100日後に既婚カレを死ぬほど沼らせて、
一生のパートナーに導く縁結び占い師の工藤香織です^^

過酷すぎる10代でしたが、
ここからは、働き始めるところでござる
最初の話はこちら↓

高校3年、19歳
ようやく自動車免許を取るのだけど、
この頃は、学校にバイトに、自動車学校という
忙しい充実した時間だった
自動車学校では、初回でまさかの
先生が「長女でしょ?長女ってさ、いう事聞かないんだよ
こうやってアクセルやれっていっても、全然きかないしさ」
などなど、ずっとどれだけ私が嫌な人間か
みたいな話をされた
ので、勇気を出して
先生を変えて欲しいと学校に伝えたら、
それによって、先生の成績が変わるのか
ロビーのみんながいるところで、
「俺は愛をもって調教をしてるんだ!!」
「なんで変えるんだ!!」と大声で言われて
うんざり笑
愛の調教って、○ナニーだろと思ったのであった
つくづく先生運がない
その後の先生は、
めちゃくちゃ良かった
ここで、先生運がないけど、
その後はいい先生という思い込みも
出来上がってしまったと思う
そこから、
2回も高校に入ったのだから、
私には未来がないし、
親の期待にも応えられない
こんなダメ女に金をかけるくらいなら、
優秀な弟や妹に使って欲しい
と思って、
進学はやめて、働く選択へ
いろいろ面接を受けるも、
なかなか決まらなかった
靴の会社を受けたのだけど、
集団面接でなぜ部活をやめたのか?
と聞かれた
病気で38kgまで痩せてしまったし、
泣く泣く大好きだった柔道をやめることになった
ここで少し部活の話をすると、
一番頑張っていた時は、
中学の部活に出て、高校の部活にも参加させてもらい、
さらに道場にも行ってた
高校の部活は、女子柔道部ではなく、
あえて男子柔道部へいって
より、ハードな練習をしていた
全道大会(北海道大会)にも出たし、
函館の新聞にも載った
中学2年の時、個人戦で優勝を逃したのが
悔しすぎて、悔しすぎて、
3年の個人戦では必ず優勝すると決めて
1年間頑張った
3年の個人戦では優勝できた・・!
のだけど、
決勝戦の相手が、あいつは反則をつかったなどと
言いふらしたおかげで、嫌な雰囲気になった
という、
どこまでいっても、何かに巻き込まれていた笑
話を戻すと、集団面接で病気で部活をやめたと
伝えると
耳を疑う事を聞かれた
「なんの病気ですか」と
集団面接では、言いたくないことだ
仕方なく「卵巣を取りました」と言った
(片方だけなんだけどさ)
言ったら、シーンと静まり返った
そりゃそうだ
だから聞くなよと思ったんだから
「ごめんなさい。そんな重い話だと思わなくって」
と言われたけど、
病気なんだから、軽いわけなくないか?
どんな病気でも、部活辞めるほどなんだから軽いわけない
靴の会社は落ちた
その次は、
北島三郎記念館
の試験を受けに行った
夜遅くまで働くらしいけど、
もういい。超過酷でもいいと思って受けた
が、ここは大学生や専門学校生に
面接時間を15分くらい割き、
高校生は5分くらいで終わった
流れ作業に感じた
形だけ面接したんだろうなと思った
そこも落ちて、いよいよ選択肢がなくなってきた
その時に、担任の先生から
「香織は笑顔がいいから、コールセンターに行ってみないか?」と言われた
今思うと、先生の見抜く能力がすごい
パートだったけど、コールセンターを受験しに行った
ここでは面接の時に
「声が低いのね」と言われ、高くないとダメなのかな?とは
思ったけど、なんとか受かった
卒業して、ほとんどが4月から働くのだけど、
私は卒業式の3日後くらいから仕事が始まった
もうドキドキ!!
なんせ、パン屋のバイト(学校を辞めることになり、3日でクビ)、アパレルのバイト(ミシンやら、レジ、マネキンのファッションを作り上げるなど)、くらいしか経験がないから
でも、このコールセンターが
初めて人生で1番を取ったものだった
周りから天職といわれるほど才能があったのは、
今思えば、
繊細でエンパスだから、相手の気持ちを読み取れるし、声だけで、怒ってるかどうか?がわかる
言葉で出される前に、クレームになるなども読み取れるのだ
函館で関東や北海道の電話をとっていたので、
関東の○○線も全部そこで覚えた
みたことはないけど文字では知ってるという感じ
どれだけ電話番号を案内できるか?の課金率と、
どれだけ速く案内できるか?の時間
この2つをどんどん高めていき、
いつも表彰されるレベルになった
函館の104電話番号案内で働いて、
1年半後には、応対品質コンクールという大会に出る事になった
嬉しかった
なんせ、センターで100名以上オペレーターがいるのだけど、偉い人たちの投票で上位2番目までが大会に出られるので、私は2番目になった
大会の特訓で、ひたすら廊下で発声練習や、大会に向けての練習をやった
大会では、残念ながら全国大会には行けなかったけど、
よし、次は日本一になろう!と決めたのだった
ここで、ひょんなことから千葉県にいる人のことを好きになり、千葉県と北海道の遠距離ながら、時々お互いに会っていた
彼には好きな人がいた
それでも、1年かけて落としたのだ
好きな人がいて、遠距離でも、男って落とせるんだなと
初めて知った
その彼のそばにいたくて、
私は会社も辞めて、車も置いて、状況することを決める
23歳くらいだと思う
お金がどうにも貯まらなくて
コールセンターの夜勤(14〜22時くらい)もやった
それでも当時、日勤だと600円代の時給
全然たまらないので、ある作戦を考える
小学校からの親友が東京にいたから、
転がり込む作戦だ
父は、なんせあの父なので笑
機嫌のいい時に伝えて、友達の家に行くのも許してくれた
友達も本当に受け入れてくれて、ありがとう
すごく感謝してる
今は、なぜかその友達は、いくら連絡しても連絡とれないので、音信不通だ

