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不幸のブログ 

三次元と四次元の狭間 に関しての記事と生命の科学と宇宙の法則
について語ります。



先日は栄養不足も祟り、一日中イラついていました。


頭に対しての磁気洗脳が強かったようで
イラつきの周波数帯がとても強く起きていられず

夕方5時前には寝る羽目になりました。


今一番大変なのが飲食物です。


下手に固まるようなものを食べると
それを利用しては胃腸の中の排泄物を固めては
ガンガンと回転させられる事になるからです。


今日も室内で語っていると
とてつもなく強い電磁波を飛ばしてくる家がありました。


そういう状態が怖くて、冷蔵庫を一日中つけていることができず
不便な思いをしている事に不快感を感じてもいます。



今日は朝から下の部屋に
練馬の中の心無い人間が入り込み
私と妻に脳天気になる電磁気での介入を実行し


おそらくは同時に脳に対して危険な引きを
繰り返していると思います。


高橋という近所の心無い人間が
下の部屋に入り込みそこに仲間を呼んでは
私達夫婦に洗脳を繰り返し


一方では地道に脳機能を壊しながら
私達夫婦の思考能力を奪い続けてきたようです。


二人共脳の細胞が壊れて減っているのです。


どんな症状があるかといえば
一番には細かなことに意識が向かなくなり


片付けないで部屋は散らかる、
食事も凝ったものを作ろうという意識もなくなり
食べるメニューも減って単調となる。


そして何よりも記憶が飛び勝ちとなります。


もしかしたら片付けられない症候群は
脳機能を壊されたのが原因ではないかとさえ思います。


今まさに自分がそうなっているからです。


この高橋という人間は、今では私達夫婦を殺して山に埋めようとか
そんなことまで語っているといいます。


創価学会信者だそうです。


なんでも公安関係者で、知人の公安を連れてきたり、
金でチンピラをやとったりと
そんな事を繰り返してもいるようです。


私を悪者扱いした上で引き殺すためです。


引っ越してきた頃から頻繁に脳に怒りを誘導するような
そんな電磁気を仕込み続けては
私の性格までイラついた人間にしてくれました。


そして今もそんな行為をやめようとはしません。


今日も朝からそんなイラつく電磁気を下から仕込まれて
しかしそれに対応することもできないでいますし
電磁気強化が怖くて冷蔵庫さえ付けられません。


今日も公安の中の心無い人間とみられる人間を下の部屋に配置しては
私達夫婦を狙い続けています。



こちらも創価信者のようです。



そしてもう一方の連中は私をこの人間に怒りを燃やすように

誘導しています。



早宮近所の別の住人たちです。

語りかけで嘘を付きそして私を怒らせたり混乱させる


私の仲間のフリをしてはこの人間達にあばれさせ

一方では自分達の手を使わずに殺すことを狙っているそうです。


言ってみれば早宮一丁目付近の人間が二つに分かれては

自分たちこそが味方で相手こそが敵だと洗脳してきて

その上に、暗示で振り回し、


私の抹殺を狙っているということです。


共通点はその多くが創価学会信者であることです。


中にはこれに協力する童話部落に連中がいるようです。



そして早宮一丁目付近は私をキチガイにするまで引き回そうという

頭のいかれた連中がいて、今日も音声送信含めて

私を引き回しています。



在日、創価信者、同和部落、

こいつらが私と妻にとっての危険な人間達。


そして後ろに権力があることを

自分達の正義にしているようです。


語りかけでそれぞれ引き回しては

危険な引きを実行し頭まで壊し続けてくる連中のようです。


週末ごとに続くサバトでは

私は怒りで引き回されて悪者にされては

脳機能を破壊するような引きを続けられています。


早宮のこの異常者達を浄化できる

そんな世の中でないからこそ

この社会はここまで悪くなっているのでしょうね。



水道水を流すと、電磁気が強くなるとか
風呂場の水道を使用すると凄まじく強い電磁気が流れるとか
いろいろ不都合が続いています。


恥ずかしいながら最近は風呂でも浴槽に入ることは殆どなく
数日に一度シャワーを浴びて済ませる程度。


不便は相変わらずです。


とりわけ風呂を入れた時の危険性は一気に増した気がします。


昨晩はどういうわけか夜中に
室内での床の電磁気が強くなり、寝ていて慌てて起きて
騒ぎ立てるという状況でもありました。


私がただでさえ過敏になっていることもありますが
それ以上に電磁気が強いのだと思います。

電磁気を利用した音声送信の語りかけの

嘘には頻繁に踊らされますし

あちこちに迷惑をかけている気配もあります。



一番困っているのは、近所の家から飛んでくるらしい

音に反応する電磁気です。


声を出すとそれに反応してそちらへと電磁気を飛ばす装置を

使っているらしく、それを打ち込まれます。


しかも一旦頭に投げ縄のように絡まると

しばらく離れることなく、そこに電磁気の影響を与えてくるという代物です。


これがとても危険で私に更なる危険をもたらせています。




2011年11月09日 12時22分09秒
テーマ:ブログ



過去記事のミックス状態が続いていますが

未読の方は是非とも読んでください。


地道な理解が私達を進化へと導く。


それが敷いては社会への小さな奉仕と繋がると思います。


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今日は朝から創価学会洗脳を実行されているようです。


目的は能天気にしておいて

自分が被害を受けていることを認識せず

それを改善と誤解させておいてその状態で

私の口を封じだましうちにする事が目的のようです。

昨日の夜中は驚きました。
昨日真下の部屋に入り込んだ、近所の人間が


下の部屋の天井に設置している電磁気が発生する装置を夜中につけた様で、
それに対して外部から電磁気を打ち込んでくる人間がいたようです。


この人間達はそれをレールガンと読んでいます。


そのために私たち夫婦の周辺には強い磁場が発生し
床からの電磁気で背中が波打っていましたし
その箇所での電磁気回転が私や妻に良くない影響を与えていました。


夜間に起きると妻と私の布団の下が
凄まじい電磁気の振動をしていて


妻は脳の塩基が干上がるような効果を
意図的に誘導されていたようですし(電解質が抜けてなくなる)


私の方は死に引きと言われる
燕下障害を起こすようなそんな効果をもたらされました。
(水分蒸発、電解質消失)


近所の創価学会信者私達二人をまとめて
殺そうとしたのだ
と語りかけの人間は教えてくれました。


その人間は近所に住んでいる斎藤という人間で
元自衛官の家の様で、そのためか自衛隊のヘリコプターが頻繁に
この人間の電磁気攻撃の時にはやってくるのです。


OBや権力者として要請ができるのでしょう。


どうやら、私の脳機能を改善するためと言っては嘘をついては
ヘリコプターが飛んできて放出している電磁気を
悪い効果に利用しているようです。


自衛隊の一部の人間が心無い人間に騙されて
利用されていると認識しました。


加害行為を実行しているのは実はこの家だけではなく


高橋、柳川といった家も

一応先日はっきりと確認できたのはこの家ということで
それを報告しておきます。


私たち夫婦は創価学会に磁気洗脳されて

それで誘導されながら互いに悪影響をもたらすような

誘導まで実行されて居るのです。



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【人間の能力はすべて平等】


大ビルディングの建設を
私が意味していることの例としてあげましょう。


このビルが新しい型の建設なら特によい例になります。


まず完成した建築物が意識によって人間の
心のスクリーン上に描かれます。


そしてひとたび心がその絵を見るならば、
その建築物のデザインを保持するために、


印象類図示した青写真が作られます。


家の設計図を描くときと同様に、これは原因に対する最初の結果です。


そこで青写真は建設物を具体化せしめるために
有能な責任者の手にまわされます。


するとこの人は建築に必要な職人や資材を調達します。


彼が雇う、最初の職人達はいわば最低の技能者です。


なぜなら、彼らは建物の基礎を生めるためのミゾ堀り
人夫であるからです。


しかしこの人達がいないことには建物は建ちません。


次に建物を完成させるために多くの技術者が
使用されます。


その入り口の内壁に描かれる壁画は歴史的な事象を
表現した美しい絵画で、これが最後の仕上げです。


このために最高の芸術家が使用されます。


しかしこの芸術家でさえも、使用する絵具の顔料が、
必要な各種の精製過程を通じて労働者により処理されなかったならば


本人の全能力をもってしても要求される作品を
作り出すことはできません。


このことは彼が用いる必要のある筆、
その他の道具類についても言えます。


しかもこうした道具がなければ才能は
価値のないものとなってしまうでしょう。


ここにおいて最低の能力は最高の能力と等しいことがわかるでしょう。


このことからあなたは「ひとしい」と言う言葉が実際には何を意味するか
知らねばなりません。


それはその言葉の一般的な定義とは遥かに異なります。


これをはっきりさせるために別な例を挙げましょう。


ソロモン王の神殿が完成したとき、その工事で最も
功労のあった者を儀式で表彰し、
玉座の隣席にすわらされると表明しました。


すると一人の鍛冶工が仕事着のままで入ってきました。


鍛冶工場から来たために焼けたエプロンと汚い手を見せていました。


しかも彼は自分から進んで王の隣席に座ったのです。


これは一座に動揺を起こし主席者の間には
不満の声が上がりました。


王は鍛冶工の方を向いて、いかなる権利によって
自分でそこへすわるのかとたずねました。


すると鍛冶工は立ち上がって他の技術者一同に
次のような問いを発しました。


「あなた方のコテやコンパスは誰が作ったのか?」

「それは君だ」


と皆は答えました。


すると鍛冶工は続けました。


「そんな道具がなくてあなた方はこの神殿を作ることができただろうか?」


皆の答えは「ノー」です。


「だったら名誉は私のものだ」


と鍛冶工はいいました。


この平等さは金星や土星で実践されています。
人間のもつあらゆる能力は創造主から創造物に与えられた聖なる
贈り物として尊重されているからです。


そしてそれはあらゆる努力の分野


スポーツ、芸術などの各分野に現れています。
地球人が示している競争意識などはありません。


むしろ神の目的の遂行にたいして個人の能力のより
すぐれた表現の特性を求める気持ちや
欲求を持っています。


仕事の達成に対して名誉を求めるのはエゴ(自我)の心に
ほかなりません。


ここまでです。
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私の過去記事である”宇宙の法則”の10番目の記事で
宇宙の法則に関連して労働に触れました。


