しばらくブログをお休みしていましたが、改めて書くことにしました。
以前の食べ歩きアップデートの日々、は過去の出来事で、今の自分とは
全く異なっているのですが、これはこれとして残しておこうと思います。
「変化を恐れず」
と、いうタイトルから再スタートですが、生きていて変化を求めない生き方と
いう選択もあり、何が正しいかという答えはどこにもありません。
ただ、人により、魂からの声のようなものが感じられ、常に方向性を
チェンジさせられるような出来事があったり、サインが現れたりして
わたしのように大きな転換期を迎えることもあります。
変化とは、仕事であったり、家庭環境であったり、友人関係や住まいなど
様々な場面で生じてくるものですが、自分意図しないことであったとしても
感情的にならず(ある程度は致し方ないのですが)
必ず起きてくることには「意味」があるということを知ることが大切です。
そして、その「意味」と向き合い、大きな一歩を踏み出すときに、
虚栄心や打算、計算、第三者からの印象でその選択をしていないかどうかの、
最終チェックをすることは更に重要です。
自分では中々気づかない盲点かもしれません。それに、その選択だってひとつの
モチベーションになるのでは?という意見だってあると思います。
でも、あえて断定してしまうのであれば、人様から見た印象にフォーカスしすぎると、
その選択の本質が見えず、心がブレてしまいプラスの成長に
繋がっていく道が少し遠くなってしまいます。つまり心の声が聞こえにくくなる状況を
自らが選択してしまうことになってしまうのです。
わたしは結構、この部分でなんとなーくの選択をしてきた若かりし頃を思い出します。
それもまた経験、今となってはよい思い出かもしれませんが、
先日、実の父が70代目前で逝去し、自身も看護に関わり40代に入りましたので、
しっかり両目を開いて残された人生を歩んでいこうと思い、色々な決断をしました。
私の中の大きな変化については、また改めてお伝えするとして、
このブログを通じてひとつでも何か、普段の意識にプラスαになることがあれば
幸いです。
以前の食べ歩きアップデートの日々、は過去の出来事で、今の自分とは
全く異なっているのですが、これはこれとして残しておこうと思います。
「変化を恐れず」
と、いうタイトルから再スタートですが、生きていて変化を求めない生き方と
いう選択もあり、何が正しいかという答えはどこにもありません。
ただ、人により、魂からの声のようなものが感じられ、常に方向性を
チェンジさせられるような出来事があったり、サインが現れたりして
わたしのように大きな転換期を迎えることもあります。
変化とは、仕事であったり、家庭環境であったり、友人関係や住まいなど
様々な場面で生じてくるものですが、自分意図しないことであったとしても
感情的にならず(ある程度は致し方ないのですが)
必ず起きてくることには「意味」があるということを知ることが大切です。
そして、その「意味」と向き合い、大きな一歩を踏み出すときに、
虚栄心や打算、計算、第三者からの印象でその選択をしていないかどうかの、
最終チェックをすることは更に重要です。
自分では中々気づかない盲点かもしれません。それに、その選択だってひとつの
モチベーションになるのでは?という意見だってあると思います。
でも、あえて断定してしまうのであれば、人様から見た印象にフォーカスしすぎると、
その選択の本質が見えず、心がブレてしまいプラスの成長に
繋がっていく道が少し遠くなってしまいます。つまり心の声が聞こえにくくなる状況を
自らが選択してしまうことになってしまうのです。
わたしは結構、この部分でなんとなーくの選択をしてきた若かりし頃を思い出します。
それもまた経験、今となってはよい思い出かもしれませんが、
先日、実の父が70代目前で逝去し、自身も看護に関わり40代に入りましたので、
しっかり両目を開いて残された人生を歩んでいこうと思い、色々な決断をしました。
私の中の大きな変化については、また改めてお伝えするとして、
このブログを通じてひとつでも何か、普段の意識にプラスαになることがあれば
幸いです。