2011年11月09日 12時22分09秒
テーマ:ブログ
過去記事のミックス状態が続いていますが
未読の方は是非とも読んでください。
地道な理解が私達を進化へと導く。
それが敷いては社会への小さな奉仕と繋がると思います。
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今日は朝から創価学会洗脳を実行されているようです。
目的は能天気にしておいて
自分が被害を受けていることを認識せず
それを改善と誤解させておいてその状態で
私の口を封じだましうちにする事が目的のようです。
昨日の夜中は驚きました。
昨日真下の部屋に入り込んだ、近所の人間が
下の部屋の天井に設置している電磁気が発生する装置を夜中につけた様で、
それに対して外部から電磁気を打ち込んでくる人間がいたようです。
この人間達はそれをレールガンと読んでいます。
そのために私たち夫婦の周辺には強い磁場が発生し
床からの電磁気で背中が波打っていましたし
その箇所での電磁気回転が私や妻に良くない影響を与えていました。
夜間に起きると妻と私の布団の下が
凄まじい電磁気の振動をしていて
妻は脳の塩基が干上がるような効果を
意図的に誘導されていたようですし(電解質が抜けてなくなる)
私の方は死に引きと言われる
燕下障害を起こすようなそんな効果をもたらされました。
(水分蒸発、電解質消失)
近所の創価学会信者が私達二人をまとめて
殺そうとしたのだと語りかけの人間は教えてくれました。
その人間は近所に住んでいる斎藤という人間で
元自衛官の家の様で、そのためか自衛隊のヘリコプターが頻繁に
この人間の電磁気攻撃の時にはやってくるのです。
OBや権力者として要請ができるのでしょう。
どうやら、私の脳機能を改善するためと言っては嘘をついては
ヘリコプターが飛んできて放出している電磁気を
悪い効果に利用しているようです。
自衛隊の一部の人間が心無い人間に騙されて
利用されていると認識しました。
加害行為を実行しているのは実はこの家だけではなく
高橋、柳川といった家も
一応先日はっきりと確認できたのはこの家ということで
それを報告しておきます。
私たち夫婦は創価学会に磁気洗脳されて
それで誘導されながら互いに悪影響をもたらすような
誘導まで実行されて居るのです。
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【人間の能力はすべて平等】
大ビルディングの建設を
私が意味していることの例としてあげましょう。
このビルが新しい型の建設なら特によい例になります。
まず完成した建築物が意識によって人間の
心のスクリーン上に描かれます。
そしてひとたび心がその絵を見るならば、
その建築物のデザインを保持するために、
印象類図示した青写真が作られます。
家の設計図を描くときと同様に、これは原因に対する最初の結果です。
そこで青写真は建設物を具体化せしめるために
有能な責任者の手にまわされます。
するとこの人は建築に必要な職人や資材を調達します。
彼が雇う、最初の職人達はいわば最低の技能者です。
なぜなら、彼らは建物の基礎を生めるためのミゾ堀り
人夫であるからです。
しかしこの人達がいないことには建物は建ちません。
次に建物を完成させるために多くの技術者が
使用されます。
その入り口の内壁に描かれる壁画は歴史的な事象を
表現した美しい絵画で、これが最後の仕上げです。
このために最高の芸術家が使用されます。
しかしこの芸術家でさえも、使用する絵具の顔料が、
必要な各種の精製過程を通じて労働者により処理されなかったならば
本人の全能力をもってしても要求される作品を
作り出すことはできません。
このことは彼が用いる必要のある筆、
その他の道具類についても言えます。
しかもこうした道具がなければ才能は
価値のないものとなってしまうでしょう。
ここにおいて最低の能力は最高の能力と等しいことがわかるでしょう。
このことからあなたは「ひとしい」と言う言葉が実際には何を意味するか
知らねばなりません。
それはその言葉の一般的な定義とは遥かに異なります。
これをはっきりさせるために別な例を挙げましょう。