上京して、友達が新宿に住んでいたから
(友達は実家に月16万仕送りするために、夜の仕事もしていた)
しばらく新宿で暮らした
田舎から出てきたから、新宿の人の多さに酔ってた
そこから4ヶ月、東京にある104電話番号案内で働き、
お金を貯めて、
いよいよ千葉県に1人暮らしを始めた
最初は水も北海道とちがい、
ストレスが重なって、顔中ニキビだらけになってしまった
お金がないから、ごはんがほとんど食べられなくて
38kgをギリギリキープしている感じだった
夜勤のお姉様にご飯をもらったり、
所長がかなりいつも可愛がってくれて、
お小遣いあげるってQUOカードをくれたり、
ジュース買ってくれたり、いつもいつも優しくしてくれてた
ここでも、表彰をされて、大会に出た
よし、今度こそ、日本一になるぞと思ったのだが、
応対品質部門で大会に出るはずだったのに、
いきなり、タイピングの部門に変えられてしまった
タイピング!?そんなの望んでないと思ったけど、
とりあえず出た
納得いかなかった
大会は年1回しかないから、
日本一をとるタイミングが遅れてしまう
かなり1番に固執していた時期だったな
しかし、日本一を取る前に辞めるタイミングが来た
東京にあるとはいえ、時給が安すぎて、生活していけないほどだった
朝は食パン1枚
昼は冷凍食品
夜は野菜炒めと米しか食べれなかった
やめよう!と誓って
派遣会社に登録した
この頃は、千葉県の人と4年くらい付き合っていたので、
恋愛は割と落ち着いていたけど、
道を歩いていたら、
謎の異国の方にいきなり振り返ってナンパされたり、
家の前で痴漢にあったり、
Gが家に出て夢にまでみて、眠れなくなったり、
(北海道では見ないから、いまだに震える)
割と平和だった
強いていえば、
彼の毒舌がハンパじゃないことくらいだった

公式LINEでは、ラブラブになる秘訣を
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365日カレが沼る秘訣をお送りしているよ(*´▽`*)ノ))
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