災害ボランティア仲間で防災士仲間でもあるハラケンこと原田賢治さん。


愛知県の中央部にあるみよし市在住。西側に名古屋市、東側に豊田市、その中間にあるみよし市は、今年2025年子育て支援大賞を受賞し、子育てしやすい環境づくりに力を入れている町だそうです。

ハラケンさんは九州・宮崎県のご出身。1990年高校卒業と同時に愛知県の、ある自動車メーカーに就職。仕事は自動車の機械のメンテナンスや修理が専門です。

先日神戸にある「人と防災未来センター」の視察を兼ね、さくらFMのスタジオに来て下さいました。

 



-ハラケンさんが、防災に関心持ったのはいつですか?

 

結婚がきっかけで、奥さんの実家のお父さんは三重県の桑名市(以前は長島町)長島温泉があるところに住んでいて、小学生の頃、伊勢湾台風を経験されて、当時のこと、床上浸水したとか、屋根裏で寝たとか、苦労された話をずっと聞いていましたので、災害はいつ起こってもおかしくない。備えが必要なんだと防災に興味を持つようになりました。

-伊勢湾台風といいますと1959年、60年以上前で多くの人が犠牲になりましたね。

お父さんのお話にグサッときましたね。実家の近くにココまで水がきました、という到達地点がしっかり残ってて、とてもじゃない高さで。

-それを実際に見て恐ろしいと…。初めて被災地でボランティア活動をしたのはいつですか?

東日本大震災(2011年3月)で、海のごみを拾う活動を1~2回させてもらい、熊本地震(2016年4月)は、帰省途中に被害が大きかった益城町に立ち寄って、物資の仕分けなどをしました。ガッツリ現場で活動を始めたのは西日本豪雨(2018年7月)で、広島の坂町で。その後は主に水害の被災地、秋田県五城目町、福島県いわき市、和歌山県海南市、山口県美祢市などで活動しました。
 

-災害時はその地域の社会福祉協議会が災害ボランティアセンターを立ち上げますが、社協さんが開設するボランティアセンターで一般ボランティアとして活動してましたか?

はい、ボランティアセンター開設後、社協さんのサイトから応募し、現地に赴いて活動しました。

 

(ブロック塀解体:珠洲)

-現在は「災害ボランティア愛・知・人」のメンバーとして活動されていますが、いつから、どのようなきっかけがありましたか?

能登半島地震、初動のとき、去年2月からです。当初から能登半島に行きたかったんですけど、一般ボランティアのチャンスがなく、去年1月、愛知県で開催された防災セミナーに参加したときに、グループワークでボランティアの経験を話したら、ある人が「愛・知・人」に1度お電話してみたらどうですか?と促されて恐る恐る電話しました。1月中は炊き出しがメインで、復旧作業はまだニーズとして挙がってませんでしたが、2月にニーズが入ってくるので、その時に備えて準備をして下さいと言われて2月に珠洲に行きました。

ー2月の1週目の週末でしたね。

金沢駅でこんちゃんらをピックアップして珠洲に行きましたが、夜空の星がキレイで。珠洲の手前、桜峠スター街道(能登町)ですね。

ーめっちゃ寒かったですけど、車から降りて、見上げたら星がキラキラでね。星の美しさに感動しました。それにしてもハラケンさんは今や欠かせないメンバーですよね。

 

いや~(苦笑)僕の場合、機械のメンテナンスに興味があるので、壊れた機材とか、調子の悪いのをちょっと趣味の範囲で触らせてもらって、たまたまそれが復旧出来てることもあって、それは楽しさがあります。復旧作業で道具があってこそ支援が出来る場面で、そこは停滞してはいけないと思うので、持っている知識を十分に発揮してこれからもなんとか貢献出来ればと思っています。
 

-仕事で培ってきた技術を上手く活かしてますよね。

会社の外でこんなに使えるものだと思っていなかったので、活かせて自分の中では嬉しいです。


ー色んな技術を持った人が沢山いて、技術系ボランティアとは言われていますけど、被災地での経験が無い人やボランテをしたいという気持ちをすごく大事にしてくれて「災害ボランティア愛・知・人」は積極的に経験ない人も受け入れてくれるところがすごく良いですよね。

 

(機材のメンテナンス:珠洲)

-ハラケンさんの珠洲での活動は約140日。私が39回、日数で言うと約70日位なので、私の倍ほど活動されています。同じチームで活動することが多かったですけど、ご自身印象に残っていることを教えていただけますか?