私達はこの地球では職業によって
その権力や社会的地位が決められがちです。


それが地球の慣習によるものであることは間違いありませんし
近年では金持ちや実業家を崇拝するような風潮すら
私達は無自覚の内に身に付けていると思います。


金持ちや実業家はこの社会の中で成功した人間であり
その結果として見えている姿が立派だからです。


立派な家に住んでいて、
高級と言われる自動車に乗っていて
高い背広でも纏っているその姿を見て


そしてその人間達に皆が頭を下げているのを見て
その他の皆もそんな人間を高く評価しているわけです。


これを原因と結果で分析すれば


私達が見て評価しているのは勿論”結果”です。


具体的に見えているその高級スーツに纏われた姿を、
そしてその人間が得ている社会的地位を、
私達は”心”(個人的真理・価値観)を利用しては崇拝しているわけです。


彼らがその結果にたどり着くまでの過程を
私達は通常は知りません。


もしかしたら人並みならぬ努力を続けた結果、
そんな立場まで上り詰めた素晴らしい人間なのかもしれませんし


もしかしたら悪どく儲けてその地位を手にした
とんでもない人間かもしれません。


そして今現在その人間がどんな意識を持っているのかを
私たちは見ることができないのです。


しかし私達の社会では評価の対象は結果としての
今の地位でありその権力なのです。


見た目と、表面上の言動であり
内面や本音は読み取ることができないからです。


本当であればそれ自体が正しくはないと思うのですが
少なからず私達の社会は人間に対して
そのような物の見方をします。


更にこの社会では、権力を持った人間は
得てして自分を過信する傾向もあります。


周辺の人間にちやほやされる事で、すっかり天狗になってしまうのか
元々がそんな資質があった人間なのかはわかりませんが


自分の社会的地位を自分で測定しては
上の人間への態度と下の人間への態度を使い分ける
そんな人間だって大勢存在していると思います。


ブラザーズの社会は皆が平等です。


偉いとか偉くないと言う認識の仕方はしませんし
一目置かれるのは精神的進化の著しいマスターぐらいのようです。


しかしこの地球社会ではそれが通用するのです。


社会的地位のある人間は時には横暴が許されます。


私達はそんな社会を当たり前であると考えていますし
それをそのまま受け取ってもいます。


勿論、中にはどんなに偉くなっても
誰に対しても平等に接してくれるような
精神も素晴らしい人間もいます。


ヨハネス23世は一般市民に対しても、牢獄にいる囚人に対しても
側近の人間に対するのと同様に交流していた人格者だったそうです。


結局は偉くなって威張るのも、偉くなろうが謙虚なのも
その人間の心次第と言えそうです。


ブラザーズの社会では職業や社会的地位に対する意識が
まったく異なります。


仕事に関しても社会的地位に関しても
彼らの社会は基本的に皆が平等だからです。


勿論私達の言う”長幼の序”のようなものは存在しているようです。


と言っても勿論それにかまけて
年配の人間が年下の人間に
偉そうな態度をとるわけでもありません。


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彼らは、それぞれが就業する仕事は
社会を維持するために必要な行為であると理解しているようです。


彼らは労働によって賃金の支払いを受けるわけではありません。


彼らの社会は全員で必要なものを作り上げ
全員に配給し、全体を維持する社会でもあります。


一見共産主義社会のように見えますが
そんなものではありません。


一言で言えばこの地球こそが異常なのです。


彼らには余計に物を欲しがる様な習慣もありませんし
財産を溜め込む習慣もありません。


必要最低限のものはしっかり与えられるからであり
幼少からそのように教育されているからでもあります。


イエスキリストが触れていたように
彼らは天の国に財宝を積み上げる事を常としています。


その行為が精神を進化させることを
彼らは知っているからです。


そして元々貨幣制度などありませんから
彼らの労働は対価の見返りを求めるものではありません。


その行為は完全なる奉仕なのです。


自分達が社会から生きていくために必要な全ての糧を得るのですから
その社会に対して貢献する事が
結果的に彼らに糧を与えている事を深く理解しているわけです。


地球のように、生きていくために働くと言うわけでもなければ
沢山のお金が欲しいから働くわけでもなく


彼らにとっては労働は人生の経験を積む中に於いての
神に対しての奉仕でもあるようです。


一日二時間、週にすると二日が彼らの労働時間であると
以前も触れました。


そしてその行動が、
神の意思を実現している彼らの社会を維持するために
奉仕として行われるわけですから、


仕事場でも職業同士の間にも
優劣関係なるものは一切存在しないわけです。


仕事を神の法則の実現の一環として捉えれば
その行為は間違いなく奉仕ですから
奉仕をする時の個々の立場は当然神の前に平等でもあります。


そして更に彼らのこれらの労働の価値観には
地球でも学ぶべき意識があると思います。


全ての労働は皆
同じように尊敬されなければならないと言う意識です。


その行為が無ければ全体は維持できない、
そしてその仕事を結局は誰かがやらねばならない
その事をも彼らは理解していると思います。


このソロモンの例え話は
私の記事の”宇宙の法則”で引用した
マスターの話の中で触れられていたものです。


ここでの引用にありますように、
自分がその場に呼ばれなかった事に関する不満だったのか、
それとも例え話として大げさに伝えられたものかは判りませんが


ソロモン神殿が出来上がった時に
その一番の功労者は誰であろうかと皆が検討した時に


直接ソロモンの神殿を作り上げた人間達ではなく
縁の下の力持ちとも言える立場の人間が
自分こそが貢献者であるとその立場を主張したと言う内容です。


建設業界でも医療業界でもそうでしょうが
全ての仕事には縁の下の力持ちと言われる存在がいると思います。


何かの仕事をする時にそこで利用されるものは、
やはり誰かの手によって既に作り上げられているものです。


仕事でパソコンを使用している人間にとっては
そのパソコンを作ってくれた人間は影の功労者ですし


最先端の科学技術を開発している人間にとっても
その技術は過去の技術の積み重ねの延長にあります。


文明の進化した社会では、何かを最初から最後までの全てを
一人で成し遂げると言うことは殆どありえないはずです。


金星や土星の住人はその事をよく理解しているそうです。


そして彼らにしてみれば神の祝福する社会を維持すると言う想いに対して
奉仕するのが労働でもありますから


それに関わって来る人間達は
皆が同等の貢献者でもあるのだと思います。


彼らの居住地を作り上げてくれる人間がいなければ
彼らの食料を供給してくれる人間がいなければ


洋服を作ってくれる人間がいなければ
彼らの社会は成り立たないことを彼らは理解しているのです。


誰もに必要なものがまんべんなく手に入ることが大切だ。。


そんな私達の社会では理解できない意識を、
彼らはしっかりと理解しているのです。


仕事毎に神からの祝福に差があるわけでもありませんし
どの仕事をする人間が居なくなっても社会は成り立たない。。


本当は私達の社会における各職業も同様なのですが
私達はそのように考える事が出来ない様です。


一方ブラザーズはその事をしっかりと認識しているから
彼らの社会には職業による上下関係も
権力の差も存在していないのです。


そんな社会ですから
一般庶民や、生活の苦しい人間であればあるほど
彼らの社会は天国に見えると思います。


しかし、少なくとも彼らの社会に存在していない職業の人間達が
一番崇拝されているこの社会では
その再現をすることは不可能なようです。

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宇宙の法則の記事の繰り返しになりますが
触れておきたいことがあります。