ソロモン王の神殿が完成したとき、その工事で最も
功労のあった者を儀式で表彰し、
玉座の隣席にすわらされると表明しました。
すると一人の鍛冶工が仕事着のままで入ってきました。
鍛冶工場から来たために焼けたエプロンと汚い手を見せていました。
しかも彼は自分から進んで王の隣席に座ったのです。
これは一座に動揺を起こし主席者の間には
不満の声が上がりました。
王は鍛冶工の方を向いて、いかなる権利によって
自分でそこへすわるのかとたずねました。
すると鍛冶工は立ち上がって他の技術者一同に
次のような問いを発しました。
「あなた方のコテやコンパスは誰が作ったのか?」
「それは君だ」
と皆は答えました。
すると鍛冶工は続けました。
「そんな道具がなくてあなた方はこの神殿を作ることができただろうか?」
皆の答えは「ノー」です。
「だったら名誉は私のものだ」
と鍛冶工はいいました。
この平等さは金星や土星で実践されています。
人間のもつあらゆる能力は創造主から創造物に与えられた聖なる
贈り物として尊重されているからです。
そしてそれはあらゆる努力の分野
スポーツ、芸術などの各分野に現れています。
地球人が示している競争意識などはありません。
むしろ神の目的の遂行にたいして個人の能力のより
すぐれた表現の特性を求める気持ちや
欲求を持っています。
仕事の達成に対して名誉を求めるのはエゴ(自我)の心に
ほかなりません。
ここまでです。
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私の過去記事である”宇宙の法則”の10番目の記事で
宇宙の法則に関連して労働に触れました。
私達はこの地球では職業によって
その権力や社会的地位が決められがちです。
それが地球の慣習によるものであることは間違いありませんし
近年では金持ちや実業家を崇拝するような風潮すら
私達は無自覚の内に身に付けていると思います。
金持ちや実業家はこの社会の中で成功した人間であり
その結果として見えている姿が立派だからです。
立派な家に住んでいて、
高級と言われる自動車に乗っていて
高い背広でも纏っているその姿を見て
そしてその人間達に皆が頭を下げているのを見て
その他の皆もそんな人間を高く評価しているわけです。
これを原因と結果で分析すれば
私達が見て評価しているのは勿論”結果”です。
具体的に見えているその高級スーツに纏われた姿を、
そしてその人間が得ている社会的地位を、
私達は”心”(個人的真理・価値観)を利用しては崇拝しているわけです。
彼らがその結果にたどり着くまでの過程を
私達は通常は知りません。
もしかしたら人並みならぬ努力を続けた結果、
そんな立場まで上り詰めた素晴らしい人間なのかもしれませんし
もしかしたら悪どく儲けてその地位を手にした
とんでもない人間かもしれません。
そして今現在その人間がどんな意識を持っているのかを
私たちは見ることができないのです。
しかし私達の社会では評価の対象は結果としての
今の地位でありその権力なのです。
見た目と、表面上の言動であり
内面や本音は読み取ることができないからです。
本当であればそれ自体が正しくはないと思うのですが
少なからず私達の社会は人間に対して
そのような物の見方をします。
更にこの社会では、権力を持った人間は
得てして自分を過信する傾向もあります。
周辺の人間にちやほやされる事で、すっかり天狗になってしまうのか
元々がそんな資質があった人間なのかはわかりませんが
自分の社会的地位を自分で測定しては
上の人間への態度と下の人間への態度を使い分ける
そんな人間だって大勢存在していると思います。
ブラザーズの社会は皆が平等です。
偉いとか偉くないと言う認識の仕方はしませんし
一目置かれるのは精神的進化の著しいマスターぐらいのようです。
しかしこの地球社会ではそれが通用するのです。
社会的地位のある人間は時には横暴が許されます。
私達はそんな社会を当たり前であると考えていますし
それをそのまま受け取ってもいます。
勿論、中にはどんなに偉くなっても
誰に対しても平等に接してくれるような
精神も素晴らしい人間もいます。
ヨハネス23世は一般市民に対しても、牢獄にいる囚人に対しても
