8月10日の癒し部屋で思ったこと
久々の癒し部屋でのひと時を持つ。
実家での休日を迎えるのも久方ぶりである。
癒し部屋から見える3方向のまでから見える空もくっきりと青く夏空が続く
昨日まで悩まされた夏風邪の症状もひと段落した
窓から風が入ってきて暑いことは暑いのだが・・・
カーテンを揺らぐ風が適度に涼しさも感じさせてくれる
こういったシーズンにはあえてBGMはいらない
外から聞こえてくるセミの声小鳥のさえずりだけで十分である。
セミの声は桜並木が家の軒先まであった以前と違って・・
ずいぶんと遠くからしか聞こえてこないような気がする。
少しさびしいような静かな感じがしてちょうどいいような・・・。
さて夏でしか味わえないような遊びはたくさんあるが・・
オレの場合は今のところ自転車。
体調もだいぶ回復したことだし午後から少し出かけてみようかとも想っている。
病み上がりということもあるので少々距離は短めにしておこう。
さて昨今のオレを取り巻く状況から、真剣に検討すべき課題も持ち上がってきている。
この平穏な日々がいつまで続くかわからないという点での課題である・・・
10月からのオレ自身の居場所をそろそろ模索しとかないといけないかとも想う
「転勤」ということがちらつきだしたからであるが・・・
「転勤」はサラリーマンの宿命かもしれない・・・が
ひとつには歳をとってきたものに対してこういったことを突きつけて、
会社側の経費削減の一環として「いやならやめなさい」ということだろう・・
出世はいらないから・・一生懸命やって結果をだすから・・・
ということでオレはオレなりに年老いて他に面倒を見れるものが周辺にいない親父を
一人にすることができない事情もあってこの地に居続けることにこだわりを持ってきた。
そういう思いもあってオレは一生懸命やって結果も出してきたつもり・・・。
すくなくとも自分ではそう想っていた。
それでも転勤を他の支店管轄に会社側が強引にするのであれば仕方なし
仕事もあまりせず・・結果も出さないでいる輩・・
・・上に取り入ることがうまく・・創作した成功事例やプレゼン資料だけがうまい輩
そんなやつらが出世したりそのままこの地に居れることができるのなら・・・
なんのために一生懸命やっていたのかわからない。
いや・・そもそもオレに自身をこの会社内で守り抜くだけの実力がなかったのだろう・・
しかし、オレにはオレの生き方もあり事情もある・・・
そろそろいろいろな昨今オレをめぐる環境の変化や
上司からの打診・言葉尻を聞いてみても徐々にありありと見えてきた・・
以前からうちに来ないかといわれてるところや親戚等をふくめ己の10月からの行く先を
真剣に選定に入る準備に取り掛からないといけないかもしれない。
会社も一人一人の事情も考慮できない儲けも少ない時代になってきたのかもしれない
だから余分なものを切り捨てる・・・自分が余分なものになってきてるのか・・
ショックだが現実の状況はそういうこと。
現実を現実として受け止め、次を模索するのが賢明かもしれない。
未来は自分で切り開くもの。
会社にもちろん愛着はある。
しかし、会社からいらないと言われれば、別段この会社に固執しこだわる必要はない。
こだわっても仕方のないこと。
己の力を過信してもいけないがこれまでやってきたことを卑下する必要もない。
オレはどんなポジションにあっても負けない。
むしろこういった逆境にさらされると燃える。
そうきたか、ならばみておれよ!お前らには負けんド!
