9.
話しは現在に戻る。
「おお、朝霧、紫堂の野郎いたか?」
深紅が教室に戻ると、ハゲ鉄こと原田鉄雄(はらだてつお)教諭が声をかけてくる。
「あ、はい。具合が悪いみたいです」
とりあえず、適当にごまかして席に戻ろうとする深紅に、ハゲ鉄は「何だと?!あんな頑丈な奴が具合悪いわけあるか?!何で引きずって来なかった?!」
(よくよく考えたら無茶苦茶だな、このハゲ)
深紅は内面を顔に出さないように気をつけて、「いえ、熱があるようだったので、葉山先生も寝かしておいた方がいいと…」
「何?葉山先生が?しかし…」
(まったくこのハゲは…)
原田教諭は美穂に気がある。この学校の生徒なら知らない者はいない。深紅はこれ幸いとばかり、「葉山先生の言うことが信用できないと?」
「えっ?!い、いや、そんなことはないぞ!う、うん。葉山先生がそう言うなら…まぁ、うーん」
原田に許されて、深紅はようやく席に座る。いつものことではあるが、しばし脱力。
席に戻った深紅だが、しかしイライラはなかなか治まる気配がなかった。
(なによ、ハゲ鉄の奴。葉山先生に夢中なもんだから、軽く騙されて…。ま、いいけどね、やり易くて…。
にしても、ホントに、あの日…。憂弥は変わってしまった。
刑事だった憂弥のお父さんは、その日長いこと追いかけていた事件がいよいよ大詰めで、後はもう犯人を逮捕するだけってとこまでいってたらしい…。
潜伏先の雑居ビルに同僚と二人で乗り込んだけど、犯人は観念する素振りを最初こそ見せてはいたが、突然逆上して隠し持っていた銃を乱射。同僚をかばうように身を投げ出した憂弥のお父さんは、背中に4発の銃弾を受け、ほぼ即死だったらしい。
そして憂弥は変わってしまった。
いつも明るくて、みんなの中心にいた憂弥は、その日を境にみんなの輪を避けるようになり、一人で行動することが多くなった。剣道も大会をキャンセルして以来、竹刀を握っている姿すら見ない。
無気力を装い、今日のように授業をサボることもしばしばだ。
だけど…、家に帰ると今までどおり明るく振舞っている。おばさんに心配をかけさせまいと、必要以上に…。
おばさんもまた、今まで通り明るく振舞っている。
その団欒は、痛々しくもあり、微笑ましくもあり、けれど、私を苛立たせずにはいられない。
二人は歯を食いしばって、家族の死という欠落感と戦っている。
本当は叫びたいくらい辛いだろうけど、二人は観客のいない喜劇を演じ続けている。
多分、私はそこに排他的な空気を感じてしまっているのだろう。
自分はのけ者だという疎外感。
私はそんな自分が嫌いだ。二人の苦しみを和らげることもできず、ただ、その時間が流れるままにしている。
考えるのは自分のことばかり。家族ではない自分がもどかしく、舞台に上がれない疎外感を感じているただの観客。
私は自分が嫌いだ。)
「朝霧、次読んでみろ」
「聞いてませんでした」
「そのまま立っとれ」
私はハゲ鉄も嫌いだ。