側近の人間に対するのと同様に交流していた人格者だったそうです。
結局は偉くなって威張るのも、偉くなろうが謙虚なのも
その人間の心次第と言えそうです。
ブラザーズの社会では職業や社会的地位に対する意識が
まったく異なります。
仕事に関しても社会的地位に関しても
彼らの社会は基本的に皆が平等だからです。
勿論私達の言う”長幼の序”のようなものは存在しているようです。
と言っても勿論それにかまけて
年配の人間が年下の人間に
偉そうな態度をとるわけでもありません。
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彼らは、それぞれが就業する仕事は
社会を維持するために必要な行為であると理解しているようです。
彼らは労働によって賃金の支払いを受けるわけではありません。
彼らの社会は全員で必要なものを作り上げ
全員に配給し、全体を維持する社会でもあります。
一見共産主義社会のように見えますが
そんなものではありません。
一言で言えばこの地球こそが異常なのです。
彼らには余計に物を欲しがる様な習慣もありませんし
財産を溜め込む習慣もありません。
必要最低限のものはしっかり与えられるからであり
幼少からそのように教育されているからでもあります。
イエスキリストが触れていたように
彼らは天の国に財宝を積み上げる事を常としています。
その行為が精神を進化させることを
彼らは知っているからです。
そして元々貨幣制度などありませんから
彼らの労働は対価の見返りを求めるものではありません。
その行為は完全なる奉仕なのです。
自分達が社会から生きていくために必要な全ての糧を得るのですから
その社会に対して貢献する事が
結果的に彼らに糧を与えている事を深く理解しているわけです。
地球のように、生きていくために働くと言うわけでもなければ
沢山のお金が欲しいから働くわけでもなく
彼らにとっては労働は人生の経験を積む中に於いての
神に対しての奉仕でもあるようです。
一日二時間、週にすると二日が彼らの労働時間であると
以前も触れました。
そしてその行動が、
神の意思を実現している彼らの社会を維持するために
奉仕として行われるわけですから、
仕事場でも職業同士の間にも
優劣関係なるものは一切存在しないわけです。
仕事を神の法則の実現の一環として捉えれば
その行為は間違いなく奉仕ですから
奉仕をする時の個々の立場は当然神の前に平等でもあります。
そして更に彼らのこれらの労働の価値観には
地球でも学ぶべき意識があると思います。
全ての労働は皆
同じように尊敬されなければならないと言う意識です。
その行為が無ければ全体は維持できない、
そしてその仕事を結局は誰かがやらねばならない
その事をも彼らは理解していると思います。
このソロモンの例え話は
私の記事の”宇宙の法則”で引用した
マスターの話の中で触れられていたものです。
ここでの引用にありますように、
自分がその場に呼ばれなかった事に関する不満だったのか、
それとも例え話として大げさに伝えられたものかは判りませんが
ソロモン神殿が出来上がった時に
その一番の功労者は誰であろうかと皆が検討した時に
直接ソロモンの神殿を作り上げた人間達ではなく
縁の下の力持ちとも言える立場の人間が
自分こそが貢献者であるとその立場を主張したと言う内容です。
建設業界でも医療業界でもそうでしょうが
全ての仕事には縁の下の力持ちと言われる存在がいると思います。
何かの仕事をする時にそこで利用されるものは、
やはり誰かの手によって既に作り上げられているものです。
仕事でパソコンを使用している人間にとっては
そのパソコンを作ってくれた人間は影の功労者ですし
最先端の科学技術を開発している人間にとっても
その技術は過去の技術の積み重ねの延長にあります。
文明の進化した社会では、何かを最初から最後までの全てを
一人で成し遂げると言うことは殆どありえないはずです。
金星や土星の住人はその事をよく理解しているそうです。
そして彼らにしてみれば神の祝福する社会を維持すると言う想いに対して
奉仕するのが労働でもありますから
それに関わって来る人間達は
皆が同等の貢献者でもあるのだと思います。
