「俺さ、なんかわかっちゃったな」

早朝から釣ってきたばかりの魚をさばきながら大野がぼそっと呟いた。
彼の手際は素晴らしく、魚達が次々と綺麗な形になっていく。
釣り仲間でもある料理店の板前さんからプレゼントされた包丁は、【大野智】と名前まで彫っていて、なかなかの切れ味らしい。

「何が?わかった?」

「松本さんの大事な人って、翔君でしょ?」

「…ウチに来てるのがニノか翔君の二人しかいないからって、適当な事言ってるんじゃないよ」

あれから2度しか会ってないのに、彼らは互いに『智君』『翔君』と下の名前で呼び合っている。
人見知りせず誰とでも仲良くなる翔君は、自分にはないものを持ってる人に特に興味を持つ傾向にある。
翔君と彼はある意味真逆。
だから彼が大野君と親しくなろうとするだろうと思っていた。
だから出来れば会わせたくはなかった。
が、それだと俺も翔君に会えなくなるので仕方ない。

モデルの仕事はしてないが、煮詰まった時など何か閃きがないかと、つい自由のきく大野さんに連絡をとってしまう。
大野さんはどちらかと言うと腰が重いが、俺の誘いには比較的乗ってくれる。
何故なら彼の自宅は都心から少し離れてるようで、俺の家の方が何かと便利らしいのだ。
まだイラストレーターの仕事だけでは食えない大野は、こうやって朝から釣りをしてウチで捌いてから午後バイトに出かけたりすることも多々あった。

モデルをしてるふりをしばらくニノに見せる必要もあるしで、結果いろんな要素が重なって会う頻度は翔君よりも多くなっていった。


あれから待ち焦がれていた『会いたい』の言葉はついに翔君からは聞けずじまいだ。
このまま彼の関心が俺からなくなる事を恐れ、完徹した昼近くに翔君にメールをし、どうせいつかは会うのだからと二人を引き合わせることにした。

「適当じゃねーよ。だって松本さん、翔君を見る目がちげーもん。隠してるつもりかも知んないけどさ、だだ漏れだよ」

その綺麗な指先から、形の良い刺身がどんどん出来上がっていく。

「松本さんの目がその辺を見る奴とは全く違うんだよね。でもどうしてかな。翔君の方は松本さんたは…「ダメなんだよ」」

その続きを聞きたくなくて、大野さんの話を遮った。
どうせ『翔君の方は違う』と続くのだろう。

「翔君に俺の事で迷惑かけなくない。だからもうこの話はおしまい」

大野さんは何か言いたげだったが、話を続ける気もない頑な俺を見て諦めたようだった。


初めて合わせたあの日、翔君はすぐに大野さんに関心を持った。
すぐに下の名前で呼んだし、彼の事を知りたくて聞き出したくて、どんどん質問していた。
大野さんも満更ではないのか、日頃は口数が少なめなのに、翔君の相槌に促され今夜はいつになく饒舌だ。
そのキラキラした大きな瞳で『智君』と呼ぶ翔君を見て、やっぱりなと心で舌打ちをする。

大野さんが去ってからすぐ「帰ろうかな」と言った翔君。
こんなに長い間会ってなくて、しかも二人きりにったばかりなのに。
やっぱり俺の事は特別とは思ってないのかと落胆する。
それでも態度に出さないように「え、泊まらないの?」と返すと。

「泊まっていいの?」と小首を傾げた。

遠慮してるんだろうか?
それとも本当に帰りたいのか?
翔君の本心がわからない。
このまま泊まれば、流れとしては身体をつなげるようになる。
帰りたいのは明日も仕事だからなのか、それともその行為自体がもう嫌なのか…

泊まって欲しい。
抱き合いたい。
俺はもっと二人きりでいたいんだよ。

しかし、ここで強引な態度をとって本気と感づかれ「お前の想いは重いから」と逃げられるのだけは避けたい。

「明日も仕事?だよね?俺はどっちでもいいから、翔君に任せるよ」なるべくさりげなく、ポーカーフェイスで言ったつもりだが上手くできただろうか?

結果、泊まると返事をくれた翔君に内心は大喜びだったが、ここで態度に出て感づかれるわけにはいかない。
嬉しさでニヤけた顔を隠すため、風呂の準備にかこつけてバスルームへ向うふりをした。
廊下を曲がり、その隅からそっと翔君の様子を伺う。
彼は自分の足元を見て、何かを考え込んでいるようだった。

……まさか帰ると言わないよな?

そんな事を言わせない為にと、翔君の部屋着やタオルを準備をする。
自分の事ばかり考えてた俺には、あの時玄関に佇んでいた彼の心情などわかるはずもなかった。