さて、指導員として入社したものの、
特にこれと言った役割もなく
居室のカーテン等の繕い物をしたりしておりました。

ある日女性入所者が
「usaさん手芸がしたい」と言いました。
それを聞いた他の人達も
「私も」「私も」
と…

前回書かせていただいたように、
私は
大人の障害を持った方々の経験は
ゼロです。

養護学校でどんな事をしてきたのか
見当も付きません
 
現在のようにネットで調べるなんて
できない時代です
施設もまだまだ少ない時代

ご本人達に聞いて
手芸屋さんに聞きに行って

やってみようかなと思ったのですが
材料費が意外と高い!

彼女達は工賃をもらっていましたが
わずかな賃金です。

そこで施設長に
援助をしていただけないか
相談に行きました。

すると、バザーに出店する事を条件に
援助していただける事になりました

考えなし!
若かった!
無鉄砲!

私は単純に
「やったぁ」
と喜びました\(^o^)/

バザーなんてした事ないのに
彼女達の実力も知らないのに


早速始めてすぐに
自分の甘さ!
未熟さに!
気がつきました(゜゜)

あっ無理だ
これでは、バザーに出せない!
(。>﹏<。)

新米なのに
何もわからないのに
何を始めちゃったの〜
頭の中はごちゃごちゃ(@_@;)

みんなはやる気満々
お金も出してもらっちゃってる

買っていただくのだから
きれいに仕上げなくてはいけません
糸のねじれ
糸の張り具合
意識改善

たとえ、意識ができたとしても
思うように動かない身体

でも それでも
彼女達のやる気や自信をなくしたくない

お金を出して買っていただくからには
買って良かったと思っていただける
品物を作らないと

「丁寧に作る」
その意識を持つ
そこから出発しました。

だからといって、
すぐできる訳ではありません
最初の頃のバザーは、
品物を家に持ち帰り
ひたすら手直しして
出品していました(¯―¯٥)

それでも
時間はかかりましたが、
手直しも少しずつ
少なくなっていきました(^_^;)

個人差はありますが
確実に腕を上げて行きました(^o^;

そのうち、
上手に作れるようになった人達に
手直しや仕上げも
頼めるようになりました。(^O^)v

私も新しい作品やデザインに
力を入れられるようになり
お仕事として安定しました\(^o^)/

彼女達はとても素直で🎶
頑張り屋さんで🎶
根気強く🎶

私は彼女達が大好きでした
彼女達の笑顔に支えられて

女性指導員の居場所も
作ってくれました(*゚∀゚)

感謝です💕

もちろん、
仕事は手芸だけではありません
歩行訓練やレク等もしていましたよ

結婚で退職するまで
女性指導員は一人でしたが
後から入ってきた男性指導員も
バザーの手伝いに入ってくれたので
バザーの品物の種類も増えました。

退職後、一部の女性達は
泊まりで遊びに来たりしていました

子供が生まれて
2歳ぐらいの頃かしら
彼女達が立ち上がろうとしたり
道を歩く時
2歳のちびが手を差し伸べる姿を見て
子供ってすごいなぁ
と感動しました

ちゃんと見ていて、
学んでいくのですね

お仕事も
子育ても
一方通行ではなくて
一緒に成長していくのだと
思います

教えたり教えられたり
支えたり支えられたり

同じ人間がいないように
人との出会いは
指導員であれ
親であれ
みんな始めましてで始まって
色々な出来事を
共有しあって成長していくのだと
思います

気持ちさえあれば
個人差はあっても
ちゃんと進んでいく!

現在、施設はなくなり
親元に帰った方や
別の施設に入所されている方様々ですが

年賀状からメールに変わってきて
あぁ元気そうだなぁ
なんて嬉しく思っています

だってメール打つのも
不自由な指で打つのです
大変な事なのです

○十年前の昔話
読んでくださって
ありがとうございました