彼らの居住地を作り上げてくれる人間がいなければ
彼らの食料を供給してくれる人間がいなければ
洋服を作ってくれる人間がいなければ
彼らの社会は成り立たないことを彼らは理解しているのです。
誰もに必要なものがまんべんなく手に入ることが大切だ。。
そんな私達の社会では理解できない意識を、
彼らはしっかりと理解しているのです。
仕事毎に神からの祝福に差があるわけでもありませんし
どの仕事をする人間が居なくなっても社会は成り立たない。。
本当は私達の社会における各職業も同様なのですが
私達はそのように考える事が出来ない様です。
一方ブラザーズはその事をしっかりと認識しているから
彼らの社会には職業による上下関係も
権力の差も存在していないのです。
そんな社会ですから
一般庶民や、生活の苦しい人間であればあるほど
彼らの社会は天国に見えると思います。
しかし、少なくとも彼らの社会に存在していない職業の人間達が
一番崇拝されているこの社会では
その再現をすることは不可能なようです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
宇宙の法則の記事の繰り返しになりますが
触れておきたいことがあります。
私達の社会には貨幣が存在しています。
そして地球独自の価値観とは言え、
職業や仕事に関してはその職務毎に報酬が与えられます。
この社会では社会的地位の高い人間ほどその見返りも強いようで、
権力と報酬は比例する傾向にもあります。
ただ、考えてみれば仕事の見返りはしっかりと
報酬と言う形で支払いを受けていますし、
それが仕事の内容ごとに異なるのですから
地球の価値観による仕事に対しての十分な対価は
受け取っていることにもなります。
その上に他の人々に崇拝されたり
社会的名誉を貰えるというのは報酬の二度受けともいえます。
労働や職能に対する十分な見返りは受けているのですから
本来であればそれで本人は報われている事になるはずだからです。
しかし地球の価値観は違います。
その上に社会的地位まで伴ってきます。
そんな私達の意識の背景にあるのは
もしかしたらおこぼれが欲しいとか
何かの時にその権力を貸して欲しいと言う
意識の現われかもしれません。
しかしブラザーズの意識、宇宙の法則に照らした意識では
無償で頑張っている人間
(被災地のボランティアのような)人間ほど
尊敬されるに値することになると思います。
彼らは勿論宇宙の法則など知りませんし
全くの無償で純粋に他人のための奉仕をしている人間達だからです。
そして現に対価などの見返りはありません。
しかし確実に他人のためになることをしているからです。
彼らは天の国に富を貯める行為をしているのです。
そしてもしかしたら彼ら本人にとっての報酬は
他人が喜ぶ顔なのかもしれません。
本来ならば、そんな意識こそ尊く尊敬されるべきものだと思います。
しかし現実社会はといえば、
報酬も高い技能を持っているような人間こそが
社会的地位も持っていてその上で、尊敬の対象にもなるのです。
その殆どが社会貢献とは縁の遠い
自己の利益を図ってきた結果に得た地位であってもです。
もしも今のままの精神と心のままで金星社会で
暮らすことがあるとしたら
一番不満を感じるであろう人間達は
この地球社会で奉られているような人間達だと思います。
彼ら金星の住人はそんな人間達を特別扱いしてはくれないからです。
彼らは全ての人間を崇拝してはくれますが
決して権力者だからと言って特別扱いはしてはくれません。
そして宇宙の法則に一番馴染みにくい人間は
「自分は他人と違って偉い人間である」
と思い込んでいるようなそんな人間達だと思います。。
ブラザーズ社会であれば一番皆に崇拝されているのは
一番精神の進化した人間であるマスター達のようです。
惑星の代表として立てられるのも
そのような精神の高い人間のようですし
心を使用しては上辺を見つめ、それを崇拝するこの社会と異なり
精神を大切にしている社会ですから
当然精神性に価値を置くことになりますし
彼らにとって一番尊敬できる人間は
精神性の高いマスターとなる。。。
当たり前のことだと思いますが
地球の法則に従っている人間には
