だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
めかくし鬼さん 手のなる方へ
すましたお耳に かすかにしみた
よんでる口ぶえ もずの声
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
おへやは北向き くもりのガラス
うつろな目の色 とかしたミルク
わずかなすきから 秋の風
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
むかしの むかしの 風見の鳥の
ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ
はぜの葉赤くて 入日色
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
この歌は、サトーハチローの作成によるもので、悲しい感じがするが、
皆に愛唱されている。
この歌を自己流に解釈してみた。なぜ、悲しい歌なのか。
第2節がポイントになっていいる。
おへやは北向き くもりのガラス
うつろな目の色 とかしたミルク
わずかなすきから 秋の風
この歌の主人公は、病人なのでは?
しかも、家族に大切にされていない。
お部屋は北向き、そこに寝ており、
窓にはすきまがあり、冷たい秋の風がはいってくる。
窓は、曇りガラスで、外は見えない。
そこまで、解釈して第1節を見る。
めかくし鬼さん 手のなる方へ
すましたお耳に かすかにしみた
本人は、病気で外の景色を見れないが、もう秋の季節である。
外で、めかくし鬼さん をしている元気な子供たちの声や手拍子が
聞こえてくる。自分も遊びたいのに、でも病気、だれも見舞いにこない。
すましたお耳に かすかにしみた
よんでる口ぶえ もずの声
病外の声をすまして聴いていると、かずかにもずの声が聞こえた。
こんなやさしい声で自分を慰めているのかと、自分の心ににも
小さい秋がやってきた、感動する。
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
あくまでも、自己流の解釈です。
第3節も、同じ流れで解釈できますが、悲しすぎて、書くのを控えます。