昨日は職場の私たちの部門だけお休みでした。
付近から出土された板碑
古い手水鉢
文政年間(1818~30)の百度石は
だからみんなでランチしよう♪
って…なかなかないですよね(^_^;)
6人全員が顔を合わすのは
年に10回もないので
平日に休業になると喋りたくて
集まってしまうわけです
ともかく仲が良いことは事実で
他人の失敗はドンマイで赦し
失敗が重なるようならみんなで対策を考え
当事者も喜んで受け入れる。
お互いが仕事をやりやすいように進め
自分の仕事を一人で抱え込まい。
私から見てると
そんな点が仲の良い秘密のようだけど
一番はみんなの性格かな?
ありがたいことですo(*^▽^*)o
さてランチは西永福という街だったので
かなりうちからは遠いのですが
御府内札所の「文殊院」に寄れるので
自転車で行ってきました
行きに寄ってお参りしようとしたのですが
どうにもこうにも見つからないので諦めて
インドカリーで満腹になってから
井の頭通りから神田川を下り
辿りつくことができました(*ˊᵕˋ*)ほ
1本手前の道に安心の「弘法大師」石柱があり
どんつきに文殊院が見えます
影ができて見にくいのですが寺号標
『遍照山 高野寺 文殊院』と号する
真言宗豊山派のお寺です。
勢誉師が慶長五年(1600)徳川家康の帰依を受け
駿府に寺地を拝領し開創したと
伝えられています。
徳川氏の江戸開府に伴い浅草に寺地を賜り
駿府城北の丸の建物を拝領移築したそうです
その後元禄九年(1696)には麻布白金町へ
大正九年には区画整理のため当地へ
移転してきたとのことです
ヒマラヤスギ?が守ってくれてるようです
下のほうが破損してるようで
もとは「意成就」と彫ってあったのでしょう
文殊堂
弘法大師高野山開創千百年記念の五重の塔は
「文殊の知恵」でお馴染みの文殊菩薩は
お釈迦さまの弟子の一人であり
最も優れた知恵を持ち
お釈迦さまの代弁者をも務めるほとけさまです
「文殊の知恵」とは
物事の本質を見極める崇高な知恵で
必ずしも学業の成就や試験の合格に
結びつくものではないそうです(がーん)
が、懐の深い文殊さまは
それが純粋であれば
たとえ勝手なお願いでも
快く聞き届けてくれるそうです(ほっ)
「難産の女人を救い賜う、安産守護」として
信仰されていたこともあるそうです
お大師さま、こんにちは。
御府内八十八ヶ所の88番札所になります