理解しがたいかもしれませんね。
そしてマスターは教祖でもありません。
宇宙の真理を誰よりも深く理解して実践している人間なのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
彼らの社会の仕組みを理解すれば
私達の社会が今後進んでいくべき道も理解できるかと思います。
例えば私達の社会では人は自分と家族のためにこそ働きます。
そして其の働きに応じてお金を与えられる事にもなり
更には其のお金を自分自身のために使用します。
でも本当であれば、
この資源配分を効率的に実行するためにも利用できるこのお金というものを
ある所から無い所へと分担するようなそんな意識も大切なのです。
イエスキリストも、お釈迦様も、十分に持っている人間は
持たない人間に分け与えなさいと語っていました。
そして困っている人間には手を差し伸べなさいと
”旅人”という具体的な例えで説明をしてくれていました。
その精神こそが、
誰もが平等であるべきと考えている人間達の思考であり、
それはそのまま神の意志でもあります。
万人の平等と幸せを望む神の意志こそが
私達の真理であり私達は先人たちから
其の事こそを学ぶべきなのだと思います。
ここで、先日の繰り返しになりますが
天使達の社会の”仕事”について考えて見ます。
彼らは先ずは全体を意識して、其の中の構成員に必要な家や
道具、家財、食料を宇宙船などをまず認識し
それを製造する事を意識するようです。
この社会との違いはお金になる作業が仕事とされるのではなくて
其の社会の人間にとって必要な物を生み出す行為が仕事とされている事です。
と言う事は、福祉やボランティアと私達が呼んでいるような要素は
十分に考慮され率先して実践されている事にもなるはずです。
そして社会にとって必要とされるありとあらゆる物を
全員の分を意識して、それを社会を構成する全員で作り上げるわけです。
人々は各自の得意な分野において奉仕という形で作業に取り組み、
必要な物資を作り上げます。
そしてそれを必要とする人間に必要なだけ分け与える
そんなシステムを作り上げていると言う事です。
誰もが自分のために働くのではなくて
社会全体のためにこそ働くのです。
それは仕事と言うよりは社会全体に対しての奉仕です。
彼らの惑星に住む人間達は皆家族同様で
其の全員のために奉仕をして同時に自分も必要なものを
皆から分け与えられるという事になります。
宇宙の法則の下では、自らの奉仕はめぐりめぐって自分に対して
跳ね返ってくるという事になるようですが、
彼らはそれを、生産活動という日常生活の中でも実践している事になります。
この事は、自らが全体に対して奉仕して
一方では社会から奉仕されるという関係だと理解出来ます。
つまり彼らの日々の労働は、誰もが自分のために為しているのではなくて
彼らは社会全体のためにこそ奉仕を続けている事になります。
しかも彼らはそれぞれの仕事は結局は誰かがやらねば
ならない事を理解しています。
それがどんな仕事であっても彼らはそれを必要だからこそ
分担して実行しているからです。
そして彼らはそれぞれの仕事をしている人間を
仕事の違いで差別する事もありませんし
全ての職業は同様に尊敬される事になります。
”生命の科学”に出てくる”ソロモン神殿”の話は
其の事を象徴したものと理解できます。
仕事と言う側面を捉えれば、
地球社会でも同じ事が言えるはずです。
どんな職業であっても
その全ては他の人間の仕事の上に成り立っています。
他の職業が存在していてそれが奉仕しているからこそ
他の職業も成り立っていると言う事です。
例えばどんなに高い地位の人間達が集って
重要な会議をしたからといって
彼らは其の会議開催を可能とした人間達に感謝しなければなりません。
其の人間達の社会的立場や仕事の全ては他の多くの人間達の
仕事によって支えられています。
部下がいるからこその上司であると言う事です。
更には会議の資料を作るのに使ったコピー機は
一体誰が作り上げたものなのか?
其のコピー機に使用した紙を作ったのは一体誰なのか?
そして会議用の椅子や机を作った人間は一体誰なのか?
更に言えば会議を行っている其の建物を
建設したのは誰なのか?
