下條正男氏をご存じだろうか。下條氏といえば、日韓で領有権が問題となっている竹島(韓国では独島)問題に関して、積極的に発言しているかたである。そんな彼が、どうしてこの問題に取り組むようになったか、下條氏が、「現代コリア (96年5月)」に綴った文章の抜粋を引用する。
貼りつけ、はじめ。
韓国のテレビ各局が、連日のように竹島関連のニュースで賑わっていた頃、ソウルの日本人学校に通う子供達が、一通の学校だよりを持ち帰ってきた。その冒頭の挨拶には平素とは違う調子で、外出の際にはあまり日本語を使わないように、と注意書きが添えられていた。それはちょうど日章旗が焼かれ、池田外相の人形が韓国の人々によって焼き捨てられていた頃であった。確かに一九九六年二月のソウルには、小学校二年の娘がそっと私に「お父さん日本が何か悪いことをしたの」聞かずにはいられない程、子供心を不安にさせる空気が漂っていた。この学校から届いた手紙には、そういった子供達の心を気遣う先生方の思いが籠っていた。
一方、韓国のニュースでは竹島問題を学ぶ韓国の子供達が紹介され、『世宗実録』地理志や『東国與地勝覧』の名をスラスラ挙げる小学生の姿が映し出されていた。状況がつかめずただ不安げに過ごす日本の子供達。それとは対照的に「独島(竹島)は我が領土」を溌剌たる表情で口にする韓国の子供達。同じ子供が何故こうも違った姿を見せるのか。これは大人の責任である。何も知らぬ子供達が、大人達の争いの大人達の知恵によって、自己の問題とせねばならないからだ。子供達の将来を考えるとこれ程精神的負担はない。
ここはどうしても竹島問題の実相を明らかにし、子供達の心に子供らしさを取り戻してやらねばならない。
だがその前に一つだけ確認させていただきたい事がある。それは竹島問題を日本人、韓国人という立場でだけは問題にしてほしくない、ということだ。
今、家の前では韓国の子と家の子が一緒になってヒヨコを遊ばせている。ヒヨコに夢中の彼らには韓国人も日本人もない。だから無心に遊べるのだ。このことはすでに歴史の対象となった竹島問題を考える時も同じである。日本や韓国という枠組みで歴史を見ていると、事実はますます見え難くなるからだ。だが問題の性格上、どうしても文中に韓国政府、日本側といった表現をせねばならぬ場所がある。その時には歴史の事実として、読み進めていただくようご協力願いたい。
貼りつけ、おわり。