ぐぅ、と音がなった。

音の持ち主の櫻井は、眉尻を下げてぐたりとソファに横たわっている。

「もう、俺死にそう…松潤、相葉君、まだあ?」

「ごめん翔君。もうちょっと待ってて」

「翔ちゃん、空腹は最高のスパイスっていうじゃんっ!
だからこれが出来上がるころには最高に…っいて!」

「お前は、動けよ!」

背中を松本にどつかれた彼は、楽しそうに特有の笑い声をあげた。
お店を閉じた後、二階の松本家には相葉が訪れていた。
目的はもちろん料理。
相葉は松本のパートナーである。
が、料理で松本に学ぶことはまだまだ山のようにある為、こうして時々松本のアドバイスを受けにくるのだ。

キッチンにはにぎやかな音と声がしきりに溢れている。
中でも櫻井を刺激してならないのは、その音たちに紛れて漂う香りだった。
その刺激は工程が進むにつれ、どんどんと鮮やかさを増していく。

「!マジ、うまそうな匂い!」

櫻井は力強くそう発言すると、二人から手招きをされ、
決して広すぎることはないキッチンに足を運んだ。
リビングに取り残された猫は、ごたごたと三人の男で埋まっていくそこを遠巻きに眺めながら大きく口をあけて、盛大なあくびをしていた。

程なくして出来上がった料理を並べ席に座る。

「「「いただきます」」」

誰かが音頭を取るわけでもないのに、こうして揃うのはやはり不思議なものだ。

「お、なかなかいいじゃん、うまい」

松本の表情が明るくなった途端、相葉の目がうれしそうに細まる。

「まじで?!やったーっ」

櫻井は喜ぶ相葉に同じように笑顔をやりつつ、自分も、と一口。
その目が、爛と光った。

「うっめ!…これマジうまいよ!」

口元を手で覆いながら、相葉を見る。
その先には、同じように料理を食べた櫻井がぶんぶんと首を縦に振っていた。

「これ、大成功でしょ!ね!松潤!!」

「うん、成功だね。てか今度からこれ店でお前も作ってよ。俺が手空いてない時とか」

「え…いいの?」

予想だにしていなかった松本の言葉に、相葉は一瞬笑みを消して真剣な顔で聞き返した。

「そのほうが助かるし」

「う、うん、わあ…、よっしゃ!」

顔をくしゃくしゃにして喜ぶ相葉は、今日一番の幸せを感じたようだ。
その横で櫻井も同じようにテンションをあげていた。

「よかったじゃん、相葉君!」

「ねー!」

「だってさ、これ本当おいしいもん」

「ありがとう、翔ちゃん!」

「いや〜相葉君、どんどん料理上達してるね」

フォークを休まず動かす彼は、おいしいと連発して相葉に言い聞かせる。
テレビもついていなければ音楽もかかっていないそこは、声だけでも異様ににぎやかだ。

そんな二人が盛り上がりをヒートアップさせていく一方で、反比例するように静かになっていく人物がいた。
気付かない様子の二人をよそに、松本は次第に濃くなる眉間のしわを隠すかのように視線を下げた。

もやもやというか、何かが胸の奥でぐるぐると渦巻くのを感じて松本はそれを堪えたくて顔をしかめる。

目線を落とすとテーブルの下にはいつの間にかちょこんと座って前足をなめているモモを見つけた。
ピンク色の舌がちろちろと動いて白い毛並みを整えている。
それを数秒間見つめた後、松本の口からはくすりと笑いがもれた。

「なんで笑ってんの?」

「笑うほど俺の料理おいしかった?」

向かいから聞こえてきた言葉に顔を上げると、不思議そうにこちらを伺う二人がいる。

どうして笑っているのか、松本は自分自身でも分からなかった。
可笑しくもないし、楽しいことなど全くないのに笑ってしまう。
けれども一度こぼれたそれは、何故かすぐにはおさまってくれなかった。