私達の社会には貨幣が存在しています。


そして地球独自の価値観とは言え、
職業や仕事に関してはその職務毎に報酬が与えられます。


この社会では社会的地位の高い人間ほどその見返りも強いようで、
権力と報酬は比例する傾向にもあります。


ただ、考えてみれば仕事の見返りはしっかりと
報酬と言う形で支払いを受けていますし、


それが仕事の内容ごとに異なるのですから
地球の価値観による仕事に対しての十分な対価は
受け取っていることにもなります。


その上に他の人々に崇拝されたり
社会的名誉を貰えるというのは報酬の二度受けともいえます。


労働や職能に対する十分な見返りは受けているのですから
本来であればそれで本人は報われている事になるはずだからです。


しかし地球の価値観は違います。
その上に社会的地位まで伴ってきます。


そんな私達の意識の背景にあるのは
もしかしたらおこぼれが欲しいとか


何かの時にその権力を貸して欲しいと言う
意識の現われかもしれません。


しかしブラザーズの意識、宇宙の法則に照らした意識では


無償で頑張っている人間
(被災地のボランティアのような)人間ほど
尊敬されるに値することになると思います。


彼らは勿論宇宙の法則など知りませんし
全くの無償で純粋に他人のための奉仕をしている人間達だからです。


そして現に対価などの見返りはありません。


しかし確実に他人のためになることをしているからです。


彼らは天の国に富を貯める行為をしているのです。


そしてもしかしたら彼ら本人にとっての報酬は
他人が喜ぶ顔なのかもしれません。


本来ならば、そんな意識こそ尊く尊敬されるべきものだと思います。


しかし現実社会はといえば、
報酬も高い技能を持っているような人間こそが
社会的地位も持っていてその上で、尊敬の対象にもなるのです。


その殆どが社会貢献とは縁の遠い
自己の利益を図ってきた結果に得た地位であってもです。


もしも今のままの精神と心のままで金星社会で
暮らすことがあるとしたら


一番不満を感じるであろう人間達は
この地球社会で奉られているような人間達だと思います。


彼ら金星の住人はそんな人間達を特別扱いしてはくれないからです。


彼らは全ての人間を崇拝してはくれますが
決して権力者だからと言って特別扱いはしてはくれません。


そして宇宙の法則に一番馴染みにくい人間は
「自分は他人と違って偉い人間である」


と思い込んでいるようなそんな人間達だと思います。。


ブラザーズ社会であれば一番皆に崇拝されているのは
一番精神の進化した人間であるマスター達のようです。


惑星の代表として立てられるのも
そのような精神の高い人間のようですし


心を使用しては上辺を見つめ、それを崇拝するこの社会と異なり
精神を大切にしている社会ですから
当然精神性に価値を置くことになりますし


彼らにとって一番尊敬できる人間は
精神性の高いマスターとなる。。。


当たり前のことだと思いますが
地球の法則に従っている人間には
理解しがたいかもしれませんね。


そしてマスターは教祖でもありません。


宇宙の真理を誰よりも深く理解して実践している人間なのです。


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彼らの社会の仕組みを理解すれば
私達の社会が今後進んでいくべき道も理解できるかと思います。


例えば私達の社会では人は自分と家族のためにこそ働きます。


そして其の働きに応じてお金を与えられる事にもなり
更には其のお金を自分自身のために使用します。


でも本当であれば、
この資源配分を効率的に実行するためにも利用できるこのお金というものを
ある所から無い所へと分担するようなそんな意識も大切なのです。


イエスキリストも、お釈迦様も、十分に持っている人間は
持たない人間に分け与えなさいと語っていました。


そして困っている人間には手を差し伸べなさいと
”旅人”という具体的な例えで説明をしてくれていました。


その精神こそが、
誰もが平等であるべきと考えている人間達の思考であり、
それはそのまま神の意志でもあります。


万人の平等と幸せを望む神の意志こそが
私達の真理であり私達は先人たちから
其の事こそを学ぶべきなのだと思います。


ここで、先日の繰り返しになりますが
天使達の社会の”仕事”について考えて見ます。


彼らは先ずは全体を意識して、其の中の構成員に必要な家や
道具、家財、食料を宇宙船などをまず認識し
それを製造する事を意識するようです。


この社会との違いはお金になる作業が仕事とされるのではなくて
其の社会の人間にとって必要な物を生み出す行為が仕事とされている事です。


と言う事は、福祉やボランティアと私達が呼んでいるような要素は
十分に考慮され率先して実践されている事にもなるはずです。


そして社会にとって必要とされるありとあらゆる物を
全員の分を意識して、それを社会を構成する全員で作り上げるわけです。


人々は各自の得意な分野において奉仕という形で作業に取り組み、
必要な物資を作り上げます。


そしてそれを必要とする人間に必要なだけ分け与える
そんなシステムを作り上げていると言う事です。


誰もが自分のために働くのではなくて
社会全体のためにこそ働くのです。


それは仕事と言うよりは社会全体に対しての奉仕です。


彼らの惑星に住む人間達は皆家族同様で
其の全員のために奉仕をして同時に自分も必要なものを
皆から分け与えられるという事になります。


宇宙の法則の下では、自らの奉仕はめぐりめぐって自分に対して
跳ね返ってくるという事になるようですが、
彼らはそれを、生産活動という日常生活の中でも実践している事になります。


この事は、自らが全体に対して奉仕して
一方では社会から奉仕されるという関係だと理解出来ます。


つまり彼らの日々の労働は、誰もが自分のために為しているのではなくて
彼らは社会全体のためにこそ奉仕を続けている事になります。


しかも彼らはそれぞれの仕事は結局は誰かがやらねば
ならない事を理解しています。


それがどんな仕事であっても彼らはそれを必要だからこそ
分担して実行しているからです。


そして彼らはそれぞれの仕事をしている人間を
仕事の違いで差別する事もありませんし
全ての職業は同様に尊敬される事になります。


”生命の科学”に出てくる”ソロモン神殿”の話は
其の事を象徴したものと理解できます。


仕事と言う側面を捉えれば、
地球社会でも同じ事が言えるはずです。


どんな職業であっても
その全ては他の人間の仕事の上に成り立っています。


他の職業が存在していてそれが奉仕しているからこそ
他の職業も成り立っていると言う事です。


例えばどんなに高い地位の人間達が集って
重要な会議をしたからといって
彼らは其の会議開催を可能とした人間達に感謝しなければなりません。


其の人間達の社会的立場や仕事の全ては他の多くの人間達の
仕事によって支えられています。


部下がいるからこその上司であると言う事です。


更には会議の資料を作るのに使ったコピー機は
一体誰が作り上げたものなのか?


其のコピー機に使用した紙を作ったのは一体誰なのか?
そして会議用の椅子や机を作った人間は一体誰なのか?


更に言えば会議を行っている其の建物を
建設したのは誰なのか?


