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政治家の失言、許せる? ブログネタ:政治家の失言、許せる? 参加中
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政治家ブログポータル



タイトルの通りです。
そして、匿名+知り合いには教えていないからさらに書きやすい。

僕自身が建築学科ってこともあって専門知識が0に等しいから、偉そうなことは言えない。
でも思ったり、考えたりすることはたくさんある。

そういう気持ちを発散するのは気持ちいなって、この間出場したプレゼンの大会で感じました。

合ってるとか間違ってるとか関係ない。
思ったことを言うのが大事。熱意が大事。

間違ってるなら修正したらいいし、合ってるなら自信を持てばいい。



さて今回のネタは
「政治家の失言、許せる?」


最初に書いたイントロで半ば自分の意見をいったようなものだけども
僕の意見としては、許せる。


自分の中であるのは、完璧な人はいないということ。

まぁ完璧な人がいないというのは、2つ理由があって
1:人間どこかしらに欠点を持つ(という一般論)
2:そもそも政治などの多種多様の利害が絡む話になると、答えというものを一元的に決めれない


1はわかるだろうから、2について書く


まぁこれも言葉通りだから、詳しく書くとクドくなるんだろうけど・・

税金を上げるということを1つ例にすると

税金を上げるというのは、一般人からみると出費が多くなるから嫌なこと
ただ、一般人としては老後の保障もしっかりしてほしい

ただ、財源がない(というか借金してる)日本においては、税金上げるか、保障を減らすかの二者択一しかない。

シンプルな話のように見えて、少しめんどくさい
税金上げる=若者の負担大
保障減らす=老人の負担大

このようにどちらの世代を優先するかという問題が発生する

政党は票につながる政策がしたいので、投票率の高い老人向けの政策をする
票につながらない政策を打ち出すと、選挙で負けるから、政策が理想論で終わる

少子高齢化社会という背景のもと、老人が増え、若者が減ってる
ここで若者の負担を増やす政策をすると、将来的には負担がとてつもなくなる

どうしたらいいのか?と問われても
保障を減らす動きをしたら、落選の可能性が大きくなり
保障を増やす動きをしたら、理想の国とは遠くなる

理想と現実に壁があり、それぞれの政治家が思い思いの働きができないのだと思う

さらに話をややこしくさせているのが、知識を持たずに情報に流されている政治家
悪気があって、意図的に行動しているならまだましであるとさえ思う。

無知ってなんだよ

そんな簡単になっていいものなの?政治家

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まぁ話が脱線しまくったところで
政治家の能力って、僕ら一般人が判断できるものなのかな?
見た目で判断してはいけませんって親から教わったでしょ


直接見てないのに判断できるものなのかな?


失言の1つや2つよりも、その政治家の実績をみて比較してほしい
現職議員は再選挙の時に、現役中に行った政策を発表できるようにしてほしい


今の政治家って、みんな優秀?
僕はそうは思えない

優秀な人もたくさんいると思う。
ただ、失言でバッシング受けることが多すぎる。麻生さんしかり

いいじゃん漢字の読みを間違えたところで
あんたらよりも凄い部分を持ってるんだからさ

人の上に立つって、下の人よりも全てにおいて優れている必要ってあるの?
ちがうでしょ

人の上に立つ能力が優れてればいいんでしょ

みんな文句は簡単に言えるさ
やってみろってんだ

あらゆるしがらみの中にいながら、よりベストに近い答えを模索する

答えを教えてくれる人はいない

政治の世界だから、当然だまし合いもある

だれが味方かわからない

テレビでは言葉の一部分を引用して批判してくる

インタビューされてるただの一般人に馬鹿にされる



こんな世の中でトップに立って、モチベーションあがるわけないじゃん
周りのみんなから、文句言われながら、文句言われている人のために仕事をするんだよ


いいことか悪いことか、受取り方は人それぞれ
だから完全な答えはない。
でも自分の信じるベストを考えて、行動にうつそうとしても

周りに邪魔をされる
やりたいことができない

こんなことじゃダメでしょ

でもマスコミも仕方ないんだよね

だって国を批判すると視聴率上がるもん

じゃあ悪いのは国民?

そうでもない

国民も考えたことをしゃべっているだけ

僕みたいに

結局、国会議員を一般人とはかわらないんだよ

悪いのはだれ?って言われたら

全員でしょ

小さな活動でもいい

少しいいと思った活動をしてみるといい

1人がしても変わらない

2人でも3人でも・・・


でも全員がしたら少しは変わると思う


民主主義?社会主義?

