台風一過の朝です。
東京は夜中に激しい風雨がありましたが
庭は荒れたものの被害はありませんでした



さて、コツコツ御府内札所巡りです

高田馬場駅から歩いて20分くらいでしょうか
それほど苦にならない距離です



以前、すぐ近くの金乗院をお参りしたのに
うっかり忘れてしまったお寺です


「根生院 之道」という道標がありました
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道標の左側に物置のような建物があって
軒下に鐘が下がっていました
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さてこの細い道を進んでゆくと
立派な山門があります
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わー、陰で色味がでていない(´-д-`)
何枚か撮ればよかったけど
工事の警備の人がいたから
なんとなく遠慮してしまったのよね…
と言い訳してみる。



『金剛賓山根生院延寿寺』と号します
真言宗豊山派のお寺です

春日局の猶子榮春法印が開山となり
寛永12年(1636)徳川幕府西の丸祈願所として
神田白壁町に建立しました。
正保2年(1645)下谷長者町へ移転、
元禄元年(1688)には本郷へ移転、
明治22年(1889)には上野池端七軒町へ移転
明治36年(1903)に最後の移転で
ようやく落ち着いたようです。



境内には幾度もの移転のたびに
運ばれてきた石碑たちがたくさんあります


左が奉供養庚申天子(元禄)
右は青面金剛庚申塔(天保)
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「南無大師遍照金剛」の石碑は宝暦のもの
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「薬師瑠璃光如来」は元禄時代
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根生院第三十一世の無相というかたの歌碑は
漢字仮名文字になっています
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けさみれば かすみてとおし
                                ふじのやま
ふじのねは うきしまなりや 
                                きりのうみ

私が大好きな富士山です(*^^)v



本堂と境内はこんな様子で
手のかけ具合が絶妙です
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ガラス張りの本堂に「根生院」の扁額
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御府内八十八ヶ所35番の御朱印です
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バインダー式の専用の集印帳を手に入れて
はじめての御朱印です

中身をバインダーから何枚か外して
持ち歩いたのですが
今更ながらこれ便利!

しかも、御朱印をお願いすると
よく「差し替えですか?」と聞かれていて
その意味がハッキリわかりました

自分の持ってる紙を渡して
お寺で既に書いてある紙に日付を書き入れて
交換するという
待ち時間も少ないうえに
お寺のかたの手間も最小限なシステムに
なっているのですね

ちなみに待ち時間はわりと好きです。
新しい発見があったり
目の前で書いてくださるときには
慎み深い気持ちになります



今日は横浜までお出掛けです。
どんな一日になるのやら…