自作の小説です。
遊び心で書いています。
第3章 沈む船
座礁の衝撃で艦底に亀裂が入り、艦に海水がなだれ込んできた。海水の浸水を皆で食い止めようとしたが無駄な努力であった。沈没も時間の問題になってきた。艦長から海に飛び込んで岸まで泳ぎ着くように指令がでた。岸まではかなりの距離がある。この荒れた海では泳ぎの達人でも岸まで泳ぎつくのは至難の業であることは明白であった。しかし、このまま船に留まることは座して死を迎えることと同じであった。船長のアリ・ベイ海軍大佐と使節団団長のオスマン・パシャ殿下は、このまま船に留まり、船を運命をともにされる決心をされたようであった。
ムラト・ホジャは二人に敬礼すると荒れる海に飛びこんでいった。イズミールの海辺で育った彼は、子供の頃から泳ぎには自信があった。何時間でも泳げる体力ももっていた。だが、この海は彼が経験していた海とは違っていた。彼の体は何度も波浪に高く舞い上げられ、そして波の谷間に叩きつけられた。
ムラオ・ホジャはその時、死神の微かな臭いを嗅いだ。死神がそっと手を差し出してきたのである。それは、苦痛と絶望にあえぐ彼にとって耐え難い誘惑であった。
子供の頃の思い出が走馬灯のように彼の脳裏をよぎった。優しい母、一緒に遊んでくれた父、可愛い妹のハンナが彼の目の前で踊っていた。「ごめんなさい、先に逝きます。」脳裏に浮かんだ両親に彼は叫んだ、両親の顔は悲しみに歪んだ。「あきらめないで! 死なないで!」妹のハンナが瞼の中で泣きながら叫んでいた。やがて、彼は気を失っていった。