最近評判のお店。
その店の営業時間は少々変わっている。
例えば客層が働く人をターゲットとしている為、定休日が日曜だったり、予約が入っているときのみ夜営業があったりとだ。
中でも変わっているのが水曜日。
この日は夜営業の予約は受けない。
何故なら、毎週水曜日はランチのラストオーダーを14時までとして、15時からスイーツのみの時間が存在するからだ。

遥は同僚の舞と小走りに向かっていた。
季節は冬だが晴れており、日光があたたかく射している。
足を止めて空を見上げると、ビルに覆われて多少狭いものの、それでも心が晴れやかになるような青空があった。
だが二人はそのようなことに構っている場合ではなかった。
時間は15時を10分ほどまわったところ。

「まだ、あるといいんだけど」
「うんっ」

角を回って見えた目的地に二人は足を速めた。
到着し、息もつかずにドアを開ける。
息切れ寸前の二人を迎えたのは、少しだけ鼻にかかるような特徴的な男の声と、チリンと鳴った鈴の音だった。

「いらっしゃいませ~!」

レジのところにいたのが、いつもの青年ではないことに若干面食らいつつも、屈託のない笑顔は二人の疲れを癒してくれた。
遥はそのさわやかな男が、いつもは厨房で料理を作っている人物だとすぐに気がついた。
隣で息を整えたらしい舞が、その男に向かっておずおずと問いかける。

「あのっ、今日の分はまだ、残ってます?」
男はその質問を聞くなり、満面の笑顔で答えた。

「はい。ございますよ。お二人で最後になります。こちらでお召し上がりになりますか?そしたら空いてるお席へどうぞ」

2人はカウンターに近いテーブルに座ると、程なくしてお目当てのものが運ばれてきた。
このお店のスイーツは一品のみ。
ドリンクは選べるが、レジにいた男性にすでにオーダーをしていた。
だから注文してから出てくるのがとにかく早いのだ。

うすい黄色の生地にフォークを差し込む。
そのすぐそばでは、入れたてのコーヒーが香ばしい香りを運んでくる。
目の前に座った舞が、フォークを口にくわえたまま甘い声を出した。

「ん~おいしい!本当においしい!苺がいっぱい!」

その反応に思わず笑みをこぼすと、遥もケーキを口に含む。
舌に広がるクリームのほどよい甘みと苺の酸味。
生地はしっとりとそれらを包み込んでいた。満足する一方で、また一口、とフォークが進む。

「間に合ってよかったね」
夢中になる遥に舞が緩みきった表情を向けてきた。

「3時からだから大丈夫だとは思ってきたんだけど、危なかったよ。せっかくこれに合わせて休憩ずらしたんだからさ」

「ここすごく人気でてきたもんね。最近は特にさ」

店内を軽く見渡すと、そこにはいっぱいとは言わないものの程よい客の数。

「あれ?ケーキって、何人分あるんだっけ?」

「確か、30人限定だったはず」

ん…?和んでいた2人の間に疑問が浮かんだ。
30人限定とはいうものの、それだとしたら客の数と合わない。
すると首を捻る美優の背後から時を見計らったように、ここでは聞きなれた声が聞こえてきた。

「半数の方はお持ち帰りなんです」

突然聞こえた声なのに、何故かそれに驚くことはほとんどなかった。
不思議ではあるのだが、この男の声はいつも自然と耳に入ってくるのだ。
舞の表情がますます明るくなる。
二人のテーブルにやってきたのは、この店のウェイターだった。

「働いている途中にわざわざ買いに来てくださるの。だからすぐに売り切れちゃうんですよ」

そう説明し、男は二人の前に名刺ほどの大きさのカードを並べた。
そこにはかわいい苺の絵とメッセージが並んでいる。

「持ち場を離れていたので、少し遅くなってしまいました。こちらが、今回のスイーツとなっております。『イチゴのロールケーキ』です」

カードには、これがどのようなケーキなのかという簡単な説明が記されていた。
毎回限定のケーキを購入していくお客様に配られるカードだ。
特に大したことが書いてあるわけでもないのだが、かわいい装飾がしてあるため、密かに人気があるのだ。

しばらくゆっくりしていると、チリン、鈴の音が聞こえた。

「あ、大野さん!」

それまで微笑むような表情で客が帰った席の片づけをしていたウェイターは、急に子犬のような笑顔になって入り口へと歩いていった。
何事だろう?、と後ろを振り向いた遥の目に映ったのは、作業着に身を包んだ男の姿。
男はウェイターに向かってぼそりと何かを呟くと、奥のカウンターへと腰掛けた。
ウェイターもその後をついて歩き、仕事中にもかかわらず男の隣の椅子に腰掛けた。
作業着の男は、2人にも見覚えのある人物だった。

「あの人、普段のランチのときに来てる人だよね?」

「うん。珍しいね。この時間帯に来たところは初めて見たかも」

二人が楽しそうに談笑する姿は、普段はほとんど見ることのできないものだった。

チリーン

そしてまたもや来客を知らせる鈴の音、と同時に声がする。

「喉乾いた〜」

その声を聞きつけ、すぐに奥から出てきたのは、この店の料理長だ。
日ごろ厨房から殆ど出てこない彼の姿は、滅多に拝めない。
見れたらレアものと言われているのだ。
なのにスーツ姿のこの男性の一声で、自ら店先まで出てきた事に2人はまたもや驚く。

「翔君、意外と早かったね」

超イケメンで評判の料理長は、スーツ姿の男性をまるでエスコートするかのように背中に手を当てながらカウンターへ促す。
そしてさっきの店員も混じり、合計5人で話し始めたのだ。
呆気に取られる2人は、だけども、自分たちがめったにない幸運に遭遇していることに気付いていた。

「あのスーツ姿の人もめちゃカッコ良くない?初めて見た。…これさ、会社の友達に自慢できるよね」

「うん、かっこいいよね。めちゃラッキーだ!…って、そういえば!!時間っ」

「へ?あ、もうこんな時間?!やばいじゃん!」

慌てる舞につられて時計を見ると、気付かないうちに時間は大幅に過ぎてしまっていた。
周りを見渡すとお客さん一人もいなくなっている。
お昼休みの時間帯を3時間もずらして休憩を取ったものの、このままでは仕事に間に合わなくなってしまう。
急いで準備をしてレジに向かうと、そこにはすでにウェイターが待ち構えていた。
さっきまでカウンターのところにいたはずなのに、と会計を済ませつつ目を横に向けると、そこにはあいかわらず楽しそうに談笑しているスーツ姿の男性と、そのすぐ横に座っている料理長。

「あれ…?」

「ほら、何ぼけっとしてるのよ!急がないと!」

ぽかんとその場で固まる遥は、慌てふためく舞に引きずられるようにして店から出ていった。
ウェイターの男が営業スマイルで微笑みながら、そんな二人の姿を見送った。









女性客の名前は私の姪っ子からとりました。
私には姪が4人いるので、どの子にするか迷ったんですけどね。
お客様目線で書きたかっただけなので、残念ながらもう登場することはないです、