カフェに行ったときは、スマホを持っていないことを証明するため、


カップを持っていない手は、テーブルの上に出しておきましょう!


なんかね、その昔、フランスだったかイギリスだったか、忘れたけど、


テーブルの下に銃を隠し持っていないことを証明するため、


空いた手はテーブルの上においていたのです・・・。




それが今の時代だと、スマホだなーと。


理由は、人が話してるときに、スマホいじってて生返事のヤツがいたら最悪だから。


相手の気分を害さないために、スマホは持っていません、


あなたと話すのが最優先です!てことを示したいから。


人の話を聞くくらい、マナーはおろか、当たり前のことだろ?


脳みそまで0と1でできた面白くない人間なの?


人として当たり前のことをできないんならロボットにでもなったらいいじゃん


アンドロイド的な?


人に使われてあわれな一生を送ればいいんだ、いや機械に死なんて来ない


嫌だと思っても苦しいと思っても、死んで逃れることは許されないの


私、スマホ持ちたくない。パソコンで十分だし。




・・・ずいぶん前のこと。


そういう、人が話してるのにスマホしてるバカタレと、私は一緒にいた。


こいつ嫌だなー、と思ってはいたけれど、


一人になりたくなくて、仕方なくそいつと一緒にいた。


今でこそ、一人でいいと思えるようになったけど。


みんな困ったらいいよ 私のこと羨ましく思うくらい苦しんだらいい


・・・とかっていまだに思ってるのは私だけ、


相手はきっと私のこと忘れて平気でいるんだと思ったら、


なんだかもう・・・。


そんで人の不幸を願ってる私なんてスマホいじくるヤツより嫌なヤツじゃね?っていう。

夏目漱石の「草枕」と「夢十夜」が一緒になった文庫本を買いました。


夏目漱石、ちょっと前の千円札の人ですね!


オークションで九千円とかなってました。


・・・千円は千円だ。


話をもどして。 集英社の、カバーイラストが素敵な本。


「夢十夜」は読み終わりました。


第一夜と第九夜が好きです。


第一夜は、死んだ女性を待って百年たつ話。


第九夜は、母親がいつも寝ないで子どものおもりもしながら、


帰ってこない夫のためにお百度参りをするけど、


その夫は浪士に殺されていた、という話。


あいかわらず、一途な思いと登場人物の死が大好きです。


誰が言ったことだったか忘れましたが。


「死への衝動=生への執着」だそうです。


死を想うぶん、生きていたいと願う、ってことですかね。


分からなくもないけど・・・。


でも死にたいときは死にたかったです。


それとは別物・・・?


ジョルジュ・バタイユの本を読めば、分かるようになるかしら。

この写真が好き


↓これ


宇佐美さん家の猫ちゃん2


どういうシチュエーションなのか全然分からないけど・・・。


どこで見つけたか忘れた。でもUSBに保存されていた。


右の、ちゃんと服を着てる人が美しすぎ


妖精とか書いてある本で見たエルフが


まさか三次元にもいるとかね・・・奇跡的。


左、パンツの男性についてはノーコメント。