作家の三浦綾子さんが亡くなってから20年経ったという。代表作の「氷点」は、そのタイトルを聞いたことがある人も多いのではないかと思う。その著作は今でも熱心なファンに支えられており、今回、表題のような集会があることを聞き、午前中のみの短い時間ながらお邪魔してきた次第。自分自身、彼女の作品を初めて読んだのは今年の4月初めのことで、たった半年でここまで深いところまで来てしまったのか甚だ疑問なのだけど、集会の話をする前に少しまとめてみる。
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塩狩峠 (新潮文庫)
781円
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初めて読んだのが「塩狩峠」。塩狩峠は北海道天塩地方の「塩」と石狩地方の「狩」から採られた名前。きっかけは宗谷本線のことをあれこれ調べていたなかで、遠い昔にひとつの鉄道事故があったことを思い出した。
1909年(明治42年)2月28日、午後8時過ぎに蘭留駅を出発した8100形蒸気機関車牽引の名寄駅発旭川駅行き最終急行列車が塩狩峠の頂上付近に差し掛かった時、最後尾の客車の連結器が外れて単独で上り勾配を逆行・逸走する列車分離事故が発生した。乗り合わせていた鉄道院(国鉄の前身)旭川鉄道運輸事務所庶務主任が、客車最後尾側デッキ上のハンドブレーキを操作して暴走する客車の停止を試みるも庶務主任はデッキから転落し、床下に巻き込まれ殉職した。しばらく走行したあと客車は停止し乗客にけが人や犠牲者はなかった。
(Wikipediaより引用)
この事故で殉職された長野政雄氏をモデルとして小説化されたのがこの「塩狩峠」で、「そういえば事故のことが小説になっていたんだっけな」ぐらいの印象だった。たまたま図書館で手にとることができ、読書が苦手な自分でも読めそうな量だったので読み始めてみた。結末がわかっているので、語弊はあるけど「何の期待もなく」読み始めたのが正直なところ。
読み終えて、大変衝撃をうけた。主人公はどんだけ善人なんだよと。久しぶりに本を読んで感動した。しかし、一方で「こんな善人が今の日本にいるわけないよな」と思う部分もあった。WEBで調べてみると、著者の三浦綾子さんは「氷点」を書いた人だという。「ああ、タイトルだけ聞いたことあるわ。あらすじも知らないし興味もないけど」というのがこの時点の思い。どうやらこの人は北海道を舞台にした小説が多いらしい。開拓時代の北海道を描いた著作は池澤直樹さんの「静かな大地」がとてもよかったことを記憶している。
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静かな大地 (朝日文庫 い 38-5)
4,980円
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三浦綾子さんの著作をもう一作品ぐらい読んでみようかと思い、内容は全くわからずタイトルだけで手にしたのが「天北原野」。「天北」って名前がいいじゃない?もう廃線になった天北線とか急行天北とか懐かしい。
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天北原野(上) (新潮文庫)
781円
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いま思えば三浦綾子にハマりはじめたのが、この「天北原野」だったのかもしれない。昭和初期の道北・樺太地方を舞台にしたこの作品は、自分の歴史的興味にも刺さったのだろう。最後まで面白く読むことができた。急行天北は出ないけど、天北線はちらっと出てくる。吹雪の中を遭難しそうになるシーンがあり、その表現が読んだだけで絶望的になる。
ここでも「こんな人、いないって!」というような善人が出てくるんだけど、不思議と塩狩峠を読み終えたときと違って「こういう人もいるのかもな」と思い始めた。
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泥流地帯 (新潮文庫)
825円
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次に手にしたのが「泥流地帯」「続泥流地帯」。これは1925年(大正15年)に発生した十勝岳噴火にまつわる兄弟を描くお話。学生時代にアルバイトでバスの添乗業務をしていて、そのお仕事で十勝岳のふもとにある白金温泉を訪れたことを思い出しながら読み始めた。
で、読み終えました。前の2作品は善人がいるとかいないとか、そういう感想がまっさきにあったんだけど、これを読んでから、善人とか悪人とかそういう観点ではなく、自分の考え方をしっかり持っていく、貫くことがとても素敵に見えるようになってきた。
これを読んだあたりで北海道の旧友を訪れることが決まり、せっかくなので旭川にある三浦綾子記念文学館を訪れてみようと予定を組んだ。「氷点」「続 氷点」「銃口」と読み進めて、記念館を訪れたのが9月上旬のこと。
事前にWEBで予約すると案内人さんが説明してくれるというので、そもそも読書ビギナーの自分には最適と思いお願いしていたところ、「いやぁ!お待ちしていました!」と歓待を受けて驚くなど(;・∀・)
「続 氷点」の一番好きな言葉がパネルにされていた。
一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、我々が与えたものである。
訪問記は別の機会に書くつもりだけど、結果的に2時間滞在の予定を簡単にオーバーしてしまうことになった。展示も充実しているんだけど、著作も手にとることができて、好きな人なら一日中いられるんじゃないか?と思う。もっと時間をとればよかったと悔やんでならない。