そして彼らに地位を与えているのは
多くの人間がその下に遣えているからに他なりません。
例えば医師だって、薬や器具を作る人間がいなければ
医療は実現できません。
どんな高度な職業であっても
其れを影で支えている大勢の人間達がいるのだということです。
そのように突き詰めれば
誰もが他人の仕事とは無関係ではありえません。
そして誰もが他の人間の奉仕の恩恵を受けている事にもなります。
ただ、私達の社会では大きな勘違いが私達の意識を
変貌する原因になっています。
お金に関しても私達に物資の流通のためや、
元素の効率利用を理解させるためにこそ使用すべきなのに、
気がつくと、必要以上の元素を蓄える代わりに
それを将来的に手に入れるために、
お金を独占しようとする意志を持つようにもなっています。
先日触れたようにお金が富の貯蔵手段となっているという事です。
本来役割の分担である職業なのに
そこでは地位や名誉を作り上げ人間に上下関係を作りだしてもいます。
其の事を正しく認識すれば、
私達の社会の人間の誰もが他人の仕事の上に暮らしていると言う事、
更には仕事にしても他人の仕事があるからこそ
自分の仕事が成り立っているという事に気がつくべきです。
私達は”能力”という言葉を使用します。
しかしそれは一つの尺度で測る事の出来るものではありません。
大昔、力こそが権力であった頃には
腕力こそが力とされたかと思いますし、
現代社会であれば学校の勉強が出来る事や
試験といわれるものに合格する事が重視されています。
しかし能力と言われるものは他にもあります。
スポーツ選手は運動神経を能力としてますし
役者は演技力を評価されます。
ミュージシャンは作曲作詞能力
そして芸術家は作品を作り上げる能力です。
ルネッサンスの様な芸術に力の入った時代であれば
恐らくは美的感覚や創造力こそが大切な能力とされたことでしょう。
私達の社会は人間の能力を一つのものさしで測ろうとする傾向がありますが、
実際に私達に与えられている能力は一つではないということです。
つまり人間の能力は千差万別であり
彼らの社会ではその事を理解していて
それぞれが得意な分野で社会に対しての奉仕を行っているのです。
羨ましい事に彼らの就業時間は
一日2時間程度で週にすると地球社会の二日分の労働という事でした。
科学力の発展が機械による効率化を齎してもいるために
彼らは日々労働だけにとらわれる事もありません。
それ以外の時間をあらゆる学習や趣味のために費やし
しかも一年うちの数ヶ月は宇宙旅行をして暮らすそうです。
勿論全ては経験と学習のためです。
しかも彼らは独自に自らの好む娯楽をも楽しんでいます。
明日を生きるためだけに今日を生きているのではなく
かと言って真面目一環に勉強だけをしているのでもなく
きちんとリラックスまでしているからこそ
彼らは高い精神性を保つ事が出来るのだと思います。
彼らの社会の全ての奉仕は喜びと楽しみの中に行われるそうですし
私達が失ってしまっている物を彼らは常に感じ続けながら生きている。
恐らくは彼らは自分達が生きている目的を
正しく理解しているからこそ、そのような生き方が出来るのだと思います。
しかし私達の社会の人間は
私達が生きている真の目的すら理解してはいません。
その結果、私達は時には家を建てた事によるローンのために
時には自らの娯楽やエゴのためだけに一生を費やす事にもなります。
アダムスキーの言葉で言えば元素の主人となるべき人間が
元素に仕えていると表現する事もできます。
父の命令を受けてあらゆる元素の管理者である事を求められている人間が
其の元素によって作り上げられた物質に支配されているわけです。
それと比較すると、彼らには神の意識に従うという大前提があり、
それを実践する事で
私達にしてみれば羨ましい社会を作り上げているのです。
私達が頭に思い浮かぶあらゆるものはこの社会に存在するという話でしたが、
私達が理想とする社会は私達地球のすぐそばに存在している。。
そして私達は其の社会こそを天国と呼ぶべきです。
彼らの社会は創造主の意識に沿って生きている社会であり
言ってみれば三次元の因となっている四次元空間の
”神の意識”に沿って生きている社会です。
言ってみれば因の国と言う事になります。
