46.

憂弥と深紅が教室に入ると、クラス中が一つの話題で持ちきりだった。近所の寺で、墓地がめちゃくちゃに荒らされたらしい。憂弥はすぐに(アデプトが暴れた時のことか)

それにしても、当事者を前にしての噂話とは、憂夜にしてみればなんとも居心地の悪い話題だった。

(ということは、あの寺って結構・・・)

近所にあったんだなと、初めて気づいた。そういえばあったような気がする。そこに寺があったのは知っていたものの、入る理由もなく、突然そこに連れて来られただけであったから無理もない。

「へぇ……」

憂弥は無関心を装った。

ホームルームが始まり、教室は日常を取り戻す。それは退屈だがかけがえのないもの。憂夜はその日、保健室には行かず一日を教室で過ごした。至極、当たり前ではある。

瞬く間に時間は経ち、校舎が放課後のざわめきで満ちている。

急いで鞄に教科書やノートをつっこみ教室を出る者や、椅子に後ろ向きに座り雑談する者が見える。深紅は憂弥の席に手をついて勢いよく喋り続けているが、憂弥はそれを楽しそうに見ているだけで話はあまり聞いていない。

「じゃ、私部活だから」

腕時計をのぞき込んで深紅は言った。

「よくやるよな」

「何言ってんの。自分だって昔やってたじゃない」

深紅はそう言うと自分の席に行き竹刀を掴み「面」と、憂弥に振り下ろした。憂弥は避けずにそれを頭で受けると、「ま、がんばってちょうだいな」と言って帰り仕度を始めた。

「憂弥もやればいいのに」

憂弥は肩をすくめただけで「じゃ、また明日な」と軽く手を上げて教室を出た。

(剣道か。もう一回始めっかな)

下駄箱で靴を履き替えながら憂弥は思った。

(今となっては必要かもな……)

小学生の頃、冬の寒い中、父に習っていた事を思い出していた。裸足で神社の境内に立たされ、何度も竹刀を振り下ろした。初めて竹刀を握ってから父が死ぬまで八年間、いやいやながらも続けて、中学の頃は全国大会にも出場した。突然の交通事故で父を失い、それと共に剣道もやめた。

思えば深紅が剣道を始めたのはちょうどその頃だった。その深紅も、今では女子剣道部の主将である。

懐かしさに苦笑いをしながら、その日は教われることなく家にたどり着くことができた。

何もない平坦な道のりと、平坦な一日。