活動をはじめた当初、野々江町で被災した住宅の貴重品の取り出しをするミッションをやらせていただいて、その日のリーダーさんが住人さんに活動報告をし、お別れの挨拶をした際に「お気の毒に」って言われて。「え?」何を言ってらっしゃるんだろう?って。後でお聞きしたら「ありがとう」という意味の能登の方言でした。

 

ー「お気の毒に」が「ありがとう」びっくりでしたね。

作業以外にいただいたお言葉一つ一つにもすごく重みがあります。発災して1年たって今年のお正月(2025年1月4日)珠洲市役所横の飯田わくわく広場で「愛・知・人」主催のイベント餅つきをしたときに、住人さん、お母さんから「発災当時に食べた(愛・知・人が作った)赤だしの豚汁の味が忘れられなくて、あの時に生きる勇気をいただいたんですよ」という言葉聞いたとき、僕は発災当初はいなかったけどウルウルきちゃって涙しました。

-その他にはどうですか?

熊谷町の「愛・知・人」ベースでの活動が今年6月までで、引き払う時に、蛸島町で公費解体の立ち合いをされていたお父さんが来て下さって「お世話になりました。愛・知・人さんは私にとっては珠洲市民だと思ってます」と言われたときに号泣、最高の誉め言葉でした。忘れられませんね。

 

(家屋の応急復旧:珠洲)

ーハラケンさんが感じている、能登、珠洲の魅力はどうですか?

温かいですね、住人さんが。景色も綺麗だし、食べものも美味しいし「能登はやさしや土までも」という言葉がありますけど、ホントにあれだけ辛い想いをしてもいつでも前向きですよね。あったかくて優しくて、僕らが勇気をもらって活動させてもらってます。

-なんでしょう。珠洲に行くとほっこりしますよね。

地元みよし市で開催したチャリティーイベントのタイトルが「じんのびフェスタ」で、ブースを出して参加しましたが「じんのび」は「ほっこりする」とか「にっこりする」という能登の方言です。

ー私が最近好きな北陸の方言が「やわやわ」です。番組でご紹介した能登半島復興応援ソング「Home~Grace for all」の歌詞に「やわやわと歩きたい」とあって「ゆっくり」とか「無理せずに」という意味なんです。

いいですね。景色が思い浮かびますよね。

 

(屋根に張るシートを準備:珠洲)

-ところでハラケンさんとは防災士仲間でもありますね。

 

2021年12月に防災士の資格を取りました。防災・減災の勉強をしたかったんですが、実は地域で防災・減災活動をされていた人が4年前に亡くなりまして。生前、電話で「これからのみよし市を頼む」って言われました。未だに「もうちょっとがんばれ」って言われているみたいです。


ー普段から防災士の資格を存分に生かした防災・減災活動をされていますよね。

最近多いのが学校での防災授業です。地域の自治会で僕の話を聞いて下さった人が、小学校でもお願い出来ますか?と、校長先生に繋いでいただいて、授業を1本やらせてもらいました。それから来年の6年生のときお願いしますねとか、他の学校からもお話いただきました。

 

(地元での防災授業 提供:ハラケン)

-防災授業はいつからですか?

能登半島地震発災当初からで、それまでの水害など全国各地で経験したことを伝えてほしい、というのから始まりまして、その後は能登半島地震、珠洲での経験値とか、どうしたら命が守れるかなど課題をいただいてお話をさせていただいています。

ーハラケン先生ですね。

 

たまに言われますけど照れくさくて(苦笑)去年から16回ほど。中学校やみよし市に限らず、お隣の豊田市でもやらせていただいています。

 

(屋根の応急復旧:珠洲)

ー防災授業の他に防災イベントもされていますよね?