アダムスキーが語っていたのは
其の事なのだと理解して頂ければと思います。
そしてその気になれば私達も
天国に暮らすことが可能である。
この社会を天国にする事だってできるのです
私達なら其の事が理解できるはずです。
【生命の講座】
彼らの社会の仕組みを理解すれば
私達の社会が今後進んでいくべき道も理解できるかと思います。
例えば私達の社会では人は自分と家族のためにこそ働きます。
そして其の働きに応じてお金を与えられる事にもなり
更には其のお金を自分自身のために使用します。
でも本当であれば、
この資源配分を効率的に実行するためにも利用できるこのお金というものを
ある所から無い所へと分担するようなそんな意識も大切なのです。
イエスキリストも、お釈迦様も、十分に持っている人間は
持たない人間に分け与えなさいと語っていました。
そして困っている人間には手を差し伸べなさいと
”旅人”という具体的な例えで説明をしてくれていました。
その精神こそが、
誰もが平等であるべきと考えている人間達の思考であり、
それはそのまま神の意志でもあります。
万人の平等と幸せを望む神の意志こそが
私達の真理であり私達は先人たちから
其の事こそを学ぶべきなのだと思います。
ここで、先日の繰り返しになりますが
天使達の社会の”仕事”について考えて見ます。
彼らは先ずは全体を意識して、其の中の構成員に必要な家や
道具、家財、食料を宇宙船などをまず認識し
それを製造する事を意識するようです。
この社会との違いはお金になる作業が仕事とされるのではなくて
其の社会の人間にとって必要な物を生み出す行為が仕事とされている事です。
と言う事は、福祉やボランティアと私達が呼んでいるような要素は
十分に考慮され率先して実践されている事にもなるはずです。
そして社会にとって必要とされるありとあらゆる物を
全員の分を意識して、それを社会を構成する全員で作り上げるわけです。
人々は各自の得意な分野において奉仕という形で作業に取り組み、
必要な物資を作り上げます。
そしてそれを必要とする人間に必要なだけ分け与える
そんなシステムを作り上げていると言う事です。
誰もが自分のために働くのではなくて
社会全体のためにこそ働くのです。
それは仕事と言うよりは社会全体に対しての奉仕です。
彼らの惑星に住む人間達は皆家族同様で
其の全員のために奉仕をして同時に自分も必要なものを
皆から分け与えられるという事になります。
宇宙の法則の下では、自らの奉仕はめぐりめぐって自分に対して
跳ね返ってくるという事になるようですが、
彼らはそれを、生産活動という日常生活の中でも実践している事になります。
この事は、自らが全体に対して奉仕して
一方では社会から奉仕されるという関係だと理解出来ます。
つまり彼らの日々の労働は、誰もが自分のために為しているのではなくて
彼らは社会全体のためにこそ奉仕を続けている事になります。
しかも彼らはそれぞれの仕事は結局は誰かがやらねば
ならない事を理解しています。
それがどんな仕事であっても彼らはそれを必要だからこそ
分担して実行しているからです。
そして彼らはそれぞれの仕事をしている人間を
仕事の違いで差別する事もありませんし
全ての職業は同様に尊敬される事になります。
”生命の科学”に出てくる”ソロモン神殿”の話は
其の事を象徴したものと理解できます。
仕事と言う側面を捉えれば、
地球社会でも同じ事が言えるはずです。
どんな職業であっても
その全ては他の人間の仕事の上に成り立っています。
他の職業が存在していてそれが奉仕しているからこそ
他の職業も成り立っていると言う事です。
例えばどんなに高い地位の人間達が集って
重要な会議をしたからといって
彼らは其の会議開催を可能とした人間達に感謝しなければなりません。
其の人間達の社会的立場や仕事の全ては他の多くの人間達の
仕事によって支えられています。
部下がいるからこその上司であると言う事です。
更には会議の資料を作るのに使ったコピー機は
一体誰が作り上げたものなのか?
其のコピー機に使用した紙を作ったのは一体誰なのか?
そして会議用の椅子や机を作った人間は一体誰なのか?
更に言えば会議を行っている其の建物を
建設したのは誰なのか?