・・っという具合に絶対に逆にバネにしてみせる。
しかし社会自体が、余裕がなくなってきてるのか、人を簡単に切り捨てるという
ますます「情」のない社会になってきたのかなとも想う。
「情」という、昔の「武士道」の精神が社会の秩序を根底で支え日本人の潔さ、
もののあわれを感じる力、他者や弱者に対するやさしさ思いやりのこころ・・・
以前には、そういった「情」が社会を形どる根底に・・
この会社にもあったと思えるが・・
残念だが時代の流れがそうさせているのかもしれない・・
「情」のない社会・・・そういった社会を構成している組織や人間
・・そういった社会を模索してる人間・・そういった社会を支援してる人間
いずれすべては必ず自らに跳ね返ってきて彼ら自身も泣く目にあうと思う。
しかし、どうこういったって仕方がないオレには状況を変える術もない。
そうとしたら取りうる可能な選択肢のうち自分で満足の行く選択肢を撰ぶしかない。
選択は自由。決断は己の責任で。
どういう状況になっても淡々と生き、一生懸命やるぞ。
己の人生でありたった一度の人生。
己の希望する条件の下で、今の力で存分に思いっきり生きる。
オレの人生だもんな。
久々の癒し部屋でのひと時を持つ。
実家での休日を迎えるのも久方ぶりである。
癒し部屋から見える3方向のまでから見える空もくっきりと青く夏空が続く
昨日まで悩まされた夏風邪の症状もひと段落した
窓から風が入ってきて暑いことは暑いのだが・・・
カーテンを揺らぐ風が適度に涼しさも感じさせてくれる
こういったシーズンにはあえてBGMはいらない
外から聞こえてくるセミの声小鳥のさえずりだけで十分である。
セミの声は桜並木が家の軒先まであった以前と違って・・
ずいぶんと遠くからしか聞こえてこないような気がする。
少しさびしいような静かな感じがしてちょうどいいような・・・。
さて夏でしか味わえないような遊びはたくさんあるが・・
オレの場合は今のところ自転車。
体調もだいぶ回復したことだし午後から少し出かけてみようかとも想っている。
病み上がりということもあるので少々距離は短めにしておこう。
さて昨今のオレを取り巻く状況から、真剣に検討すべき課題も持ち上がってきている。
この平穏な日々がいつまで続くかわからないという点での課題である・・・
10月からのオレ自身の居場所をそろそろ模索しとかないといけないかとも想う
「転勤」ということがちらつきだしたからであるが・・・
「転勤」はサラリーマンの宿命かもしれない・・・が
ひとつには歳をとってきたものに対してこういったことを突きつけて、
会社側の経費削減の一環として「いやならやめなさい」ということだろう・・
出世はいらないから・・一生懸命やって結果をだすから・・・
ということでオレはオレなりに年老いて他に面倒を見れるものが周辺にいない親父を
一人にすることができない事情もあってこの地に居続けることにこだわりを持ってきた。
そういう思いもあってオレは一生懸命やって結果も出してきたつもり・・・。
すくなくとも自分ではそう想っていた。
それでも転勤を他の支店管轄に会社側が強引にするのであれば仕方なし
仕事もあまりせず・・結果も出さないでいる輩・・
・・上に取り入ることがうまく・・創作した成功事例やプレゼン資料だけがうまい輩
そんなやつらが出世したりそのままこの地に居れることができるのなら・・・
なんのために一生懸命やっていたのかわからない。
いや・・そもそもオレに自身をこの会社内で守り抜くだけの実力がなかったのだろう・・
しかし、オレにはオレの生き方もあり事情もある・・・
そろそろいろいろな昨今オレをめぐる環境の変化や
上司からの打診・言葉尻を聞いてみても徐々にありありと見えてきた・・
以前からうちに来ないかといわれてるところや親戚等をふくめ己の10月からの行く先を
真剣に選定に入る準備に取り掛からないといけないかもしれない。
会社も一人一人の事情も考慮できない儲けも少ない時代になってきたのかもしれない
だから余分なものを切り捨てる・・・自分が余分なものになってきてるのか・・
ショックだが現実の状況はそういうこと。
現実を現実として受け止め、次を模索するのが賢明かもしれない。
未来は自分で切り開くもの。
会社にもちろん愛着はある。
しかし、会社からいらないと言われれば、別段この会社に固執しこだわる必要はない。
こだわっても仕方のないこと。
己の力を過信してもいけないがこれまでやってきたことを卑下する必要もない。
オレはどんなポジションにあっても負けない。
むしろこういった逆境にさらされると燃える。
そうきたか、ならばみておれよ!お前らには負けんド!
・・っという具合に絶対に逆にバネにしてみせる。
しかし社会自体が、余裕がなくなってきてるのか、人を簡単に切り捨てるという
ますます「情」のない社会になってきたのかなとも想う。
「情」という、昔の「武士道」の精神が社会の秩序を根底で支え日本人の潔さ、
もののあわれを感じる力、他者や弱者に対するやさしさ思いやりのこころ・・・
以前には、そういった「情」が社会を形どる根底に・・
この会社にもあったと思えるが・・
残念だが時代の流れがそうさせているのかもしれない・・
「情」のない社会・・・そういった社会を構成している組織や人間
・・そういった社会を模索してる人間・・そういった社会を支援してる人間
いずれすべては必ず自らに跳ね返ってきて彼ら自身も泣く目にあうと思う。
しかし、どうこういったって仕方がないオレには状況を変える術もない。
そうとしたら取りうる可能な選択肢のうち自分で満足の行く選択肢を撰ぶしかない。
選択は自由。決断は己の責任で。
どういう状況になっても淡々と生き、一生懸命やるぞ。
己の人生でありたった一度の人生。
己の希望する条件の下で、今の力で存分に思いっきり生きる。
オレの人生だもんな。
