「とにかく、一回電話してみろよ。もしかしたら、その場しのぎにデタラメの番号を教えたかも知れないぜ」
考えてもみなかった。
西河の言うとおり、その可能性もないとは言えない。
むしろ確率は高いかもしれない。
番号がデタラメなら、クリーニング代を払う必要もないし、見ず知らずの30男と待ち合わせることもない。
僕なら間違いなく、その面倒なシチュエーションを回避する。
しかし、それならそもそも声もかけないのではないだろうか。
しかも、僕が電車を降りるのを待ってまで。
彼女が幸運のキーワード「よだれ」を口にするまで、僕はそれに気づいてすらいなかった。
更に彼女は僕より先に降りたのだから、足早に改札に向かうこともできただろう。
やはりここは彼女のモラルを信じたい。
自ら声をかけ、素直に謝罪した時の瞳を。
自分の世界に入り過ぎたのだろう。
気がつくと西河は去り、喫煙ブースには僕一人だった。