僕が手を挙げて企画することはあまりないですけど、子供会や地域のイベントで防災を絡めてやりたいという時に、防災士ハラケンさんお願いします。ということで一つブースを任せられる、という感じでやっています。

ー防災のイベントなどで参加してくれた子供たちに、珠洲の「ギフトショップ イマイ」さんで販売している珠洲や能登を応援するステッカーをプレゼントされていますよね。

アシスト瓦を作る防災教室で作ってくれた子供たちにお礼と、気持ちも一緒に能登を支援しているという想いで差し上げています。(アシスト瓦=地震発生時、屋根瓦が破損した際、応急措置として瓦に見立てたアシスト瓦を使用する場合があります。瓦の大きさほどに段ボールをカット、防水シートを覆い、防水テープで留め、子供たちにマジックで絵やメッセージを書いてもらっています)

ーハラケンさんは100枚単位でステッカーを買われてますが、珠洲で購入するという意義もありますね。子供たちの反応はどうですか?

喜んでいますね。赤がいい、青がいいとか。それを見守るお母さんたちは「想い伝わりますね」と感謝していただけます。

 

(応援ステッカー:ギフトショップイマイ)

ーさて、ボランティア活動とは別に、東北などの被災地の震災遺構や伝承館に行って学びを深めてますね。
 

今年の夏は宮城県石巻市、東松島市、南三陸町、そして初めて「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」に行きました。ネットの写真やTVでは見ていましたけど、水を運ぶ少年とか、階上中学校の卒業生の答辞をフルバージョンで聞かせていただいて、今回は奥さんも一緒だったんですけど2人でわんわん泣きました。今回は奥さんに軽い気持ちで「おまえも行くか?」って聞いたら「お父さんがそこまでこだわるから、ちょっと行ってみたい」って、奥さんと初めて被災地を巡りました。

-奥さまはどのような感想をお持ちでしたか??

生々しい画像を見たり、被災された人の話を聞いて「自分事として考えるわ」って備蓄とかを見直してくれたり、連れてって良かったと思います。これまでは「ケガせんといてね」くらいしか言わなかったですけど「応援してるからしっかりと頑張ってね」と言ってくれました。

 


(家屋の応急復旧:珠洲)


ーより一層理解力を深めて下さったようですね。改めて被災地や地元でどのような想いで活動されていますか?

防災授業などで「ハラケンさんはどうして防災やボランティアに熱心なんですか?」とよく聞かれます。当然支援したい、という気持ちもありますけど、未来の子供のためと答えています。自分たちはいずれ高齢になり、働くことが出来なくなり、今の子供たちに社会を担ってもらうことになりますけど、今の世の中は自分たちが作ったもので、生活を豊かにするために働いて、選挙という形で政治に参加して、それによって豊かになったりしている反面、安全安心出来る世の中であるか、と言われると決してそうではないと思いますし、災害に対しては「?」のところが多くあります。自然の摂理なのでどうしても災害には太刀打ち出来ないですけど、せめて減災。命を守るためにどうしたら良いか。地域防災を強化することで子供たちに安心・安全に感じてもらえる町づくりをするための仕組みを、今のうちから作りたいと思って。それに応えることが、未来の子供たちのため、と思っています。

ー最後に伝えたいことをお願いします。

出来るときに出来る備えをする。能登半島地震からもまなく2年になります。自分事に捉えるのは大事なことです。全国各地で起きる災害に、目をそらさないでほしいです。

 



(編集後記)
毎年のように大きな災害が発生し、避難所生活で疲弊、災害関連死が増えていく、同じことの繰り返しです。大きな災害が発生しても人間の尊厳を失うことなく元気に生きられるように様々な仕組みづくりが必要です。ハラケンさんも出来るだけ今のうちに色んな仕組みを作りたい。今の状態、この世の中を子供たちに渡したくないという想いを持って、自分に出来ることを一生懸命やっていると力を込めて話して下さいました。命を守る大切なメッセージ、これからも伝えていきましょう。
 

(12/22 ON AIR LIST)

M1.指田フミヤ/花になれ

M2.REOスピードワゴン/涙のフィーリング

M3.クリエイティブユニット PAL/明日という名の種をまこう(ゲストリクエスト)

M4.スピッツ/楓(リクエスト)

M5.沢田知可子/会いたい(リクエスト)

M6.DREAMS COME TRUE/雪のクリスマス(リクエスト)