そして彼らに地位を与えているのは
多くの人間がその下に遣えているからに他なりません。


例えば医師だって、薬や器具を作る人間がいなければ
医療は実現できません。


どんな高度な職業であっても
其れを影で支えている大勢の人間達がいるのだということです。


そのように突き詰めれば
誰もが他人の仕事とは無関係ではありえません。


そして誰もが他の人間の奉仕の恩恵を受けている事にもなります。


ただ、私達の社会では大きな勘違いが私達の意識を
変貌する原因になっています。


お金に関しても私達に物資の流通のためや、
元素の効率利用を理解させるためにこそ使用すべきなのに、


気がつくと、必要以上の元素を蓄える代わりに
それを将来的に手に入れるために、
お金を独占しようとする意志を持つようにもなっています。


先日触れたようにお金が富の貯蔵手段となっているという事です。


本来役割の分担である職業なのに
そこでは地位や名誉を作り上げ人間に上下関係を作りだしてもいます。


其の事を正しく認識すれば、
私達の社会の人間の誰もが他人の仕事の上に暮らしていると言う事、


更には仕事にしても他人の仕事があるからこそ
自分の仕事が成り立っているという事に気がつくべきです。


私達は”能力”という言葉を使用します。


しかしそれは一つの尺度で測る事の出来るものではありません。


大昔、力こそが権力であった頃には
腕力こそが力とされたかと思いますし、


現代社会であれば学校の勉強が出来る事や
試験といわれるものに合格する事が重視されています。


しかし能力と言われるものは他にもあります。


スポーツ選手は運動神経を能力としてますし
役者は演技力を評価されます。


ミュージシャンは作曲作詞能力
そして芸術家は作品を作り上げる能力です。


ルネッサンスの様な芸術に力の入った時代であれば
恐らくは美的感覚や創造力こそが大切な能力とされたことでしょう。


私達の社会は人間の能力を一つのものさしで測ろうとする傾向がありますが、
実際に私達に与えられている能力は一つではないということです。


つまり人間の能力は千差万別であり
彼らの社会ではその事を理解していて
それぞれが得意な分野で社会に対しての奉仕を行っているのです。


羨ましい事に彼らの就業時間は
一日2時間程度で週にすると地球社会の二日分の労働という事でした。


科学力の発展が機械による効率化を齎してもいるために
彼らは日々労働だけにとらわれる事もありません。


それ以外の時間をあらゆる学習や趣味のために費やし
しかも一年うちの数ヶ月は宇宙旅行をして暮らすそうです。


勿論全ては経験と学習のためです。


しかも彼らは独自に自らの好む娯楽をも楽しんでいます。


明日を生きるためだけに今日を生きているのではなく
かと言って真面目一環に勉強だけをしているのでもなく


きちんとリラックスまでしているからこそ
彼らは高い精神性を保つ事が出来るのだと思います。


彼らの社会の全ての奉仕は喜びと楽しみの中に行われるそうですし
私達が失ってしまっている物を彼らは常に感じ続けながら生きている。


恐らくは彼らは自分達が生きている目的を
正しく理解しているからこそ、そのような生き方が出来るのだと思います。


しかし私達の社会の人間は
私達が生きている真の目的すら理解してはいません。


その結果、私達は時には家を建てた事によるローンのために
時には自らの娯楽やエゴのためだけに一生を費やす事にもなります。


アダムスキーの言葉で言えば元素の主人となるべき人間が
元素に仕えていると表現する事もできます。


父の命令を受けてあらゆる元素の管理者である事を求められている人間が
其の元素によって作り上げられた物質に支配されているわけです。


それと比較すると、彼らには神の意識に従うという大前提があり、
それを実践する事で
私達にしてみれば羨ましい社会を作り上げているのです。


私達が頭に思い浮かぶあらゆるものはこの社会に存在するという話でしたが、
私達が理想とする社会は私達地球のすぐそばに存在している。。


そして私達は其の社会こそを天国と呼ぶべきです。


彼らの社会は創造主の意識に沿って生きている社会であり
言ってみれば三次元の因となっている四次元空間の
”神の意識”に沿って生きている社会です。


言ってみれば因の国と言う事になります。


アダムスキーが語っていたのは
其の事なのだと理解して頂ければと思います。


そしてその気になれば私達も
天国に暮らすことが可能である。


この社会を天国にする事だってできるのです


私達なら其の事が理解できるはずです。


【生命の講座】


彼らの社会の仕組みを理解すれば
私達の社会が今後進んでいくべき道も理解できるかと思います。


例えば私達の社会では人は自分と家族のためにこそ働きます。


そして其の働きに応じてお金を与えられる事にもなり
更には其のお金を自分自身のために使用します。


でも本当であれば、
この資源配分を効率的に実行するためにも利用できるこのお金というものを
ある所から無い所へと分担するようなそんな意識も大切なのです。


イエスキリストも、お釈迦様も、十分に持っている人間は
持たない人間に分け与えなさいと語っていました。


そして困っている人間には手を差し伸べなさいと
”旅人”という具体的な例えで説明をしてくれていました。


その精神こそが、
誰もが平等であるべきと考えている人間達の思考であり、
それはそのまま神の意志でもあります。


万人の平等と幸せを望む神の意志こそが
私達の真理であり私達は先人たちから
其の事こそを学ぶべきなのだと思います。


ここで、先日の繰り返しになりますが
天使達の社会の”仕事”について考えて見ます。


彼らは先ずは全体を意識して、其の中の構成員に必要な家や
道具、家財、食料を宇宙船などをまず認識し
それを製造する事を意識するようです。


この社会との違いはお金になる作業が仕事とされるのではなくて
其の社会の人間にとって必要な物を生み出す行為が仕事とされている事です。


と言う事は、福祉やボランティアと私達が呼んでいるような要素は
十分に考慮され率先して実践されている事にもなるはずです。


そして社会にとって必要とされるありとあらゆる物を
全員の分を意識して、それを社会を構成する全員で作り上げるわけです。


人々は各自の得意な分野において奉仕という形で作業に取り組み、
必要な物資を作り上げます。


そしてそれを必要とする人間に必要なだけ分け与える
そんなシステムを作り上げていると言う事です。


誰もが自分のために働くのではなくて
社会全体のためにこそ働くのです。


それは仕事と言うよりは社会全体に対しての奉仕です。


彼らの惑星に住む人間達は皆家族同様で
其の全員のために奉仕をして同時に自分も必要なものを
皆から分け与えられるという事になります。


宇宙の法則の下では、自らの奉仕はめぐりめぐって自分に対して
跳ね返ってくるという事になるようですが、
彼らはそれを、生産活動という日常生活の中でも実践している事になります。


この事は、自らが全体に対して奉仕して
一方では社会から奉仕されるという関係だと理解出来ます。


つまり彼らの日々の労働は、誰もが自分のために為しているのではなくて
彼らは社会全体のためにこそ奉仕を続けている事になります。


しかも彼らはそれぞれの仕事は結局は誰かがやらねば
ならない事を理解しています。


それがどんな仕事であっても彼らはそれを必要だからこそ
分担して実行しているからです。


そして彼らはそれぞれの仕事をしている人間を
仕事の違いで差別する事もありませんし
全ての職業は同様に尊敬される事になります。


”生命の科学”に出てくる”ソロモン神殿”の話は
其の事を象徴したものと理解できます。


仕事と言う側面を捉えれば、
地球社会でも同じ事が言えるはずです。


どんな職業であっても
その全ては他の人間の仕事の上に成り立っています。


他の職業が存在していてそれが奉仕しているからこそ
他の職業も成り立っていると言う事です。


例えばどんなに高い地位の人間達が集って
重要な会議をしたからといって
彼らは其の会議開催を可能とした人間達に感謝しなければなりません。


其の人間達の社会的立場や仕事の全ては他の多くの人間達の
仕事によって支えられています。


部下がいるからこその上司であると言う事です。


更には会議の資料を作るのに使ったコピー機は
一体誰が作り上げたものなのか?


其のコピー機に使用した紙を作ったのは一体誰なのか?
そして会議用の椅子や机を作った人間は一体誰なのか?


更に言えば会議を行っている其の建物を
建設したのは誰なのか?


そして彼らに地位を与えているのは
多くの人間がその下に遣えているからに他なりません。


例えば医師だって、薬や器具を作る人間がいなければ
医療は実現できません。


どんな高度な職業であっても
其れを影で支えている大勢の人間達がいるのだということです。


そのように突き詰めれば
誰もが他人の仕事とは無関係ではありえません。


そして誰もが他の人間の奉仕の恩恵を受けている事にもなります。


ただ、私達の社会では大きな勘違いが私達の意識を
変貌する原因になっています。


お金に関しても私達に物資の流通のためや、
元素の効率利用を理解させるためにこそ使用すべきなのに、


気がつくと、必要以上の元素を蓄える代わりに
それを将来的に手に入れるために、
お金を独占しようとする意志を持つようにもなっています。


先日触れたようにお金が富の貯蔵手段となっているという事です。


本来役割の分担である職業なのに
そこでは地位や名誉を作り上げ人間に上下関係を作りだしてもいます。


其の事を正しく認識すれば、
私達の社会の人間の誰もが他人の仕事の上に暮らしていると言う事、


更には仕事にしても他人の仕事があるからこそ
自分の仕事が成り立っているという事に気がつくべきです。


私達は”能力”という言葉を使用します。


しかしそれは一つの尺度で測る事の出来るものではありません。


大昔、力こそが権力であった頃には
腕力こそが力とされたかと思いますし、


現代社会であれば学校の勉強が出来る事や
試験といわれるものに合格する事が重視されています。


しかし能力と言われるものは他にもあります。


スポーツ選手は運動神経を能力としてますし
役者は演技力を評価されます。


ミュージシャンは作曲作詞能力
そして芸術家は作品を作り上げる能力です。


ルネッサンスの様な芸術に力の入った時代であれば
恐らくは美的感覚や創造力こそが大切な能力とされたことでしょう。


私達の社会は人間の能力を一つのものさしで測ろうとする傾向がありますが、
実際に私達に与えられている能力は一つではないということです。


つまり人間の能力は千差万別であり
彼らの社会ではその事を理解していて
それぞれが得意な分野で社会に対しての奉仕を行っているのです。


羨ましい事に彼らの就業時間は
一日2時間程度で週にすると地球社会の二日分の労働という事でした。


科学力の発展が機械による効率化を齎してもいるために
彼らは日々労働だけにとらわれる事もありません。


それ以外の時間をあらゆる学習や趣味のために費やし
しかも一年うちの数ヶ月は宇宙旅行をして暮らすそうです。


勿論全ては経験と学習のためです。


しかも彼らは独自に自らの好む娯楽をも楽しんでいます。


明日を生きるためだけに今日を生きているのではなく
かと言って真面目一環に勉強だけをしているのでもなく


きちんとリラックスまでしているからこそ
彼らは高い精神性を保つ事が出来るのだと思います。


彼らの社会の全ての奉仕は喜びと楽しみの中に行われるそうですし
私達が失ってしまっている物を彼らは常に感じ続けながら生きている。


恐らくは彼らは自分達が生きている目的を
正しく理解しているからこそ、そのような生き方が出来るのだと思います。


しかし私達の社会の人間は
私達が生きている真の目的すら理解してはいません。


その結果、私達は時には家を建てた事によるローンのために
時には自らの娯楽やエゴのためだけに一生を費やす事にもなります。


アダムスキーの言葉で言えば元素の主人となるべき人間が
元素に仕えていると表現する事もできます。


父の命令を受けてあらゆる元素の管理者である事を求められている人間が
其の元素によって作り上げられた物質に支配されているわけです。


それと比較すると、彼らには神の意識に従うという大前提があり、
それを実践する事で
私達にしてみれば羨ましい社会を作り上げているのです。


私達が頭に思い浮かぶあらゆるものはこの社会に存在するという話でしたが、
私達が理想とする社会は私達地球のすぐそばに存在している。。


そして私達は其の社会こそを天国と呼ぶべきです。


彼らの社会は創造主の意識に沿って生きている社会であり
言ってみれば三次元の因となっている四次元空間の
”神の意識”に沿って生きている社会です。


言ってみれば因の国と言う事になります。


アダムスキーが語っていたのは
其の事なのだと理解して頂ければと思います。


そしてその気になれば私達も
天国に暮らすことが可能である。


この社会を天国にする事だってできるのです


私達なら其の事が理解できるはずです。


是非とも私の兄弟姉妹だけでも
そんな意識だけは持ち続けて頂きたいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】


追加コメント


朝から晩まで近所の人間とアパート内部の人間から

電磁気洗脳を受けまくっています。


電磁気の脳への影響は脳機能の低下と

それから様々な意識誘導という形で現れています。

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アダムスキーの生命の科学第二講義の続きです。


例によって21世紀生命の科学より引用します。


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どうすれば各感覚器官を訓練できるでしょう?


