先生とともに旦那が入ってくる。
一瞬、旦那と目が会ったけど、
お互い言葉を発さなかった。
先生は、再び私のお腹にプローブを当てた。
「あのね、落ち着いて聞いてね」
ああ、聞きたくない…。
「赤ちゃんの心臓が…止まってるの」
悪い予感は的中した。
直前に悟ってしまったからだろうか、
パニックにはならなかった。
ただ、旦那の顔は見えなかった。
「ここ、心臓。分かる?動いてないの」
震えた先生の声、たぶん一生忘れられない。
先生はそのあと、状況を説明してくれた。
これは「常位胎盤早期剥離」という症状で、
突然起こるのだということ。
お腹の中で胎盤が剥がれだして
剥がれた部分から出血していること。
そして胎盤が剥がれてしまうと
赤ちゃんに酸素が届かなくなって
やがて心臓が止まってしまうこと。
すべてを冷静に聞きながらも、
どこか夢を見ているような感覚。
自分の身に起こっていることなのに、
漫画やドラマを見ているような感覚。
悲しさや苦しさを通り越した
「無」の状態と言えばいいだろうか。
ただ呆然と横たわったまま、
お腹の痛みだけが
やかましく私を攻撃してくる。
涙が流れてくることもなかった。
「これから、どう…なるんですか」
おそるおそる尋ねる。
「残念だけどね、赤ちゃんの心臓は
止まってしまった。
でも今、お母さんの命も危険な状態なの。
今からは、お母さんの命を助けるため。
そのためにすぐに救急車で移動します」
「母体も危険」。
その言葉を聞いてもなお、
不思議とパニックには陥らなかった。
「○○病院の受け入れ決まりました!」
「○○さん!○○持ってきて!」
「救急車着いたら2階へ来てくれます!」
診察台に横たわったままの私、
呆然と立ちすくむ旦那の周りで
先生と助産師さんが慌ただしく動く。
「○○君、」
私は旦那を呼んだ。
「両親に連絡してくれるかな」
人って、本当にピンチの時には
逆に冷静になれるのかもしれない。
我ながら驚くほど頭の中は落ち着いていた。
ただし、痛みは着実に増大し、
経験したことのないレベルになってきた。
「ここで下手して気を失ったら終わりだ」
と自分に言い聞かせ、息を整える。
ここでもう一度だけ、先生に尋ねた。
「あの、」
「赤ちゃんはもう助からないんですか」
「可能性はないんですか」
「絶対ですか」
ほんとは「そんなことないよ」と
否定してほしかった問いかけ。
だけど先生は一度も
首を横には振ってくれなかった。
望みは、ない。
そういうことだ。
やがて救急車の到着を知らせる
サイレンの音が院内に響いた。
救急隊員が駆け込んでくる。
なんだこれ。
嘘みたい。
本当にこれ、私のこと?
もうよく分からない。
ただただ、せわしない状況に
身をまかせるしかなかった。