた。

「翔ちゃんが鈍感なのはわかってたけど、松潤がそこまで純情だとは予想外」とは二宮の感想。

「同居から同棲か。なんかエロいよね。そういうことしてる時、モモはどうしてんの?」

あっけらかんとした相葉がそっち方面の話題へ振ったところで櫻井がコーヒーを吹き出した。
ちょっ、おしぼり取ってと焦る櫻井をよそに大野が思い出したように呟く。

「昨日ちょっとだけ松潤の家に寄ったんだけど。あの猫、翔君のスリッパに顔突っ込んでたよ」

その言葉に苦笑をもらしたのは松本だった。

「あいついつも翔君の服とかスリッパに絡まって寝てんだよ」

「モモは俺の事が大好きなんだよ。だからそこは仕方ない」

この会話に、動物好きの相葉が興味を示す。

「マジで?今もかな?ニノ、モモの様子見に行こうぜ」

「いや、俺は別に…」

気が進まなそうな二宮を引っ張って行く相葉。
2人は足音を立てないようにしながら慎重に上がって行った。

しばらく黙っていると、上の階がにぎやかになったのが分かる。

「お、もう時間だ。ごちそうさまでした。じゃ俺そろそろ行くわ」

手帳で次の案件を確かめながら、櫻井が席を立った。

「あ、翔君。今日飲み会だよね?帰るの何時頃になるの?」
またもや入口まで見送る料理長。

…その2人を眺める大野が何かに気がついた。
あれ?この香り?…
「翔君、香水いつもと違うね」

大野の言葉に明らかに動揺する櫻井。
櫻井の首筋にクンクンと鼻を当て、匂いを嗅ぐ松本。
「あ、ホントだ。これって俺のだ」

「…夜に飲み会、あるからさ」

「え?自分でつけたの?」
心底意外そうに目を丸くする松本。

若干その口元が嬉しそうに歪んでいるのは、きっと気のせいではない。
こんなこと自分でばらすのが最も恥ずかしいパターンなのにと、櫻井の心の中の舌打ちは松本には聞こえていないだろう。

「…その方が、いいかなと思ったんだけど」

「うん!うんいい!そういうの嬉しい」

「…ん…ぇ?ちょっと、離せって…」

本当は誰にも気付かれないなら黙っておこうと思っていた香水のレンタル。
だけどもしばれてしまったとしても、おそらく喜んでくれることは予想できていた。
しかしまさか、ガラス張りの店先でこんな恥ずかしい事をするなんて誰が予測できようか?
しかも智君の前だぞ!と、振り返れば、二宮と相葉の後を追って猫に会いにいったのか、気を利かせたのか、大野の姿はなかった。

「翔君から俺と同じ香りがするのってなんか興奮する」

「…おま、ちょ…だからっ!」

ぐいぐいとドアの前から、死角になる隅のほうに連れてこられた。
自分の香りを自ら付けるといった、予想外の櫻井の行動がよっぽど嬉しかったらしい。

「好きだよ」と耳元で囁かれ昨夜のことを思い出して顔が赤くなってもそれは櫻井のせいではないだろう。
腕をつかまれ、背中を撫でられて。
真正面にある松本の顔しか見えていない櫻井は仕事中だと言う事を忘れそうになってハッとする。
キス直前まで近付いていたのを押しのけると松本は、不満そうに尖らせた口で
「飲み会終わったら連絡ちょうだいね?迎えにいくから」と言った。

「ん、わかった」
迎えに来てくれるのを楽しみにしてるそぶりなんて見せたくないのか、できるだけそっけなく言って店を後にした。






次の仕事をそつなく終え、飲み会の場へ直行した櫻井。
コートを脱いだ時にふと感じた、松本の気配。

「相葉君も、なかなかいいこと言うじゃん」
と一人呟いた。
次の自分の誕生日にはこの香水を買ってもらおう。
そんで、そのお返しに自分のと同じのを彼に贈ろうと思った。


取引先との付き合いでの飲み会が終わったと連絡すると、一次会で帰ると言い出すなんて思っていなかったらしい松本は予想外に早い時間に上機嫌で迎えにきた。
助手席に乗り込み、礼を言う。
ネオン街を抜け、見慣れた街並みに松本の運転する車が進んでいく。
店のすぐ横の駐車場に止め、玄関を目指す2人。
キーを開ける前、松本が櫻井へ囁いた。
「同じ場所に帰るって、やっぱりいいね」

「そうだね。この家に帰ると安心するよ」そうして和かに微笑み合う2人は、玄関のドアを閉めてから軽くキスをした。

だが残念ながら、ロマンチックな時間は続かない。
遠くでニャーっと抗議を上がるようなモモの声が聞こえてきたのだ。
リビングのドアを開けたその先は、白猫がまたもや櫻井のスリッパに顔を突っ込んで待っていた。