高速道路…急カーブトンネル内
激突直前にボリューム全開で聴いていた曲は
velfarreのCDに入っていた
「BOOGIE NIGHT」
だった。
そして、もう何十年もたっているのに
未だに、ユーロの中で一番好きなのは
マンディ・スミスの
「DON'T YOU WANT ME BABY」
で、この哀愁感漂うメロディーがたまらなく好きな私…。
vocalの声と曲がピッタリに感じる。
1988年~
世の中が潤っていて活気があったキラキラしていた時代

あの頃は本当に
ずーっとこの先も永遠に
discoに行けば
シンデレラが毎日続くと思っていた。
(シンデレラ→別世界)
当時、
青山king&queenや
川崎king&queenや
麻布十番MAHARAJA本店に
通っていた大半の常連女性の方々は
似たような感覚じゃないかな?
discoって場所は
色々な意味で

美味しい○や、お○が潤っている場所でもあった。
夜職の世界をまだ知らない
昼職の18歳だった頃の自分が
平均一着8~10万円のボティコンスーツを10何着揃え
(当時、スーツはその値段が普通の事で、だいたい店自体にその値段のスーツしか置いてなかったし)
朝の出勤に
毛皮
原色や柄物のボティコンスーツ
CHANELやLOUIS VUITTONのbag
大ぶりのアクセサリー
ピンヒール
ブランドの化粧品
これが当時の女性の普通のファッションだったし、街中はそんな女性で溢れていた。
バブルを謳歌出来た事
美味しい思いが出来た事は、とても嬉しいが
その感覚が
…どこか、未だに抜けきれていない。
感覚が麻痺している…。
でも…
十代未成年の多感な時期に
時代はあんなだったし過ごした訳だから、少しくらいは仕方無いと思う。
バブルの頃のボティコンスーツ
洋服整理しようと過去に数着捨てて
後程、後悔した自分。
だから、その後スーツは捨てて無い。
楽しい思い出しか詰まっていない
まるで戦闘服のような
Pinky&Dianne
ノーベ・スパジオ
J&R
のスーツは私の宝物のうちの1つでもあるし
陽の気が入った縁起物の品である。
その変わり、いくら値段が高かった物でも
陰の詰まった物
目障りな物は
バシバシ捨てる!
…処分する私。
昨年、大晦日前の29日だか30日だかに
「息子の父親」のシングルベッド…本人の了解をちゃんと得てから
粗大ゴミに出し処分した。
二年間使っていないモノは場所をとるだけ!
…邪魔だった。
そして
まだベビーカーに乗っていた頃の息子が
みなとみらいの映画館で初めて観た映画は
戦隊モノではなくて
アニメでもなくて
「バブルへGO!」
だった。