悪いのは制度じゃない
それを使う人間だ

コンビニおにぎり、一番好きなのは? ブログネタ:コンビニおにぎり、一番好きなのは? 参加中
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今回のブログネタは「コンビニで一番好きなおにぎりは?」です
なんか最近プライベートな事を一切書かずに、ブログネタに走ってますね・・・

でもこっちはこっちで楽しいからいいかな


僕の一番好きなおにぎりは「ツナマヨ」だったのですが
最近はまっているのは、なんといっても「牛カルビ」のおにぎりです。

これが売っているのは、ファミマです。
僕は完全なファミマユーザーなんです。


なんでファミマか?
それは単純で、バイト先の近くにあるのがファミマだからですね。

もっと書きたいんですけど、いかんせん今日は体調が悪いんで、今日はこのへんで
前回ブログネタを使ったために、夢は夢でもちょっと違う方向に行ってしまった。

このブログを知り合いに教えなかったのは、
心の中のことを思いっきり吐きだすためで
プールゼリーのためではない。


かといって愚痴を書きたいわけでもない。
愚痴はこっそり書くよりも、聞いてほしい派なので・・・


じゃなにを書きたいかというと
「夢」とか「意見文」とか


普段のキャラがチャランポランなんで
真面目なことを話すと、引かれることが多々ある。


ただ、自分は何も考えてないわけじゃないと思ってる。
経験豊富というわけじゃないから、自分の意見に自身があるわけでもない。


思いっきり書き連ねることで、整理するという意味合いが強いのかな。


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夢

僕の夢は建築士になること。
この夢は小学4年生の時から持っている。


七夕で、周りの友達が短冊に「将来の夢、サッカー選手」と書くなか
建築士と書くことで優越感を覚えた記憶がある。


まぁこれはさておき
建築士という職業に憧れたきっかけはとても簡単。
小学4年生で習った、図形の問題
立方体や直方体を書くときに、点線を加えることで奥行きがでたことに感激した僕は
自由帳にひたすら立方体を書いていた。
「立方体を書くことのできる職業」
こんな簡単な理由から、僕は建築士になることを志望し、今も建築の勉強を続けている。


ただ、建築士となることが今の僕の夢ではない。
むしろ建築士になることは自分の中で夢のスタートでしかない。


近代日本といわれると
「民主主義」「競争社会」というイメージがある。
人は常に効率を求める考え方である。
最も僕は政治や経済の勉強は全くしていないので、あくまでもイメージである。

これはどこの業界にも当てはまることで、当然建築業界にも当てはまる。


建築においては、建物の画一化が進んでいる。
本来、家というのは人生で一度購入する。とても大切な買い物である。
それにもかかわらず
設計図が先に存在し、建物を建ててしまう。
建物を建てた後で、購入者を募集し、買っていただく。


この形はとても効率的であり
大手企業を中心に行われている方法である。


1枚の設計図で多くの建物を建てるため、設計料が安く済む。
また、家が建つまでの仮住まいを探す必要もなく、楽である。


これが今の建築業界の事情である。


僕の夢はまさにここに関係する。
効率性はたしかに大切。
ただし、一生に一度の買い物といわれる家において。
効率性を重視した方法でよいのか?

家族というのは、いろいろな形がある。
兄弟の仲が良い。悪い。父親が料理をする。母親が料理をする。
家族の人数も違う。
似たような家族はいるかもしれないが、完全に同じ家族というのはいないと思っている。

この家族1つ1つに対応した家の形があってしかるべきである。

この前提がない場合。
建築士という職業の存在意義がほとんどなくなると思う。


家族と付き合う上で、その家族の生活に合わせた建物を提供する。
これこそが建築士のあるべき姿だと思う。


しかしこの考えには大きな欠陥が存在する。
1:建築士1人が設計できる数には限界がある。
2:効率性に反する考えなので、ニーズがつかめていない。


僕1人が立ち上がったところで、何もかわらないのである。

では、僕の夢はなんなのか。
それは家とは家族を結びつけるものであり、家族によって1つ1つ合う形がある。そしてその家は住みやすい。という活動の先がけとなることである。


今この考え方にニーズがないのは、住みやすい家を知っている人が少ないからである。
住みやすい家に住んでいる人が、口コミなどで広がると
住みやすい家に住みたいと思う人が出てくる。

それによりニーズを増やし
競争社会以前の家の姿に戻すこと。
自分の死の前でも後でもよい。
自分の意識付けから、住みやすい家を増やすこと。これが僕の夢である。