100日後に既婚カレを死ぬほど沼らせて、
一生のパートナーに導く縁結び占い師の工藤香織です^^

さて、前回は結婚した話をしたのよね
過去の話はこちら
①
②
③
④
⑤
結婚してからというもの、割と落ち着いていたのだけど、
旦那は「未来」を考えるタイプ
なので、それほど資金は貯まっていない状態で、
戸建てを購入した
その時、名義を旦那にしたことを、
今では私と両方の名義にすればよかったなと思っている
(離婚すると、旦那の名義になるから、共同財産とは言い難いかもしれないので、今の家に住むと言い難い)

プロポーズから結婚まではとんとん拍子で
怖いぐらいにうまくいった
それも、
「私は私のために生きる」と決めたすぐあと
自分の心によって、これほど人生って変わるんだとわかった
プロポーズ、結婚、家を購入
ここまでが恐ろしく速いスピードで決まった
しばらくは、仕事も正社員として働いていたけど、
ここで転機が訪れる
まずは正社員になりたいとずっと思っていたけど、
正社員になったのは「私、この会社じゃなくてもいずれ正社員になりたい」と上司に面談で言ったから決まったの
「社員じゃないと教育者になれないから、社員になってもらいたい」と言われて、SPI(試験)を受けて、頑張った
超絶厳しいパイセンに教育されるのだけど、
通常4年くらいかけて教育者になるし、その間、色々学ぶことがあるのだけど、
私は4年分を6ヶ月でやるスケジュール
どえらい速度だったので、
途中潰れそうになる笑
文章が下手くそと言われて、毎週国語のテストも出された
本を読み、感想文を提出するも、感想文は2人からOKをもらわないといけない
なので、毎日毎日直しが入って、教育者の勉強と、
コールセンターの仕事と、感想文を書くという
非常にぎゅうぎゅうのスケジュールだった

そして、厳しいパイセンから運命の一言をいわれる
「早く子供を産んだほうがいい」と
私は教育者になって、部長を目指したかったから、
仕事がひと段落ついたら、出産したいと思っていた
けど、パイセンは、
そう言って、産めなかった人をたくさん見てきた
だから早く産んだほうがいい
と言われた
確かに、私は卵巣が片方ない(高校生の時に摘出済み)
だから、卵も半分しかない
早く産もうと決断した
それから、数ヶ月で1人目を妊娠した
私は、妊娠が検査薬や病院でわかる前から、つわりを感じる超敏感タイプで、
妊娠してから2週間くらいで、常につわり状態
そこから、4、5ヶ月はつわりのまま
旦那も仕事の帰りが遅くて、徹夜もあったから日付変わって帰るような生活で、
家事も仕事もフルにひとりでこなしていた記憶だったな
1人目は、たまひよの本を読んだりして、バースプランに憧れていた
なるべく自然に、促進剤とかを使わずに産みたいなと思っていた
だけど、里帰りで実家の北海道で産む際に、
バースプランは無縁の病院だと知った
気持ちを落ち着かせ出産に臨む
北海道は冬は、雪が溶けて夕方冷える頃に道路が凍る
タクシーで病院に向かう時に、その凍った道路が轍になり、
ガタガタ揺れるたびに陣痛がしんどくて、歩くのがやっとだった
前の晩からほぼ眠れていない状態で、
旦那と病院に向かった
とても厳しい看護師さんで、しんどかった
そして、
促進剤も打たれ、軽く吸引したら生まれた我が子
とても小さかった
出産後は、実家で暮らしていたから、
ごはんも助けてもらって、楽できた
のも、束の間
この病院で、すぐにクタクタにやわらかい哺乳瓶でミルクをあげられてしまったので、
母乳が出なかった
母乳をあげたかったのだけど、病院で相談してもあまりサポートしてもらえず、よくあげかたがわからなかった
乳首の形が悪いと言われて、
こうやってあげてと言われたけど、吸ってもらえない
吸ってもらえて初めて、脳に母乳を出す指令がいくから、
吸ってもらえない事には、母乳が出ないのだ