視覚は意識の一結果であるのですがもろもろの結果(現象)に
自身をゆだねているその視覚なるものは、


自分の見る現象の背後にある原因をめったに探求しようとはしません。


しかしこれまでにあなたが第一講を充分に学び取っていれば
当然、各形態物が創造された目的を知ろうと言う願望が起こるはずです。


そしてこれらは、第二の視覚、すなわち意識と言う視覚でもって
結果(現象)が眺められるとするときに心へ洩らされます。


教室にいる子供が良い例です。


優れた生徒は授業時間中に自分の意見を持たないで
教師の指導に従います。


あとで本人はその授業の内容が正しいか
生活のどの部分に当てはまるかを知るために
与えられた知識を調べます。


ところが別の生徒の中には教師が何を話そうとしているのかと推測し
話の内容を先に考えるので、要点を見落として明確な知識を持たなくなります。


最初の生徒は教師の教えから利益を得ますが、後の生徒は得ません。


注意深い生徒の場合は聞こうとして心を謙虚にしたのですが
後の生徒は勇み足となり、価値のある要点を失ったわけです。


意識から学ぶためには心は素直な態度で各要点を掴むように
みずからを謙虚にしなければなりません。


というわけは、意識の教えは印象によってのみ伝えられるからです。


物体を観察しようが物音を聞こうが印象は心とは別に与えられます。


意識は心とは異なって習慣に支配されません。


たとえば私が最初に他の惑星から来た人とコンタクトした時
私の心は多くの物事、特に私の習慣的な生活と一致した物事を
知りたがりました。


しかし相手が私の心に印象つけようとした事柄全てを感受するためには
心をコントロールし沈黙の状態を続ける必要がありました。


何が与えられるのだろうと私があれこれ思いをめぐらせたならば
その会見の意義を掴むことは出来なかったでしょう。


その後のコンタクトで私が質問をして良いと言う特権を
与えられたとき私はそれをやりましたが


どの場合も与えられる知識と私の心が衝突しないように
その特権を待たねばなりませんでした。


与えられた多くの知識は当時の私の生活態度に適合しませんでしたが
私は忍耐力をもって知識を与えてくれる相手を信用しました。


最初それはパズルみたいでしたがついに全部が組み合わされると
話の全容が明らかになってきました。


もし私が短気で、知識を与えてくれる相手をさえぎったりすれば
高貴な宝石を失い、
混乱だけを身に付けた事でしょう。


異性人の教師に対して私が子供のようになった時
私は多くの特権を与えられかつて住んでいた世界の代わりに
現在は宇宙の王国に住んでいるのです。


意識は宇宙的な教師です。


私が今までにやってきたようにやらなければ
あなたは結局混乱を持つだけでしょう。


多くの人はなぜ、私がこれまでのほとんどのコンタクトの時に
あれこれと細かい事柄を聞かなかったのかと言います。


しかし私がそうしていたならば
今持っている知識を私は持たなかったでしょう。


「幼児のようにならなければ天国に行くことは出来ない」
とイエスは言っています。


天国とは因の国です。


また聖書には「隠されている物は必ず洩らされる」と述べてあります。


忍耐と信念はこうした報いの基礎です。


短気な人は挫折します。


また聖書には人間は多くの才能を持つと述べてあります。


そこで”無限なる”人間が授けられている才能や
宇宙の計画において各人が果たしている重要な役割を
観察することにしましょう。


今計画においては人間は平等です。

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私達が各感覚器官の好みや心地良さで作り上げられた心は
魂の使用によって成長させる事が出来る。。


成長と言うよりは魂をより意識して使用することにより
心の抑え方と神の意識の感じ方を覚えて、


結果として魂と心が限りなく近い状態へと誘導することが
大切なのだと思います。


私達が物を学ぼうとする時の態度は、
そのまま私達の魂の成長に繋がるようです。


物事を学ぶ時に、もしも私達の心が100%稼動状態であったとします。


私達の心は説明している話の内容を先読みしたり、
その内容を勝手に解釈する事になるかもしれません。


相手が言わんとしている事を
自分の心という偏見だらけのフィルターを通して聞いているのですから
その理解も偏見たっぷりのものになるかもしれません。


その結果、私達は学ぶべき内容を正しく把握する事が
出来ないと思います。


この”心”なる存在は、
私達が各感覚器官で作り上げた価値観を持っています。


そしてその価値観は物事を学ぶ上では
先入観という障害になるのだと思います。


この先入観という物の存在の凄さは
私達が身を持って感じている通りです。


「太陽系には地球以外には人間は存在しない。」


「金星や水星は灼熱地獄で人間はおろか
 生命体すら存在が難しいかも知れない。」


そんな先入観があるがためにアダムスキーと言う講師が告げた


「太陽系には全部で12の惑星があって
その全ての星に私達と同じ人間が住んでいる」


という事実を私達が未だに理解できないでいるのが
良い例だと思います。


アダムスキーが
「金星に行って来た」とか
「UFOに乗った」と言っても


先入観が強い人間はその話を疑問を持って聞く事になります。


勿論その結果、
教師の話を聞いてもそれを正しく理解する事は出来ませんし
学んだ事はあまり身につかない事にもなります。
(そんな話を聞いたな。。。ぐらいの印象になるかもしれません)


そして、私は「霊界は存在しない。伝承されているような天国や地獄は無い」


と触れていますが、


独自の価値観で既にその実態を強く信じ込んでいる人間にしてみれば、
私の主張など正しく理解できる事もなく


当初から「この、嘘つき」と思って私のブログを読めば
そこからは何も得てはくれないと思います。


一方、地球の中での誤った知識を学んでいない
子供のような存在は


アダムスキーが


「金星人の宇宙船に乗って金星に行ってきた」


と言えばそれをそっくりそのまま信じて理解するかもしれません。


それは先入観としての地球独自の誤った知識を持っていなかったからです。


このように、先入観や凝り固まったエゴの価値観が
人の話を理解することの妨げになっている事も判って頂けるかと思います。


そして先入観は先述のように私達の心の持っている意識ですし
それを持った状態で物事を見聞きするという行為は


物事を正しく知るための障害になりうると言うことを
アダムスキーは触れているのだと思います。


子供であれば未だ余計な知識や価値観がないゆえに
普遍的真理を説明されてもそれを素直に理解し
吸収する事が出来るでしょうが、


すでに地球の中で地球の法則に基づく
心の誤った価値観に捕らわれている私達は
それが難しい状況に置かれている訳です。


私達が物事を素直に理解しようとすれば
学んでいる時はまずは先入観を持たずして
一通りの情報を受け入れる事が大切で、


その後に独自にその内容を
自ら検証していけば良いのだと思います。


単純に「全てを信じなさい」という話と似てはいますが
それとは似て非なるものである事は間違いありません。


これは”一旦情報を受け取った後に自ら検証して下さい”
と言っていた私の主張にも繋がります。


宗教などで、「とにかく全てを信じなさい」といわれて
それをそのまま鵜呑みにするのとは異なり


自らが自分の頭で考え検証すると言う作業が大切だという事です。


その時にその知識が正しい物なのかどうなのかを
先入観や信用できない専門家の言葉を鵜呑みにした状態の
物差しで判断するのではなくて


情報を拾いながら自分の頭で考えて判断するのです。


アダムスキーは自然や世界が自分の教師であると
いつも触れていたようです。


その事は自らが考え認識することが大切であると言うことを
私達に教えてくれます。


そして学ぶ時に私達は心を使用するのを止めなければならない。。。


私達は魂を頼りにその話を受け入れて
それを先入観なく受け入れる事で
正しく物事を学べるようになるのだと思います。

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実はアダムスキーの学ぶ態度は
ブラザーズ社会の個々の人間の態度そのもののようです。


彼らはお互い会話をするにも


(通常はテレパシーですが
アダムスキーのために英語で話しているよう時)


その途中で話をさえぎったり、割り込んだり
意見を述べたりする事は一切しないそうです。


彼らもおそらくは黙って人の話を魂を持って素直に受け入れて
その後に自分なりの検証を頭の中で行っているのだと思います。


地球の中での会話や会議で見られるような
相手の話を中断する行為は、


心が騒ぎたて主張している意思を、
今直ぐに伝えたいと言うエゴに基づく物だと思います。


自分の意見や価値観が正しいと信じて疑っていないから
相手の話を最後まで黙って聞くことが出来ないわけで
その間私たちの心は激しく動いています。


(私も自覚している行動でもあります)


それが地球意識と宇宙意識の違いなのかもしれません。


ここでアダムスキーが引用しているイエスキリストの言葉で


「幼児のようにならなければ天国に行くことは出来ない」


とあるのは、二つの意味があるのではないでしょうか。


子供のごとく素直に信じて学ぶ意識が必要であると言う意味と


結果として子供の様に魂の濁っていない状態でなければ
ならないと言う意味だと思います。


私達が宇宙の法則のような普遍的真理を聞いた時に
それを素直に受け入れることが出来ないのは
第一に自分の心の先入観とエゴによるプライドが邪魔になっていると思います。