そして彼らに地位を与えているのは
多くの人間がその下に遣えているからに他なりません。
例えば医師だって、薬や器具を作る人間がいなければ
医療は実現できません。
どんな高度な職業であっても
其れを影で支えている大勢の人間達がいるのだということです。
そのように突き詰めれば
誰もが他人の仕事とは無関係ではありえません。
そして誰もが他の人間の奉仕の恩恵を受けている事にもなります。
ただ、私達の社会では大きな勘違いが私達の意識を
変貌する原因になっています。
お金に関しても私達に物資の流通のためや、
元素の効率利用を理解させるためにこそ使用すべきなのに、
気がつくと、必要以上の元素を蓄える代わりに
それを将来的に手に入れるために、
お金を独占しようとする意志を持つようにもなっています。
先日触れたようにお金が富の貯蔵手段となっているという事です。
本来役割の分担である職業なのに
そこでは地位や名誉を作り上げ人間に上下関係を作りだしてもいます。
其の事を正しく認識すれば、
私達の社会の人間の誰もが他人の仕事の上に暮らしていると言う事、
更には仕事にしても他人の仕事があるからこそ
自分の仕事が成り立っているという事に気がつくべきです。
私達は”能力”という言葉を使用します。
しかしそれは一つの尺度で測る事の出来るものではありません。
大昔、力こそが権力であった頃には
腕力こそが力とされたかと思いますし、
現代社会であれば学校の勉強が出来る事や
試験といわれるものに合格する事が重視されています。
しかし能力と言われるものは他にもあります。
スポーツ選手は運動神経を能力としてますし
役者は演技力を評価されます。
ミュージシャンは作曲作詞能力
そして芸術家は作品を作り上げる能力です。
ルネッサンスの様な芸術に力の入った時代であれば
恐らくは美的感覚や創造力こそが大切な能力とされたことでしょう。
私達の社会は人間の能力を一つのものさしで測ろうとする傾向がありますが、
実際に私達に与えられている能力は一つではないということです。
つまり人間の能力は千差万別であり
彼らの社会ではその事を理解していて
それぞれが得意な分野で社会に対しての奉仕を行っているのです。
羨ましい事に彼らの就業時間は
一日2時間程度で週にすると地球社会の二日分の労働という事でした。
科学力の発展が機械による効率化を齎してもいるために
彼らは日々労働だけにとらわれる事もありません。
それ以外の時間をあらゆる学習や趣味のために費やし
しかも一年うちの数ヶ月は宇宙旅行をして暮らすそうです。
勿論全ては経験と学習のためです。
しかも彼らは独自に自らの好む娯楽をも楽しんでいます。
明日を生きるためだけに今日を生きているのではなく
かと言って真面目一環に勉強だけをしているのでもなく
きちんとリラックスまでしているからこそ
彼らは高い精神性を保つ事が出来るのだと思います。
彼らの社会の全ての奉仕は喜びと楽しみの中に行われるそうですし
私達が失ってしまっている物を彼らは常に感じ続けながら生きている。
恐らくは彼らは自分達が生きている目的を
正しく理解しているからこそ、そのような生き方が出来るのだと思います。
しかし私達の社会の人間は
私達が生きている真の目的すら理解してはいません。
その結果、私達は時には家を建てた事によるローンのために
時には自らの娯楽やエゴのためだけに一生を費やす事にもなります。
アダムスキーの言葉で言えば元素の主人となるべき人間が
元素に仕えていると表現する事もできます。
父の命令を受けてあらゆる元素の管理者である事を求められている人間が
其の元素によって作り上げられた物質に支配されているわけです。
それと比較すると、彼らには神の意識に従うという大前提があり、
それを実践する事で
私達にしてみれば羨ましい社会を作り上げているのです。
私達が頭に思い浮かぶあらゆるものはこの社会に存在するという話でしたが、
私達が理想とする社会は私達地球のすぐそばに存在している。。
そして私達は其の社会こそを天国と呼ぶべきです。
彼らの社会は創造主の意識に沿って生きている社会であり
言ってみれば三次元の因となっている四次元空間の
”神の意識”に沿って生きている社会です。
言ってみれば因の国と言う事になります。
アダムスキーが語っていたのは
其の事なのだと理解して頂ければと思います。
そしてその気になれば私達も
天国に暮らすことが可能である。
この社会を天国にする事だってできるのです
私達なら其の事が理解できるはずです。
是非とも私の兄弟姉妹だけでも
そんな意識だけは持ち続けて頂きたいと思います。
【貴方に無限なる力の祝福がありますように】