第七章 集権的国家における諸哲学学派の確立
クシャーナ帝国およびアンドラ帝国は西紀三世紀に入るや次第に衰微し、幾多の群小諸国が対立していたのであるが、マガダから起こったチャンドラグプタ一世が西紀320年に即位してグプタ王朝を創始した。次のサムドラグプタ( 330年ころ即位)は南北にわたる全インドを征服し、ここにマウリヤ王朝以後始めて統一国家が形成された。豊満艶麗なインドの古典文化はこの時代に花を開き、天文学や数学もほぼこの前後の時代に発展した。しかし五世紀中葉には匈奴の侵入があり、グプタ王朝は次第に衰えて、六世紀にはインドはまた四分五裂に陥った。
ヒンドゥー教諸派はバラモン教の学問・神話・習俗を豊富に摂取し、バラモン教と融合するとともに、漸く社会の上層階級の支持を受け、社会的には非常に有力なものとなった。ヒンドゥー教の壮大な寺院も多数建設された。したがって学術・文芸の方面でもバラモン教学が社会の前面に現われ、バラモンの用語であるサンスクリットが全インドにわたって公用語として用いられた。
他方仏教やジャイナ教は、学問的研究は盛んであったが、社会的勢威は弱まりつつあった。したがって、かかる事情に促されて、仏教・ジャイナ教の学者たちもサンスクリットを用い、後にはバラモン哲学の術語を多く用いて、哲学的論議を交すに至った。
この頃からヒンドゥー教が盛んになるんですね。
ヨーガ学派
ヨーガの起源は極めて古く、恐らくインド文明の成立とともに存在していたと考えられるが、理論的に体系化されたのはこの時代においてであった。
インドでは極めて古い時代から森林樹下などにおいて静坐瞑想に耽ることが行なわれていた。その起源は恐らくインダス文明時代の原住民の中に求められるらしい。
日常生活の相対的な動揺を越えた彼方に絶対静の神秘境があり、その境地においては絶対者との合一が実現されると考えた。かかる修行をヨーガと呼び、その修行を行なう人をヨーガ行者といい、その完成者をムニ( 牟尼)と称する。
個人的には数万年前からヨーガの様な瞑想を行っていたと思います。
オーストラリアのアボリジニの空を見る瞑想がありそれと関連があると思います。
https://blog.goo.ne.jp/umekou_2004/e/0aa0924f827f0569f21e8cb523876a13
アボリジニは六万年前に南アジアから移動して来たそうです。
仏教
後世最も重視されたのは、ヴァスバンドゥ( 世親、天親、約320─400年ころ)の「阿毘達磨俱舎論」である。かれはカシュミールに入って『大毘婆沙論』を学んでこの書を著わした。
唯識説
中観哲学は諸々の事物(諸法)の空であることを種々なる論法を以て論証したが、何ら体系的な哲学説を立てなかった。しかしわれわれの現実存在が何故にかくのごとき秩序に従って成立しているのであるか、その所以を一定の体系的原理にもとづいて組織的に説明したのが唯識派である。唯識派をヨーガ行派ともいう。ヨーガの行によって唯識の理を観ずるからである。
唯識派の開祖はマイトレーヤ( 約270─350年)である。後世の伝説においては、かれは弥勒菩薩と同一視せられた。
唯識説によると、人間の現実存在を構成している諸々の法は実有ではなくて、その実相は空である。しかしただ無差別一様な空という一つの原理に従って一定の秩序ある現実の差別相が現われて来るということは有り得ない。諸々の法が現にあるがごとくに成立するためには、それぞれ空に裏づけられた原因が無ければならない。その原因はすでに可能性の状態において存在する。それを「種子」と呼ぶ。種子とは「法を生ずる可能力」である。かかる可能力はそれ自体としては有でもなく無でもなくて空であるから、客体的なものではあり得ず、純粋の精神作用すなわち*識である。識とは対象を分別して知るはたらきである。万有は識によって顕現したものにほかならぬといって、唯識の説を主張する。あたかも夢の中で経験することと同様に、外界の対象は実在しないものであるが、識の分別のはたらきによって仮りに現し出されたものである(顕現・似現)。この動きを識体の転変という。識体が転変して三種の識を成立せしめる。第一にアーラヤ識( 阿頼耶識・阿黎耶識)は根本識とも呼ばれ、一切の諸法の種子より成る。第二に思量のはたらきをなす識( 末那識)はアーラヤ識をよりどころとし、それに依存して起こるが、アーラヤ識を対象として我執を起こす。すなわち我見と我癡と我慢と我愛とを伴い、これらによって汚されているから染汚意とも称する。第三に眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識の六識であり、それぞれ色・声・香・味・触(触れられるもの)・法(考えられる対象)を認識する(あわせて八識となる)。さて人が自己の対象を空なりとさとって実在するものを認めない場合には、心は唯識性に住する。かかる究極の境地においては無心・無得(何ものをも知覚しない)である。かかる境地に到達した修行者は生死とニルヴァーナとが異なった別のものであるとは見ないから、そのいずれにも住しない。かれは真如の知慧(般若)を有するが故に生死に住することがない。
難しいですね。
阿頼耶識、末那識も出て来ますね。
如来蔵思想
唯識説と似た思想であるが、大乗仏教の一部の哲学者たちは、如来蔵思想を説いた。 凡夫の心のうちに存している如来たり得る可能性を「如来蔵」と称し、この観念にもとづいて衆生の迷いと悟りの成立する所以を説明する思想傾向が現われた。
大乗仏教の社会・政治思想
帝王は生ける神であるという当時の社会的通念を大乗仏教はいちおう承認したが、それを譬喩的意味に解し、国王の神性を国王としての義務の実行のうちに求め、国王の出身・素姓なども無視すべきことを教えている。『人間であろうとも、神であろうとも、ガンダルヴァであろうとも、羅刹であろうとも、チャンダーラであろうとも、人々の悪行を制止せしめる者は王である。
キリスト教の「カエサルの物はカエサルに」
真実の知慧(般若波羅蜜)の真理を国家の活動のうちに具現することによって始めて国家が栄える。国家は法を実現せねばならぬ。国王は十善を人間のうちに実現するように政治を行なうべき義務がある。『正法に従った奉仕をなすべし』。それは生きとし生けるものの利益・安楽をはかることである。政治は慈悲心にもとづいて公平に行なわれねばならない。しからば人民は王を信頼して理想的な政治が行なわれる。これに反して法の実行を怠ると国内は荒廃に帰する。
また国王は治安を維持して人民を保護しなければならないが、刑罰は悪人を教育して善人につくりかえるためであるから、死刑および身体を傷つける刑罰を認めなかった。また貧者の犯した罪に対しては刑罰を軽くしてやらねばならぬという。