物事を学ぶと言う時には
自分はその教えを受ける立場に置かれますから
立場は生徒のような物です。


地球の法則では誰もが自分が偉く成る事を推奨され続けていますし
私達は、人よりも自分が偉く見られたいとか
立派だと思われたいと言う意識に捕らわれ続けてもいます。


そして自分の心は高いプライドを持ち
無自覚のうちに自分を立派な人間であると
思い込んでいるかもしれません。


その状態にいる時に物事を学ぼうとしても
自分は生徒であると言う意識が無いのですから
講師から素直に話を受け止める事が出来るわけがないのです。


自分が正しい、自分は立派だ、自分の価値観こそが真理だ。


そんな意識を持っていて宇宙の法則を理解し学ぶ事は出来ません。


つまりその状態では、永遠の転生に入ることは出来ないわけです。


もう一つ、私達の魂はいつの間にか
その感覚が鈍っているのかもしれません。


以前にアダムスキーがコケがついた状態の魂の話をしていましたが
私達は”魂”を長い間殆ど使用していないがために
心とは違ってその存在すら認識出来なくなっているのだと思います。


しかし宇宙的意識に近づくにも宇宙意識を感じるにも
必要な物は魂を感じる行為であり
そのためには私達は心の暴走を抑えなければなりません。


太陽系の人達は生まれたての子供から多くの事を学ぶそうです。


生まれたての子供は心が働いているわけでなくて
おそらくは魂を持って周辺を伺っているのだと思います。


私達とは違って想念を強く受け止める事の出来るブラザーズですから
子供の持っている、丸で垢のついていない魂から
神の意識でも学び取っているのだと思います。


彼らは自分達よりも遥かに年の若い、しかも生まれたてで
人間としても出来立てのほやほやの存在を教師としているのです。


彼らの心にはエゴが少ない事の現われですし
彼らが自分達を立派だとか偉いと感じていない証拠でもあると思います。


このような意識を持っているのは地球であれば子供だけです。


天国に行きたければ子供のような魂で居なさいと
イエスキリストは言いたかったのではないでしょうか。


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ここではアダムスキーが金星の住人と
初めてコンタクトした時の話が取り上げられています。


それとは直接関係はないのですが
この内容からも”想念”と”魂”に関して気がつく事があります。


アダムスキーはスペースブラザーズとの初めてのコンタクトの時に
言葉ではなくて想念でテレパシーを試してみたそうです。


本当はその時の金星の住人は英語が話せたようですが
それを意図的に使用しなかったそうです。


全てはアダムスキーのテレパシー能力を試すためだったと言う話でした。


ここで言うテレパシーは言うまでもなく
”想念”を受け止める事で相手の送ったイメージを感じとると言う行為です。


頭の中で考えたイメージを相手とやり取りすると言うのがその中心です。


この時に重要となるのが想念を送ったり受け止める事になる
私達の魂のようです。


以前”触覚”に関して触れていますが


この触覚をアダムスキーやブラザーズは
ほかの四つの感覚とは別な物として取り上げています。


何度も繰り返しますが
この触覚は単に硬さや温度や痛みなどを感じるだけの機関ではなくて
実は想念を受け止めそれを脳に伝える役割をも果たしているそうです。


そして彼らが触覚を他の器官とはっきり区別しているその理由は
この触覚なる物は私達の魂が外部から受け止める感覚そのものだと言う
事だからのようです。


想像して欲しいのは私達の肉体にそっくりそのまま、
いわゆる幽霊のごとく姿のエネルギーが覆いかぶさっている状態です。


それが私達の魂そのものであると考えてくれれば良いと思います。


このエネルギーは私達の肉体を機能させるエネルギーでもありますし
この魂を通じてのみ私達はあたりに散らばっている目に見えないエネルギーや
想念といわれる物を感じ取ることが出来るわけです。


単にものを掴んで硬さを感じたり
火に触れて熱いと感じるのは


私達の触覚と並行して肉体の痛点、温点等の
細胞が脳に情報を与えるからですが


それだけではなくて肉体の物理的感覚を通すことなく
私達の魂はそのまま外部のエネルギーや想念を無意識に
受け取っているのだと言うことです。


ある場所に行った時に先入観もないのに
その場所が不気味であると感じたり


逆にとても陽気でさわやかに感じたりするのは
視覚から来るイメージだけではなくて


実は私達の魂が無自覚でそのあたりに漂う想念を
受け取っているからのようです。


つまりこの想念を感じる事こそが
テレパシーを開発する練習になるわけです。


それを独自に行っていたのがアダムスキー。


そしてそれを実践していくことを
私もお勧めしています。


ここで魂を取り上げたのは
それが”神の意識”の一部としてのエネルギーであり
それはそのまま”意識”につながる物だからです。


私達が”心”と読んでいるものは
肉体が作り上げた脳に集中する情報による価値観であると仮定すれば
魂は神の意識そのものといえます。


私達が心を使用するのではなくて
魂を使用するべきであるとアダムスキーが触れているのは


魂は神の意識の一部であり宇宙エネルギーに通じる物であるから
それを使用することで意識や行動が神の意識に沿った物になり
結果その行動は宇宙意識に乗っ取っているという事になるからです。


テレパシーを開発する練習をすれば
例えそれで結果があまり出なかったとしても


やっている行為はそのまま宇宙の法則にかなう意識を
作り上げている事になると思います。


深く覚醒し魂の進化を図るためにも
是非練習をしてみて頂きたいです。


話は飛びましたが、アダムスキーはコンタクトの最中にも
魂を開放して一方では心の意識はしっかりと閉ざしていたはずです。


相手の話を聞くためにも必要なその状態が
実はそのまま想念を受けとめるためにも必要な行為だからです。


勿論相手がテレパシーの達人ですから、
開発途上であったアダムスキーでもそのイメージを
受け止める事が出来たと言うこともあるのでしょうが


それ以上にアダムスキーは自分が質問したい事を考えたり、
自分が主張したい事を主張するのを抑えることで、
つまりは心の暴走を抑えることで、


魂を前面に押し出しては想念を感じることを心がけたはずです。


そこで心が何かと疑問を感じたり勝手な感想を持ち続けることになれば
魂はテレパシーとして送り込まれる想念を
正しく受け止めることが出来なくなったと思います。


心が感じる物を抑えて人としての個人的価値観であるエゴを抑えて
魂に意識を集中する事でその受け止めた情報を
しっかりと認識する事が出来たと言う事ではないでしょうか。


そしてここで私達が受けとめるのは
音として聞こえる言葉ではなくて印象です。


テレパシーの練習をしているような方であれば
感じたことがあると思いますが


それは突然、印象として時にはイメージとして
脳裏に浮かびあがります。


自分が意識した映像や印象ではない
まったく無関係の映像や印象としてです。


それが魂の感じた想念のイメージであり
それを受け止めることがテレパシーでもあるようなので


私達が先入観として持っているテレパシーが
実はまったく異なる物であることも理解しておくべきだと思います。


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魂を感じるために先ずは心の暴走を抑えることが大切なわけですが
そのためにはここという物の機能そしてその性質を理解する必要があります。



