ブログ再生

病気して以来、ブログを書くことは私の支えになった。
仕事ができなくなって”やらなければならないこと”を失った私は
自分に何かを課す必要に迫られた。
そうしなければ回復するのだという目標さえ失いそうになった。


おかげで闘病記から始まったブログは
自分を再確認し、自分を叱咤激励する、幸せな言いたい放題の場となった。
そして、8月で丸3年が経過した頃から
そろそろリセットした方がいい時期に来たと思うようになった。


私は、後々自分が読んで面白いものを書きたい。
自分で読み返したときに、何度読んでもその時のことが浮かんで
笑ったり泣いたりしてしまうものを書きたい。
──忘れたくないから書く。
──無かったことにしたくないから書く。
その最初の単純な理由をもう一度突き詰めたいと思う。


テーマを変えるとか、絞り込むとか、何かの作業を施したい。
写真を使うのもいいかもしれない。
ゆっくり考えてまた再挑戦しようと思う。


これまでたくさんのコメントを下さった方々、ありがとうございました。
誰かが読んでくれることを期待せずに始めたので、びっくりしたしとても嬉しかった。
読んでくださる方々がいらっしゃったから、ここまで続けられたのだと思う。


歌を聴きながら次のブログを考える・・・しばらく新鮮な作業になりそうでこれも楽しみ!
新しいかたちを模索しながら、ストックを増やしたい。
またどこかで、別のかたちでお目にかかれますように。
私の喧嘩を喜んで買って下さった皆様に心より感謝申し上げます。


喧嘩、売ってよかった・・・。
 

ほんと、所詮 あたしの超主観だけどね (^。^)y-.。o○


RINKO
     人に疲れて

人に疲れて
あてもなく
とぼとぼ歩く夕暮れ


その仕事
この存在
私である理由もなく


死ぬ前に
やっておくこと
見つからぬまま


人に疲れて
昨日今日
そしてたぶん明日もまた──



☆★☆★☆


暑さに倦んだように、ここへ来て疲れを感じる。
いつもならやり過ごすのに
今日に限って引っかかってならないのは夏の疲れのせいか?
いやそれは、夏ではなく人に疲れたせいではないか?
そんな気がする夕暮れもある。
     村下 孝蔵

この演歌歌手のような名前は忘れていたが
1983年に出た「初恋」と「踊り子」の2曲は確かに聴き覚えがあった。
1953年生まれの村下孝蔵は、その黄金期が
私の“音楽情報欠落期”にあたるせいで(人生のエアポケットにこぼれ落ちていた)
どんな歌手が歌っているのか今年の夏までほとんど知らずにいた。
これだけ見ても、若い日の私はもったいない生き方をしていたと思う。


何気なくYou Tubeを検索していてたまたま「初恋」を聴いたのだ。
そして今ではこれまたヘビーローテーションで聴きまくっている。
私が今聴いているのは「GUITAR KOZO」というアルバムだ。
レンタルする時に何枚か視聴したのだが、この人はライブの方が素晴らしいと思う。
またギターの名手でもあったそうで、アルペジオの巧みさと
それを苦にもせずあの難しい歌を歌うところにすっかり魅了されてしまった。


フォークに分類されるようだが、フォークの素朴さからは程遠い印象を受ける。
洗練された繊細なメロディーラインとあの声。
どこか井上陽水みたいな艶のある声質だけど、硬派な歌詞から清潔感があふれる。
横文字を含まない歌詞は、古風なイメージをかき立てる反面
ベンチャーズに入れ込んだだけあってリズムをザクザク刻むタイプだから面白い。


いつもサラリ-マンみたいにネクタイにジャケットでギターを抱えて歌っている。
最初映像を見た時は、どこかの携帯電話会社の社長さんかと思ってしまった。
46歳にして病気で亡くなったとは、何と残念なことだろう。
13回忌にDVDが出るのもうなずけるし、根強いファンもいるだろうと思う。
今の時代に欠けているものが詰まっているもの。
懐かしさだけでない、“心の底をひとすじ引っ掻くような”
何かを思い出させる歌なのだ。


何だかちょっと疲れた時は、彼のニュートラルな声で
自分に戻れるような気がして、夕方の帰り道はいつも村下孝蔵を聴いて歩いている。


所詮 あたしの超主観だけど。
     月変化

私が充実していると
月は近づいて来て
大きく頷く


私が迷っていると
月は高く遠くから
小さく手を振る


   捨て身で何かに挑んだ時は
   オレンジ色に
   温度を上げて


   やるだけやった後は
   たまご色に
   穏やかになって──


月は私を見ている
私は月を見ている
そうして互いを映し込む──


☆★☆★☆


月の大きさも色も自然の摂理で変わるのだろう。
しかしそのサイクルとは無関係に
同じ時間に見上げる月が、昨日と全く違って見えることがある。
見上げる私の精神性とリンクしているとしか思えないことがある。
こういう勝手な思い込みを許してくれるところにまた親しみを覚える。
    満月

花屋の店先で
コスモスがたよりなく揺れる
細いうなじの正面に 満月


山裾の草原で
コスモスが一斉になびく
細い花びらの真上に 満月


花のように咲きもせず
ただゆっくりと立ち枯れて行く
私の行く手にも 満月──



☆★☆★☆


きれいな明るい月だ。
月は全てのものを平等に照らし出す。
美しい花にも、咲かない花にも、同じような光が降り注ぐ。
今宵満月、立ち枯れの人生にも澄んだ光を!