木曜日の休みを利用して、念願のピカソ展に行ってきた。
1人でも行こうと思っていたのだが、母が一緒に行ってくれるというので二人で県美へ。
「天才の秘密」などと書かれると、一体何が?!と興味がわくのが人間の性。わたしもそれに惹かれた1人であるが、行ってみて本当によかったと思った。
ピカソといえば、昔国語か道徳の教科書に載っていた「ゲルニカ」と言う作品や、いわゆるキュビスムと言われるぱっと見、「なにこれ」作品が有名だし、わたしの知識としては、よくわからない絵を描く前衛的な人みたいなイメージがあったのだが、少年時代から青年時代にかけてのピカソの絵はそれとはまったく違った、色彩と完成度をきわめていた。
今回、そう言う違ったピカソの作品を目にすることができてとてもよかった。
ピカソ展のテーマは「青の時代」と「バラ色の時代」であった。どういう意味なのか、「青の時代」とは文字通り、作品がすべて青の色彩で描かれている暗いイメージである。その時代にピカソの身近で起こった出来事が、青色と言う色彩を使って彼に絵を描かせたとのこと。それは妹や友人の死である。
そして「バラ色の時代」には、恋人との色づいた生活がだんだんと彼の絵に色彩を取り戻し、青を残しながらも鮮やかな作品に取り組むようになった。この頃までのピカソの絵は、キュビスムのようなよくわからない図形(失礼)みたいなものではなく、ちゃんとした人物像や、ラフ画などが多い。とくに木炭で描かれた、わたしなどが描いたら落書き以外の何者でもない作品でも、素晴らしいセンスと構図、メッセージ性を感じることができる。
そうか、これが天才か!
本当にそう思った。努力でひとはある程度のことはできる。しかしその道を極めるためにはたった1%でも才能が必要なのだ(これはわたしのとある経験による私的見解)。そう言う意味で、ピカソは完璧な天才であった。
バラ色の時代が終わると、ピカソはキュビスムに系統を変えていくのだが、それも彼の才能の一種で、2次元に描かなければならない3次元の対象物を、一度解体して、それを2次元に組み立てなおす。そんな絵の描き方を思いつく、または実践しようと考えるなんて、本当に凄いひとだと思った。そうして描かれたキュビスムの裸婦画などは、裸婦画なのだと言われてもフィーリングでしかその存在を感じられないのだが、それでもこれもまた解体してピカソによって組み立てなおされた絵なのだと思うと、とても素晴らしく見える。
母は、あまり絵画などに興味はなかったかもしれないが、今回のピカソ展についてきてよかったと言ってくれた。ピカソのイメージや知識などはわたしとほとんど変わらないので、青の時代やバラ色の時代の作品を見て、感動していたようだった。特に青の時代が気に入ったらしい。
それ以外にも、ピカソはコミカルな絵やアニメ絵のような作品、ブロンズ像、版画まで幅広く残しており、帰りに物販で気に入った絵葉書を買ってきたので、部屋に飾った。わたしが気に入ったのは犬の一筆書きである。
天才が描くとそのよどみない線に芸術性を感じるから凄い。あとは猫のラフ画。
これを設置中にもちろん邪魔者が。
ちなみにピカソはなかなかのイケメンだと全然知らなかった。写真も多く残っているようである↓
ピカソ展のあとは、せっかく都会に出たので美味しい食事を食べ↓
ショッピングなどを満喫して帰ってきた。わたしと母はとても充実した一日だったが、父とうり子は超ひまひまだったらしい(笑)