【心が作り上げる物】


感覚器官を司る私達の心が
如何に心地良さばかりを求めるかという話をします。


私達の心は際限なく心地良さを求めると言う話です。


例えば日々の食事を考えてみてください。


空腹で何も食べるものもない状態でいれば
口に入れられるものは何でも美味しく感じる事を
多くの方々が体験しているかと思います。


私達はお金がなくて何も食べるものがなく空腹を続けている時には
塩むすびを食べてもそれを美味しいと思うはずです。


でも一旦満たされてしまうと私達の意識は豹変します。


私達の心は継続的に満足を受け続けると其の状態に慣れ親しんでしまい
決して其の状況に満足する事は出来なくなるのです。


一時は美味しいと感じた塩むすびでも
そればかりを食べ続けていれば
それに飽きて美味しいと思う事もなくなる事でしょう。


その状態でホカホカ弁当の幕の内弁当でも食べる機会があれば、
色々なおかずが食べられて味のバリエーションに魅力を感じて


今度は多くのおかずの乗っている幕の内弁当を
食べ続けたいと欲する事になるかもしれません。


当然塩むすびを食べて満足をする事が出来なくもなるでしょう。


更に毎日幕の内弁当を食べ続けたとすれば
今度は幕の内弁当にも飽きて、


もしも焼肉やお寿司でもご馳走になる機会があれば
それを美味しいと感動し毎日食べたいと願うようになるかもしれません。


懐石料理や懐石御前でも食べてそれに満足すると、
今度はその高級素材の味が忘れられず
安い食材では満足できなくなるかもしれません。


私達の感覚器官の好きと嫌いは、
心地良さを求める私達の心の欲と結びついては
果てしなく快楽を求め続ける事になるのです。


これは物欲でも似た傾向があります。


自動車に乗るのが大好きな人が
免許を取った時の事を考えてみてください。


その人は免許を取った後には
自動車に乗りたくてたまらないはずです。


レンタカーや人から借りた自動車を乗り回すかもしれません。


しかしそれでは不自由を感じて、今度は自ら中古の自動車
を買って、それに乗る事を願うようになるでしょう。


しかし人の欲は果てしなく続きます。


他人が新車に乗っているのを見る事で
今度は自分も新車を欲しいと願うようになるかもしれません。


スポーツカーに対する憧れを持っている人間であれば
街でポルシェを見かけて、


今度は自分もポルシェやフェラーリに乗りたいと
考えるかもしれません。


私達の心はこのように際限のない欲求を
持ち続ける事になりがちなのです。


そしてそれを抑えるのは私達の理性であり
其の根源はおそらくは魂という事になりそうです。


つまり心が心地良いとする事をばかりをし続けようとすれば
私達はどんどんと心のエゴを増幅することになるので


どこかでそれに歯止めをかけなければならないと言う事になります。


其れができる人間こそが自分の心を理解し
魂の意識を感じる資質が高い人間ではないでしょうか。


私達は誰もが本能と独自の価値観を持って
大量のエゴを心にこびりつけた状態で暮らしています。


ただ、其の事に気がつき、心のメカニズムを理解できた私たちは
そんな状況から脱却する事も出来るはずです。


私達は独自の価値観にばかり従って生きてはいけないと言う事
そして心が心地良いと思うことばかりをし続けていてはいけないと言う事


天使達とはかけ離れた存在であるからこそ
私達にとって真理の実践はとても大変で心にとって不快なものであるという事を
理解して欲しいと思います。


【貴方に無限なる力の祝福がありますように】




今日も朝から電磁気の使い手がアパートの内部
更には外部から危険な電磁気を仕込んできます。


私は朝から執拗に磁気洗脳が強化されているようです。


アパート内部に入り込む人間は
外部の人間と連携しては私に危険な引きを仕込んできますし、


取り分け近所の心無い一部の人間と
内部、アパートの下の部屋や隣の部屋の連携プレイは
語りかけ含めて、いかにも他人を洗脳し


自分達の実態を隠蔽する手法で満ちています。


その多くは創価学会信者と統一教会信者と

その協力者のようです。


自分達が何者であるか、そして誰に頼まれたかを
隠しながら適当なことを語っては私を惑わすのです。


そして室内で宇宙の法則、生命の科学を語ると
一気に脳へと危険な栄養引き、塩基引きを仕掛けてきます。


今日は近所の公園に出かけてきました。


室内に閉じこもっているときは目に見えなくても
自然はすっかり秋を装っていました。


残念ながらどんぐりがなっているところを見つけることはできませんでしたが


銀杏を落としている銀杏や
赤い実で満ちた樹木を眺めてはそこに秋の気配を
感じてきました。


残念なのはこの季節、花の姿があまり目に入らないこと。

しかしながら紅葉し実をつける樹木が
別の意味での趣を感じさせていました。



室内で電磁気洗脳を受け続けている私にとっては

貴重な時間でもありますが、


脳の状態が悪いために長時間外にいられず

結局は、電磁気待ち受ける室内へとすぐに戻る羽目になるのが残念です。


何かと心見出しがちなこの社会において

季節の移り変わりに意識を向けるのも

私達にとっては大事なことだと思います。


心の垢を少しでも落として爽快な気分で過ごしたいものです。

今日は一日暗示を受け続けていました。


何が悔しいかといえば脳機能と思考能力が

正常ではいられないこと、そして意識が朦朧とされて

そのために暗示にかかりやすいことです。


妻はガチャ目引きと言われている

暗示がかかりやすい状況にあるようです。


視神経と脳の中枢に酸で作り上げた糸を巻きつけては

それを強く引いたり電磁気の影響で意識を朦朧とさせ

暗示がかかりやすくする手法です。



夫婦揃ってこの状況を今でもやられつづけている

一体私たち夫婦には平安が訪れる日が来るのでしょうか。


夜になり犯人がわかりました。



同和部落と在日の中の心無い連中がその犯人のようです。


呼んだのは早宮一丁目付近の老人中心の人間だと思います。


引手と言われる連中のやり口を暴き

同和部落と在日中心の心無い連中に抹殺されそうな私を

心ある人間が助けてくれているようです。


死に引きと言われている手法で私を片付けようと、

近所の住人が私に同和部落とか在日と語らせては

その仲間を呼ぶために


引手を呼んでは

私を怒るようにし向けているようです。



隣の部屋には私の妻に半狂乱引きを仕掛けた人間が

入り込んでいるそうで、その連中が私を寝た状態で

栄養不足にして怒らせてきました。



その目的は私が怒ることで正転放射と言われる熱を

外部の家から照射させて熱で干上がらせるためのようです。





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私の部屋に最近起きている異変に
アパートの部屋全体に伸びてくる電磁場の存在があります。


床に関しては以前も触れましたがそれが空中となると
話は別です。


寝室や今の隅にとても電磁気の強い床の箇所があります。


それは、直線上に更にとなりの廊下まで伸びているのですが
その丁度真上に当たる空間にも、実は同様の電磁気の強い箇所が
存在していました。


そこはただの空間であり鉄筋や家電があるわけではありません。


これが問題なのです。 その直線上には冷蔵庫があります。


そして私たちの今の椅子がその少し前にあるのです。


冷蔵庫からの電磁気とその直線上に流れる電磁気をクロスさせると
それだけでもねじ曲がった電磁気となりそれを受けると
色々な弊害があります。


それを意図的に実行されているのですから
その空中電磁場の存在は私にとって良いものとは言えません。


ましてそれはトイレにまで伸びています。


その中で私や妻は頻繁に発狂引きとか
非想引きと言われる電磁気の周波数帯で頭を焼かれているのです。


となればその空間は私や妻に対して弊害をなすために
作り上げられたものと理解すべきではないでしょうか。


その高さと位置からちょうど見える箇所
(電磁気が平行に流れているので)に丁度アパートがあります。


早宮グレース 302号


これがその場所です。


今までは放置していたのですが、最近は電磁気の悪影響が強く
まして妻や私が容易に電磁気洗脳の悪影響を受けることからも
これを放置してはいけないと思うようになりました。


更に追求すると、トイレの反対側であるアパートの裏側には
私に音声送信などを実行しているアパートがありますし


早宮グレースとこのアパートとの間を結んで
電磁気の空中レールを作っているとすれば
全てが納得できます。


おそらくは他にも中継地点があるのではないかと思います。


どうやら私達夫婦の驚異は他にもあったようで
その空中電磁気レールが他からの電磁気を呼び寄せたり
私や妻に危険な効果をもたらす事に一役買っているようです。


これをやっているのもおそらくは
近所に集ってくる危険な人間達だと思いますし
これが私や妻への発狂引きや半狂乱引きと言われる
脳への影響をもたらしているのだとすれば放置しては置けません。






今日は朝から練馬区早宮近所の公安協力者に依頼された

危険な引きを実行する人間が
揃って下の部屋に入り込んでいるようです。



元々が私に恨みを持っているような人間

(被害を訴えられて)が複数組織アパート周辺に集い

語りかけをも実行しているようなのですが


音声送信が多すぎでどれが本当かわかりません。


近所にはNTTの工事車両が止まっていて

私の脳への攻撃に一役買っているようです。

(今度は携帯の危険性も記事にしたいと思います)



既に脳には発狂引きと半狂乱引きを仕込まれました。



朝から音声送信の語りかけの人間を利用しては
私に暗示をかけ、自分達の存在を隠ぺいしながら


(別の人間と思わせる)
私達夫婦に危害を加えるという手法です。


今では洗脳強化された妻は
時には電磁波一つで怒りや苛立ち状態にされることもありますし


あとは私を非想状態にしておけば
すぐにでも夫婦喧嘩さえ引き起こすこともできるような
そんな状況にされています。


妻が出かけると私に対して語りかけだけで
苛立つような誘導を繰り返してもいました。


依頼しているのは、近所の公安協力者の中で
汚い引きを実行している連中で


高橋、亀井,加藤の三件のようです。


そしてこれへの協力者が西山です。


私に先日も記事で批判されたこともあり
自らが危険な引きを柄の良くない連中を使って
実行していることを暴かれた事に腹を立てたようです。


私に危険な引きを実行し、
妻にも洗脳強化を実行しようとしています。


この人間たちの危険性は暗示で自分の置かれている立場を
わからない状況にした上で、意図的に肉体が危険に及ぶような
そんな状況を作り上げてくるというそのやり口です。


音声送信を多用しては
脳機能低下をもたらすための
半狂乱引きを多用します(脳を熱で焼き付ける行為)


極端な事を言えば語りかけと脳の暗示状態を利用して
自ら健康を壊すように仕向け、


悲壮感を持つように仕向け、その上で
「死にたい」と言わせるように仕向けてくるわけです。


それを口にすればあとはそれを口実に
死にやすい状況を作り上げてそれを実行しようとします。


電磁気を使用し、それに有効な成分としての酸を大量に撒き、
その上に周波数帯洗脳を実行してきます。


そして得意なのが死に引きと言われる技術で
脳の塩基や水分を干上がらせる方法です。


脳の電解質がなくなると私たちはイラついたり
思考能力がなくなるようです。


そしてそれが酷くなると意識を失うことになる。


そして半狂乱状態や痴呆症状態にもなります。


その上で水分まで蒸発されると今度は
そのまま脳が干上がって死ぬことにもなります。

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私は以前からアルツハイマー症状は
人為的に引き起こされているのではないかという印象を持っていました。


