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たとえば、純利益が1000万円、発行済み株式数が10万株の場合、EPSは、1000万円÷10万株=100円とな る。この会社の利益は1株当たりだと100円、ということです。
1.誤解される採用基準
自頭信仰が強い。
考える力=思考スキルではない。
スキルは身につくが、思考意欲(考える習慣)や思考体力(考え続ける力)が必要
分析が得意なだけでは×、そこから処方箋を書く能力が求められる。重要なのはそれの認知が低いことである。
日本人には決定的にリーダーシップと英語力が欠けている。
2.採用したいのは将来のリーダー
問題解決スキルではなく、必要なのはリーダーシップ。
世の中にはどうすればいいかみんなわかっているが、誰もがやらず解決されないまま放置されている問題が溢れかえっている。
「問題解決スキル」の認知度は向上しているが、「問題解決リーダーシップ」という言葉の認知度は低い。
リーダーとはチームの使命を達成するために必要なことをやる人
方針に不満を持つメンバーを納得させてチームをまとめていくのがリーダーシップ
3.さまざまな概念と混同されるリーダーシップ
成果主義とリーダーシップはリンクしている。
リーダーやマネージャーなどの役職と能力としてのリーダーシップやマネジメントなどがあってややこしい。
マネージャーは管理者である。
しかし、日本ではマネージャーにもリーダーシップを求められることが多いが、
その訓練をしていないケースが多い。
4.リーダーがなすべき4つのタスク
リーダーは何をすべきなのか。
・目標を掲げる→メンバーに理解させるだけでなく、変化に対応する力でなく変化を起こす人が重要
・先頭を走る
・決める
・伝える
7.すべての人に求められるリーダーシップ
何かあった際に以下の二つのタイプに分かれる。
・それを解決するのは誰の役割か
・役割は誰であれ、こうやったら解決できるのでないか
後者がリーダーシップがあると考える。
事故が起こった際の電車の例
タクシー乗り場で長蛇の列が発生する
普通に考えて相乗りすることが根本的な解決となるが、日本人はそれをしない。
【平安時代】
桓武天皇 坂上田村麻呂→清水寺
藤原氏→摂関政治
藤原氏強かったが、子孫が生まれず弱くなる→院政が始まる
上皇対天皇の争いが始まる、このとき天皇側についていたのが、平清盛
平清盛は、源頼朝を生かした。弟の義経は鞍馬寺に預けられた。
しかし、平家はおごりばかりで敵も多く、最終的に壇ノ浦の戦いにて源氏に負ける。
【鎌倉時代】
源頼朝、ほどなく死亡、結局3代で途絶える。
そこで源頼朝の妻、北条政子の時代、形だけの天皇をつれてきて執権政治を行う。
後鳥羽上皇がそれに対し、承久の乱を起こす。北条氏の勝ち。
その後、北条時宗を襲う元寇。神風にて勝ったもののその後に土地等何も提供できず、力が弱まる。
【室町時代】
そんな中、後醍醐天皇が建武の新政を行う。しかしモデルが昔すぎて武士から反発。
足利尊氏は幕府を開くことを決意したが、征夷大将軍に任命されなくてはならない。
そのためには天皇に任命されなくてはならない。
後醍醐天皇からは無理なので、新しい天皇を連れてくる必要がある。
実は天皇家は北朝と南朝に分かれていた。
南朝は後醍醐天皇、北朝の光明天皇に征夷大将軍に任命していただき幕府を開く。
足利義満の時代に栄え、金閣寺などを建立した。
時代は流れ、足利義政は弟と息子で政権争いを起こさせてしまう。
京都が戦地せこれを応仁の乱という。これで幕府の力は弱まる。
この後、群雄割拠の時代が訪れる。
ついに、10月から2年前からの目標であったS→SSへと昇格することを上司より告げられた。
僕はこれを直近の目標に業務を行ってきた。
自らの業務で成果を出すだけでなく、周りにも波及させていなければならないという指標の中、僕は新製品のサポーターを任命され全国トップの結果を個人で残し、周りも支店トップへと導くことが出来た。(しかしトップへいけたのは、自分の力ではなく所員個人個人の力であることであり決して自惚れてはいけない)
まず、同期、特に同じ職場のメンバーよりも先に行けたことによる安心感があった。僕はなんだかんだでプライドが高い。他の2名も非常によい素質を持っていることは僕からも分かっていた。同期のどちらかに先を越されたら悔しくて、恥ずかしくてもうだめだった。
だから安心感をいう表現を使った。