そこから、桶谷式のところで母乳のあげ方を習った
マッサージを受けたら、母乳が出るようになった!!!
本当に嬉しかった
泣きそうなぐらい嬉しかった
娘に母乳を拒否られて、出産後のホルモンバランスもあり、
どえらいショックを受けてしまった
その後、
なんとか完全母乳に移行したものの、
母乳をあげようとする→全力で拒否る娘→哺乳瓶の口をあてて吸わせる練習→搾乳した母乳をあげる→哺乳瓶を洗う
この流れを2〜3時間に1回やっていたら、
寝る暇が本当になくて、ノイローゼ気味になった
でも、どうしても母乳をあげたかったから、
これでヨシと今なら思えるけど、当時は本当にしんどかった
3ヶ月くらい経って、自宅に戻ってからがさらに大変
ごはんも何も助けてもらえないから、覚悟はしていたものの
本当にひとりでやってきた
しばらくは育休で楽しんでいたけど、復帰してからが壊れていくのであった
朝5時に起きて、保育園は7時半に送り、
電車通勤1時間15分で、9時半出社(少し出社を遅らせてもらった)
仕事をして、退勤して駅からは競歩の勢いで保育園へ向かう
5時半に迎えに行って、帰宅してからごはん、風呂入れて、歯磨きさせて、洗濯して、寝かしつけ
夜泣きもある
夜泣きも自分1人だけが対応していたから、仕事復帰してから
も3時間睡眠
毎日ギリギリ
保育園には、下の子も合わせて7年間通ったけど、
旦那が送ってくれたことは、2回くらい
(胃腸炎で倒れた時くらい)
あまりに大変すぎた
同じ部署内には、他にもママがいたけど、
私よりも家が近い人が多く、旦那も家に帰る時間が早いとか、
実家が近いとか
そういう人が多かった
ひとりでこなしている人もいたけど、私の体力では無理だった
そのあたりから、夫婦間の揉め事が多くなった
旦那は
夜間ぐっすり寝ていて
休みの日はゆっくり寝ていて
保育園の送迎もなく、
家事もほぼしない
何かひとつでもやってほしいと
頼むこと100回以上
工夫して、ホワイトボードに1日にやることを書いて、
やったほうが自分の色の磁石を貼り付けたり、
ゲーム感覚にしたら、楽しくできるかもしれないと思ったものの、やっているのは私だけだった
朝早く起きられないから、全てできない
自分の身支度だけして、家を出る旦那
どう控えめに見ても、ラクだなぁ
親になったのは、私だけかぁ
とずっと思っていた
そのモヤモヤをぶつけても、ぶつけても、できない
だったら、せめて大人と会話をしたいと思っていた私
チビっこの相手をしている中で、1日あったことを話せたら、少しはラクになると思い
話しかけるも、「ごめん今は聞けない」
と言われることが多かった
夫婦の会話が出来ないのであった
旦那のいう今聞けるタイミングとは、
帰宅して、ご飯を食べて、風呂に入った後なら聞けるということだった
その頃には、もう寝かしつけの時間
旦那は7時すぎても寝ているけど、
私は5時起きだったから、時間を合わせる余裕もなかった
そして、
私はレスは絶対に嫌だった
体力がギリギリで余裕はなかったけど、そのことをいつも話していた
今は無理しないで
と優しく気遣っていわれている・・・・ようだったが、
本当は「する気がないから言っている」のを感じ取っていた
夫婦の会話もなく、レスで、ひとりだけ家事育児をしている
さらに、仕事も復帰後、念願の教育者になり、
新入社員の育成に取り掛かっていたから、
本当に心の余裕がなかったのであった

公式LINEでは、ラブラブになる秘訣を
わかりやすくボイスメッセージだったり
色んな方法でお伝えしてます
365日カレが沼る秘訣をお送りしているよ(*´▽`*)ノ))
公式LINE↓
溺愛されまくる彼女になる

🔮メニュー🔮
・フルオーダーブレス 1月中旬予定
・個別セッション 1月下旬予定