(メモ終戦記念日。 ~私のお祖父ちゃんと父親~ブログの続きメモ)











もう1人のお祖父ちゃん(私の母親の親)には、私会った事あるんだ


私が小学校二年生ぐらいだった頃に、他界してしまったけど。

(風邪で高熱が出て→翌日に他界。)

(もしかしたら、今の時代でいう→インフルエンザなのかな?…私、詳しく解らないが。)





母親の父親は(私のお祖父ちゃん)は、

自営で大工さんしてた人で、
戦後は、アパート経営(賃貸経営)の2つ仕事してた人で

高身長の人だったけど





痔で→戦争行ってない人なんだ。

(痔病持ちの場合は、身体検査で落ちる。)





お祖父ちゃんは、……痔。だったんだ。

(なんだかまた複雑な感情の私。)











私の母親は川崎の人で

終戦時は、→(就学前の)幼児だったの。

(終戦の翌年に→小学一年生になった。って、生前母親が言ってた。)



戦後

当時、白いウサギを一匹飼ってたんだ。

(お祖父ちゃんが川崎の山で捕まえてきたんだって。)

で、

(当時)お母さんが→ウサギ小屋の掃除とか、餌やりとかして、ウサギとも遊んでいたの。

ペットのウサギを、お母さんは可愛がっていたんだ。

(そりゃそうだと思う。ウサギ可愛い動物だし。)



ある日、
お母さんがいつもの様に、お姉ちゃんと(小学校から→)帰宅し

帰宅後いつもの様に、ウサギの世話しようとウサギ小屋にいったら

ウサギ小屋にウサギがいなかったから

うちのお母さんは→母親(私のお祖母さん)にウサギがいない事を言うんだ。

そしたら、



「小学校行ってる間にお父さん(私のお祖父ちゃん)がウサギを殺しちゃった。」



って言たんだって。

私のお母さんは、当時号泣しながら



「なんでウサギ殺しちゃったの!!」



って。





( お祖父ちゃんは、最初からウサギを食料として、川崎の山から獲ってきた。

でも、当時小学一年生だった私のお母さんは、そんな事を知らずに
家で飼い始めたペットだと思って→毎日毎日ウサギの世話(飼育)をしながら、ウサギを可愛がり、ウサギと遊んでた。)











その日の夕飯は


ウサギ鍋だった。んだって。





私のお母さんは、

涙流しながら ウサギ鍋(ウサギ肉)を食べたんだって。



でも、美味しかった



って 言ってた。(生前、母親が。)











私、小学低学年の頃にこの話を初めて母親から聞いた時

だいぶショックだった。


戦後の状況を体験してない私は、

当時の食料不足?とか、肉=御馳走 とかピンとこないし、

「どーしてお母さんウサギ食べちゃったのお!!お祖父ちゃん酷い!!」

って、当時小学生だった私は、→当時お母さんに凄い怒ってしまったんだ。