一つには以前は存在していなかった病であるのに
それが急速に増えていること。


もう一つには不思議なことに若者中年層にも
急増していることがあげられます。


考えられるのは一つには社会環境の変化がそれを
もたらした場合。


この場合冷静に思考して想像できるのは食材が変化しないのであれば
それに対する添加物等の危険性が増したような場合


もしくは、家電増加などから電磁場の影響が
私達にとって良くない影響をもたらしているような場合です。


それが人為的に可能であるということに気がついたために
私は今ではアルツハイマー症の多くが確実に
人為的被害である可能性を感じています。



つまりその原因は長い時間電磁気や電磁波の下に置かれ

脳が熱などの良くない影響を受け続けてきたことです。


私や妻が実行されているその状況を時折冷静に見つめれば、
外部からは正しくその通りに
見えるであろうからです。


脳が水分を極端に減らした状態になり
縮んでしまい思考能力を落とす。


塩基、電解質を失った脳の特定箇所が半ば使用できなくなり
それが原因で記憶力思考能力低下をもたらす。


まさしく、今私や妻が脳に対して実行されているその行為で、
これらの症状は引き起こすことが出来るからです。


つまり電磁気を使用している引手と言われる人間の中に
他人の脳に意図的に介入しそんな症状を
作り上げている人間が居る可能性が高いということです。


私や妻が受けている被害の一つはまさにこれで
電磁気を重ねて強くねじれた照射を脳へと送り込まれることで
水分蒸発や脳の電解質の消失を受け続け


その度に回復できないと地道に痴呆症状態や
健忘症状態を誘導される事になります。


私は一時は脳に十分な水分がなくなり
痴呆症状況が続いたこともあります。


まさにこれこそがアルツハイマー型痴呆症の症状と
全く同じものだと思います。

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私の場合は神経の感覚過敏な事もあり
電磁波でもはっきりと認識してしまいますし


ましてや電磁気では常に身体に電気的刺激を
受け続けていることを実感し続けることにもなります。


そして多くの方々が知らないうちに
こんな状況を延々と継続しては実行されているのではないでしょうか。


私達にとっての一番の危険は
目に見えないものであるという可能性を是非とも知って頂きたいと思います。


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P.S.



私は夜間に目が覚め無ければ死ぬような状況に
頻繁に誘導されているようです。
(その度に塩分や糖分、水分を補給しています)


今日は隣の部屋には私の理解者兄弟姉妹を演じる人間達が
私や妻を狙っているこの連中をサポートしに入り込んできます。


そして今日の今現在はアパートの中は私と妻にとって危険な人間で
満ちているようです。


語りかけと代理引きで雇われる人間は若い人間が多いようですが、
それを実行させようとしている人間の多くは年配者のようです。


何よりも私が語る宇宙の法則が大嫌いなようで
それを語らせないように、仲間や知り合いに理解されないように
誘導もしてきます。


練馬の街中に音声送信で私の悪い評判を立てることも
頻繁にやっています。
(彼らの仲間には聞こえるようです)


そして私を悪者とすることで
私を攻撃しているその状況を正当化しているわけです。


そのために電磁気を使用しているのですが
その中の中心が公安協力者達だという事です。




練馬区早宮の公安協力者の事を記事にしていたら
昨晩から強力なねじ曲がった引きを受け続ける羽目になっています。


要するに水分が蒸発するような引きを繰り返されているのです。


やっているのは亀井と高橋という公安協力者たちで
亀井は本当は在日なのに同和部落と語り


高橋は本当は同和部落なのに在日とかたり
交互に私に語りかけや加害行為を繰り返しながら
他の組織を煽っては苦しめ続けてきたようです。


語りかけの人間を利用しては私が快適に暮らしながら
楽しく生きているように見せかけて、


何かあれば自分達が私を守っているように見せかけて

自分達を美化してもいるようです。


結局は創価学会の公安協力者達が
私を苦しめていたに過ぎないのですが
それを両建でやられていたこと、


更にはこれを脳機能が栄養不足で暗示状態で
やられ続けたために、私はすっかり本当の敵を
見失っていたようです。


夜間も頻繁に外にやってくる自動車や
彼らの協力者が私の部屋の室内に危険な電磁気を
頻繁に送ってくるようで、


おまけに遠隔から電磁気の脳への書き込みで
脳機能を変貌するような事まで実行されています。




実は国内の公安関係者に知っておいて欲しいことがあります。


元々、公安というのは日本国内において
見えない驚異を監視し
潜在的な危険を取り除くことを目的として存在し、


見えない道徳として日本を裏から守ることを
責務としているかと思います。


そして地域ごとにも防犯パトロールや
自治会など多くの協力者が存在し
それが一丸となって日本の秩序を守っているはずです。


しかしこの練馬においてはそれに歪が生じているようです。


ハイテク被害者と言われる人間が多く存在していることは
貴方方もご承知かと思います。


その中には特定組織の人間達に敵対者として狙われて
洗脳を目的としてハイテク兵器のターゲットとなっている方も
少なくありません。


しかし、更にその中には公安の協力者の手によって悪者とされ
管理監視対象とされては、外部から危険な引きの対象となり
時には命まで狙われているような人間が居るのです。


練馬においてはそれが当たり前となっているようです。


そんな対象となっている人間は必ずしも悪人ではなくて、
彼ら公安の協力者にとっての敵であったり
彼らに嫌われたことが原因で標的とされ


その後はハイテクで引き回されて
その上にひどいと死に引きまで実行されている実態があるのですが
それをどう判断なさるでしょうか。


死に引きと言ってもピンとこないかもしれませんが
要するに、脳に仕掛けを作り上げ(水分を蒸発させるための仕掛けです)
あとは電気自動車のアイドリングやエンジンふかしで


発生した電磁気をそこに飛ばし続けるだけで脳の水分と塩基が干上がってしまうという
とんでもない技術です。


これを練馬区の公安協力者は当たり前に実行しています。


つまりは半ば合法的な殺人が実行され続けているのです。


私の近所にもそんな人間がいるようです。


元々私が狙われた理由は、おそらくは
私が世界平和や平等を訴えていること
持っているものは持たない者に与えるなど


共産主義的な思想を持っていると理解されたためかもしれません。


しかし私は人間として間違ったことは語ってはいないつもりです。


そんな私を悪者にするために、音声送信を使用しては
私の人間性を陥れたり、語っている内容を隠したり


更には私を怒りやすい状況に脳の状態を変貌し
それに対して電磁波のねがった引きを入れては怒らせて、


その状態を他人に見せることで悪人扱いさせては、
引きの協力を集うという
とんでもないことを実行している人間がいます。


その人間も公安協力者であるということです。


自らの室内には複数の公安協力者やガラの悪いやつを
おそらくはお金で釣っては連れてきては危険な引きを実行させている。


その上にアパートの下の部屋にまでそんな人間を雇っては
入れて私達夫婦にとって危険な引きを実行し続けている

そんな人間が公安協力者として存在しているのです。


元々の公安の目的が国内の道徳の向上や
社会の安定であれば


危険なのは恣意的な意識で他人を悪者に仕立て上げ
そんな危険な引きを実行している協力者の方だと思います。


私たち夫婦は至って一般の平凡な市民だからです。


しかし彼らは貴方方公安から出る協力費がある為に
お金で他人を動かし私達夫婦を苦しめることもできるわけです。


そして少なからず、この練馬ではそんな事が時々
実行されているようです。


こんな状況を見て公安本部はどう考えるのでしょうか?


右翼でも左翼でもない、そしてテロリストでもない人間が
犯罪者と同様に扱われ、


私の実態が知られそうになると(一般市民だと)今度は
私を洗脳したり脳を改造して怒りやすくしたりしては
他人からの評判を落とそうと努め


その上に反抗すると死に引きをひいては
自分達がまともな一般市民に対して
危険な引きを実行したことを隠蔽しようとする。


こんな人間達を貴方方の組織は協力者として
雇っているのです。


しかも私の住んでいる練馬区早宮1丁目付近の家で
危険な引きを実行している殆どが
公安協力者であるという事です。


危険な公安利権関係者を放置すれば
彼らは独断と偏見で人間淘汰を実行し続けるでしょうし、


公安利権を受け続けるために
地域ごとに悪者を作り上げる風潮にも繋がるでしょうし
(悪者がいないと監視も管理もできませんので
お金にもならないでしょうし予算も分けて貰えないのではないでしょうか)


ただでさえ監視管理が進んでいるこの社会の中では
本当の悪人は少ないので、


このことはそのまま魔女狩り状態を引き起こす原因にも
なりかねないと思います。


私達夫婦などは寝ていても外部に公安協力者や
公安がやってきて電気自動車のアイドリングやエンジン更かしの度に


頭から塩基や水分を干上がらせられ日々の暮らしさえ
脅かされているのです。


それともこんな社会を作り上げることが
あなた方の真の目的なのでしょうか。


是非とも協力者にはもっと知恵と良識のある人間を選択し
一般市民を危険な目に遭わせないように
改善していただきたいと思います。


悪者が減少している世の中なのですから
心ない協力者を減らすことで必要以上の予算を
使わなくてもすみますし


健全な協力者を優遇してあげることで
もっと地域の治安は健全に保たれるかと思います。


そして半ば合法的な殺人となっている
この引きという行為に関しても規制をすることも
大切ではないでしょうか。


一般市民の訴えとして受け止めて
是非とも検討していただければと思います。


公安協力者は今では裏の権力者
恐怖の対象となってさえいるようです。


心ある人間を雇うことで是非とも
健全な日本国家をお作りください。