案内人さんの説明が大変わかりやすく、また、自分の感じたこともしっかり聞いてくれていて、「自分は三浦綾子さん本人と話しているんじゃないか?」と不思議な気分になっていた。ご主人の三浦光世さんの話を詳しく知ったのも、ここでの案内人さんの話がきっかけである。夫婦二人三脚で作品を書いてきたことが大変よくわかった。
さて、この案内人さんが「来月に東京で初めて講演するのです。東京に行くのは初めてで大変緊張している」と言う。まぁ、東京であれば旭川よりは断然近いし、そのお話を聞きに行ってみようかと思って足を運んだのが「三浦綾子召天20周年記念集会」でした。
ようやく本題。小雨降る御茶ノ水なう。御茶ノ水って、「御茶ノ水」っていう地名はないんですね。いまさら知った。
ここから5分ほど歩いた「御茶の水キリストの教会」というところがその会場。福祉センターと一緒になっている大変きれいな建物でした。
こんど「泥流地帯」が映画化されるそうで、舞台となっている上富良野町の方がわざわざPRに来てくれていた。「泥流地帯」の映画化、話を読む限りはすごく難しそうに思えたんですよね。まじめにこつこつと開拓した土地を、一瞬にして泥流が覆いつくすシーンはどうするんだろ?とか。拓一・耕作兄弟は誰が演じるんだろう?とか。千年に一度級の災害なんだから、福子は”千年に一度の逸材”橋本環奈ちゃんが演じてくれるんだろうか?とか。
上富良野町からのおみやげ。富良野と言えばラベンダーですよね。高校時代、初めての北海道旅行で富良野駅からレンタサイクルを使って、ラベンダー畑を見に行ったことを思い出しました。街じゅうで、さだまさしのあの曲が聞こえていたような気がする(たぶん幻聴)。
上富良野町の図書館では、読んだ三浦綾子作品によって「ミウラー」という称号を得られる制度があるそうで。これは上富良野町図書館まで行かないと認定されないと聞いていたので残念な思いだったのだけど、この日は出張認定をしていただけるとのことで、10作品を読んでいた自分はめでたくシルバーミウラーに認定されました(^^)。
この認定証、わざわざこの日のために作ってくれていたのね。感動もんですよ。大事にしよう。
いただいたパンフレットなんかを読んでいるうちに、いつの間にか来場者が多くなりまして、「これ、みんな三浦綾子ファンなのか…」と唖然としている中で開演。
進行は三浦綾子読書会代表の森下辰衛氏。この方、三浦綾子に関するいろんなものに顔写真が紹介されていて何度もみたことがあり、「あ!写真の人だ!」と感激しましたね。アイドルの握手会で初めて会ったような感じwww。帰宅後になんとなくWEBを調べてみたら実際すごいお方だったようで、「一度、こういう人と飲みに行ってみたいなぁ」なんて思ってしまった自分を恥じるなど。
三浦綾子記念文学館で案内をしていただいた近藤弘子さんの講演「40年前に蒔かれた『泥流地帯』の種」が始まった。「たくさんの方を案内しているんだから、ま、向こうは覚えていないだろうなぁ」と思いつつも、開演前にお見かけしたので声をかけてみたところ、覚えてくれていたようでうれしかったです。「わざわざ切手を貼って感想を送ってくれましたよね?」とも。そうそう、北海道からの帰宅後に台風15号が襲来して、なかなかアンケートはがきを送れずじまいで失礼していたんだった。
文学館での案内の最中、近藤さんが三浦綾子作品にふれたきっかけをお聞きすることができたのですが、過去にとても大変な時期があったそうで。それを知ってはいたのですが、講演ではその大変な時期より前、っていうか生まれた時から自分のような平々凡々とした人生と真逆の道を歩まれていたことを聞き、ただただ茫然としました。近藤さんの人生って間違いなく一冊の本になるよね?映画化もされちゃうよね?ってくらい。そのつらい時期を、感情豊かに表現されながらお話しされ、あっという間に終わってしまった印象でした。会議だと10分で眠くなるのに、こういう話は何分聞いていても平気なのはなぜだろう?
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銃口 (上)(小学館文庫)
681円
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近藤さんに代わって登場したのは、はるばる北見からお越しいただいた日吉成人氏。「銃口」をテーマにした「『思いこみ』から『思いやり』へ」という講演でした。
三浦綾子さんが「自らの遺言」と言っていたとされるこの「銃口」という作品、実際に銃を手にドンパチするということでなくても、「人は誰しも、その考えや発言という銃を人に向けることがある」ということを教わったような気がしています。そういう、この作品が伝えたかったであろうことを、実にわかりやすく語っていただけました。
残念ながら、午前の部しか滞在できなかったのですが、お二人のお話を聞けただけでも大変有意義な時間を過ごすことができたと思っている。作品の感想を文章に表現するのがなかなか難しいのだけど、話を聞く分には「そうそう!こんなシーンあった!」とか「自分もそう思っていた!」とか共感できるのですね。
人にとって「共感できる」って大事なことだと思っていて、それが読書でも鉄道趣味でもアイドルでも何でもいいんだけど、共感できることで「同じ考えや感想の人がいたんだ」と思えることがうれしいし、逆に別の考えを見聞きしたのだとしても「そういう考えや感想もあるのか」と思えますよね。なんと表現していいのかわからんのですけど、そういう時間が多いと、結果的にそれが幸せな時間になっているのではないかと思った次第。
自分はもうちょい書く力や話す力を身につけなくちゃならんな(>_<)(大反省中)。
お読みいただきありがとうございました。












