幼少の時から、母親は愛情のかけ方をズレ?てて、優しくしてもらったことがなかった。原因は父親が酒乱でギャンブルでお金の工面ばかりさせていたから。だから私に愛情を注ぐすべも知らなかった。
いわば放任主義というべきか。
「自分で決めたならしっかりしなさい」が口癖で叱咤激励を受けて育った。
高校進学も就職も全て自分でが基本。
全て自分で決めなさいと言うけれど、辛いとき風呂で声殺して泣いていたのも母は知っていたけど何も言わなかった。言ったところで何も変わらないと知っていたから。
一度だけ母親の涙をみた。
中学生のときに先生に提出する日記みたいのがあって、陰湿ないじめを受け続け「死にたい」と書いた。そのあと、担任から電話があったらしく母は別室で電話越しで泣いていた。もう私は母親に涙なんか流してほしくなくて頑張った。
自分が母親になって、今思えばそれも愛情の一つだったんだなぁとよく思う。
ギャーギャー怒ることもなかったし、ただ私が決めた道を見守っていてくれたことが有りがたいとさえ思う。そんな母親になりたい。
いわば放任主義というべきか。
「自分で決めたならしっかりしなさい」が口癖で叱咤激励を受けて育った。
高校進学も就職も全て自分でが基本。
全て自分で決めなさいと言うけれど、辛いとき風呂で声殺して泣いていたのも母は知っていたけど何も言わなかった。言ったところで何も変わらないと知っていたから。
一度だけ母親の涙をみた。
中学生のときに先生に提出する日記みたいのがあって、陰湿ないじめを受け続け「死にたい」と書いた。そのあと、担任から電話があったらしく母は別室で電話越しで泣いていた。もう私は母親に涙なんか流してほしくなくて頑張った。
自分が母親になって、今思えばそれも愛情の一つだったんだなぁとよく思う。
ギャーギャー怒ることもなかったし、ただ私が決めた道を見守っていてくれたことが有りがたいとさえ思う。そんな母親になりたい。


