入院した病棟には糖尿とあとは循環器系の患者さんが多くて、まあ大体糖尿予備軍の人が多かったようで、糖尿病教室で一緒になったあるおばさんと話している時に、やたらと可哀想と言われて腹が立った。
さすがにいい歳の大人なので顔にも出さずに何くそと思っていただけだけど。
おばさん「若いのに糖尿病で可哀想。…でも自己管理出来ないのが悪いのよね」(56が1型なのは知ってるし56がいたから先生も1型の説明多めにしてくれていた)
56(そりゃあんただろ)
おばさん「そんなに無理に明るくしなくていいのよ、可哀想なのはわかってるから」
56(何がわかってるんだろう?)
おばさん「辛いのはみんな一緒なんだから」
56(あんたは自業自得だろ)
ひたすらおばさんが1人で話してて、自分はぼんやり本読みながらだったけど5分ぐらいの間に多分一生分可哀想って言われたと思う。
可哀想って、何?
確かに現代医学ではまだ膵臓移植するしか完治しない病気だって聞いたけど、ちゃんと管理すれば普通に生きていける病気でしょう?
現状数値が悪いだけで、自覚症状もない、痛い事もないのに何が可哀想なの??
ちょうどそのすぐ後に母が見舞いに来てくれて愚痴ったら、母には「そのおばさんは自分より可哀想な誰かがいることに無意識に優越感感じたかっただけだろうから、忘れなさい」と言われました。
確かに、そうかも。
56からしたらそんな事でしか慰められないそのおばさんが可哀想だなぁと思いました。
無理矢理でも前を向いてポジティブに考えないと進めない気がして、一生懸命だったのをよく知らない他人に否定されて堪えたのか、母が帰ってすぐ職場が近かったから帰る前に顔を出してくれた弟にその日は泣きつきました。
今も、少しだけ無理して明るく振舞っている自覚はあります。
未来は、前ほど楽観視できなくなりました。
でもずっと下を向いてウジウジしてるわけにはいかない。
生きていかなきゃいけないし、生きるためには働かなきゃいけないし、働き続けるためには趣味が必要で、そのためにはただ生きるため以上にお金がかかるから、少しだけ無理矢理顔を上げるだけでも景色はぐんと変わるのを知っている。
無理矢理きっかけを作って動かないと、身体は生きてても心が死んでしまうと思う。
まだやりたい事いっぱいあるんだ。
私の倍は生きたあのおばさんと違って、まだまだ出来てない事だらけだから、人を下に見て優越感に浸ってる暇はないし、振り絞った元気をぺしゃんこにする言葉に負けてる時間なんてない。
たまに忘れてぺしゃんこになった時の、自分の為に、その為にブログを始めたのだと思い出したから、自分の為に覚書。
可哀想なんて言わないで。
かわいそうなんかじゃない。
自分のせいじゃないしまして親のせいでもない。
なったものは仕方ない。
それでたちどまってどうすんだ。