ベートーヴェン《ヴァイオリン協奏曲》メンデルスゾーンブラームスの作品と並び「三大ヴァイオリン協奏曲」と称される名曲中の名曲なわけですが、初演時の評価は意外にも高くなかったそうですね。それどころか「前後がつながらず、支離滅裂」「平凡なパートの繰り返し」「無関係に重ねられた大量の楽想」などと新聞で酷評されたとか。時代に合わなかったのか、結局、ベートーヴェンが生きている間には人気は高まらずじまいだったそうです。不思議ですねー。

 ひょっとしてこれに気を悪くしたのか、ベートーヴェンが生涯に完成したヴァイオリン協奏曲はこの1曲だけで、ヴァイオリンと管弦楽のための作品は、ほかに2曲の小作品と未完成の協奏曲が1曲あるのみです。あるいは、彼はピアノの名手だったにもかかわらず弦楽器の演奏はそれほど得意ではなかったといいますから、ヴァイオリン協奏曲の創作意欲はあまり湧かなかったのでしょうか。いずれにしてもたった1曲だけというのは、実に寂しく残念に思います。

 この曲はベートーヴェンが36歳のときの作品です。まさに男盛りといってよい、そして後にフランスの作家ロマン・ロランが「傑作の森」と評したように、名曲が次々に生み出された充実の時期でもあります。雄々しく壮大で激烈な曲と、優しく繊細な曲が織り交ざる作品群のなかにあって、この《ヴァイオリン協奏曲》はひときわ優美であり、全楽章にわたって幸福感に満ちています。これが本当にあの堅物のベートーヴェンの曲なのかと思うほど。聞けばこの時期、ベートーヴェンは9歳年下のヨゼフィーネという女性に恋していたとか。なるほどー。

 この名曲に対して私ごときがさらにあれこれ論評するのは憚られますが、まー敢えて言わせていただくなら、優美さはもとより、何より「気品」という言葉に尽きるのではないでしょうか。もし私が死んであの世に持っていけるCDが1枚だけだとしたら、この曲は間違いなく第1候補になります。愛聴盤は、クレーメル+アーノンクールカール・スズケ+クルト・マズアパトリシア・コパチンスカヤ+フィリップ・ヘレヴェッヘの3つです。クレーメル盤のピアニッシモの美しさといったらないし、スズケ盤はゆったりした演奏で格調高く、コパチンスカヤ盤はカット弦による緊張感のある繊細な響きが魅力です。