いつもブログ訪問ありがとうございます🐰




摂食障害の娘とのやり直し生活



娘が病気になるまでの自分は

仕事と家事育児の両立を完璧にやろうとしてうまく行かず、疲れ果てていつも焦ってイライラしていました


何が間違っていたのか




摂食障害関連の本を読んでいると

自分自身は病気の当事者ではないけれど

考え方の癖とか言い当てられている気持ちになることが多いです


対人関係療法って私が取り組んだほうがいいなあとか




色んな書籍を読む中で

こちらの水島広子先生の書籍にたどり着いて読んでいます



https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-76828-1 




通勤カバンにもう一年くらい入っているのですが爆笑


文字も大きくサクサク読める本ですが

通勤時間はブログの時間になっていて

なかなか進みません驚き




通勤時


ブログを読んだり書いたり
コメントしたり返したり


それは私にとってとても大切な時間です
私の「したい」ことです



だけど老眼で文章を打込むのはそれなりの作業で
通勤時間で終わらないことも多く
座れたら寝たいしね


そうなると時々

気になった記事にはコメントする「べき」
いただいたコメントには早めに返事する「べき」

という思考になることがあります







「べき」と「したい」の違いは
それをできていない自分に対してどう感じるかを見てみることで、知ることができる
とこの本に書いてありました


べきは

何かしらの不安や「人間としての足りない感じ」を伴う
他の人たちという比較対象があり
他の人たちはちゃんとやっているのに、自分はできていないからだめだ、という感じ方



したいは

時間がなくて残念だ、何とか時間を捻出できないだろうか、と
「できていない自分」ではなく「したい対象」に視線が向かっている



なるほど納得ですね





家族に食事を出すなどの本当にやるべきことは
「否応なしにやらざるを得ない」ですが
そういうことは実は少なくて
自分の頭の中で「〇〇のために必要なことではないか」と考えているレベルのことは、どうしても外せない「べき」ではないことがほとんど


このような「べき」ではなく
「したい」を優先すること
または「べき」と思えることを精査してできるだけ必要最低限に減らしていくこと



「やるべき」なことは大抵「やらなくてもいいこと」




そんなことが書かれている本です☺




じゃあどうする

というところはこれから読んでいこうと思います




通勤時のブログも

「したい」と思うときにします



本を読むのもそう



「したい」を選ぶというのは自分軸

今ここ、の自分の心の声によく耳を傾けること



否応なしにやらざるを得ない「べき」を精査することは断捨離と同じですね





こうやって自分の人生を取り戻していこうと思います





さあ、やっと金曜日


一週間の仕事をある程度形にしておきたいので、私が一番焦る曜日です




それって「〇〇のために必要なことではないか」と考えているレベルのことではない?




明日もっと大変な仕事が舞い込むかもしれないから

今日の期限じゃなくても今日できることはやってしまうべき


そう思い込んでいるだけではないかな




明日できることは明日やればいい



来週でいいことは来週でいい




そんな金曜日を過ごそうと思います笑ううさぎ