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うさぎ12刻 ★usagi jyunitoki

日々の出来事いろいろ書いています

家出した次男が、

突然帰って来たのは

母にお金を渡す為、


そして

成人式は出られないから

母にその姿を見せる為でした。


母は

悪い事をして

稼いだお金なら受け取らない

と言っていましたが、

出どころは

給与明細と共に、本当に働いた

まともなお金でした。



実の子として

次男を育てて来たので、

次男はその恩を忘れたわけではなく、

実父以上に

信頼していました。



母は前夫の元に置いて来た

娘の分まで、

次男も可愛がっていました。


次男は母の潔癖な性格も

言い出したらきかないのも

わかっていたので、

予測してきちんとしたお金を

準備してきました。


しかし、母にとって、

次男の家出はショックで、

長男以上に衝撃が強かったようです。




そこに父の暴力も加わり、

母の心は

徐々に壊れていきました。


かたや父親は…


父が黙っていても

職人が働き、社長の座も揺らぎなく、

収入も約束されると、

ちょくちょくサボり始めました。


朝からベッドから起きず、

「今日仕事は?」

と聞くと、「行かない」という

母とのやり取りが増えました。



父の出た現場は評判が良く、

腕が良いとされ、

母もどんどんと

仕事を取ってきていました。




仕事に出ないと

会社の信用問題に関わるのでした。

大工さん達も

棟梁が出てこない、

社長が来てくれない、と

段々と不満を募らせ

辞めていく人が増えました。




30人程いて、

私の遊び相手までなってくれた

職人さん達は

皆いなくなりました。



それでも父はもう

仕事のやる気はなくなっていました。


ボチボチした仕事を

気紛れにしかやらなくなり、

生活費は祖母頼みに。


母もある程度は

意見しましたが、

意見を言うと

殴られ始めていました。



父は、それでも

私の前では良い父を

演じていましたので、

私が寝てからの振舞いが

酷かったのはわかりました。



私は父に

恐怖心を抱いた事は

実はありません。

何故なら、

私には

絶対に手を挙げなかったから。


とはいえ、

ロープで縛られた事が

1度だけあります。


それは

小学校1年生の冬です。



理由は、

登校の為、家を出た直後、

トランプを取りに帰ったら

何の為に

学校に行ってるんだ!

学校は勉強しに行くんだ。

そんなんだったら、

学校へ行かなくていい!


と怒られ、

建築資材をまとめる

ロープでぐるぐる巻きに…。



その日は家を出た直後に

雪が降り出しました。




私の通っていた小学校は

雪の日は外でなくとも

遊べるように、

室内で遊べる物を

持って来ていい事になっていました。



私の思いつきが

厄介な事になりました。

学校の先生が良いと言ってるのに

何でそんなに怒るのかが

私にはよくわかりませんでした。


面倒な事になったなぁ


と、その時は感じていました。

案の定、

私はトランプきっかけで

学校を休まされる羽目になりました。


親は学校に欠席の連絡をし、

私は恐らく30分程度

ぐるぐる巻きで

ほっておかれました。


母は父に反論していましたが、

絶対ロープをほどかない!

という意地に、

頼み込むのを諦めてしまいました。


私はさほど動揺は

しませんでした。

父の所業は

母のもので多少免疫がついてしまい、


何より、

父が私には縄を

とても緩く巻いているのを

承知していたからです。


激昂のポーズであるのを

感じ取りました。


後にも先にも

父が私に対して

何かしたのはその1度きりです。


母は長年の恨みつらみが

強かったですが、

私には父は恐ろしい人では

なかったのです。


怒り出すと

見たいテレビも観れない。

(普通に)

ちょっと面倒くさい人



と言う感じでした。

今でも、

すごく観たかったテレビが

観れなかったので、

そのロードショー的な

番組の映画が無念ですニヤニヤ


食べ物の恨みは

怖いと言いますが、

私的には

テレビの地上波初!恨みですニヒヒ



怒り出すと

面倒くさいお父さん、

私の子供時代は

感覚は女子高生です。


エスカレートしていく

父の暴力は

凄まじくなっていきました。