医者からは持って2,3ヶ月だと言われた。
2008年から闘い続けてきた卵巣癌。
家でも病院でも常に終末期医療の話が飛び交う毎日。
どんなに最善の医療を提供されても救うことのできない命は必ずある。
わたしはそれを高校生の時点で理解していた。
それでも母は藁をもすがる思いで効き目のほとんどない抗がん剤投与を希望。
オリンピックのために英語を勉強しているの、と言われ思わず目頭が熱くなったが母の前で決して涙は見せまいとぐっとこらえる。
余命宣告を受けた時いちばんつらいのはそれを受け入れられない母だと思う。
ほんの一握りの、見えるか見えないかの光に希望を託して、生きる希望について日々語りかけてくる母が1番私を辛くさせる。
涙を見せるとそれが死を意味するのでは、と必死で涙をこらえようとしてもそろそろ限界。
大学では誰にもこの重い気持ちを知られたくないので笑顔でいると、わたしは訳のわからないタイミングで突然涙が溢れてくるようになった。
歩いている時、電車に乗っている時、信号待ちをしている時...。
私は最近ある思いが再燃している。
わたしはやはり医者にならなければいけない。
がんに苦しむ患者の気持ち、その家族の気持ち、すべてを理解できる環境でずっと育ってきたのだから。
苦しむ人の力になりたい。
思い立ったならすぐに行動しよう。
絶対にこの夢を叶えてみせる。
この想いがいつか人の力となれるように、希望となれるように、光となれるように。
