五分ほどおくれて弊社へ到着。そう言えば電車遅延の書類もらってこなかったな。
一年に一度はドカ雪が降るのがわたしが住んでいる地域の習慣(?)なのだが、これくらいならまだ序の口なので、きっともっと吹雪くときがくるだろう。
そう言えばこれは一昨年の話であるが、12月にわたしと母は飛騨高山に温泉旅行に行く計画を立てていた。しかし、ちょうどその前日から大雪が降り、道も電車も交通機関はすべてストップ。とてもではないが温泉に行ける状態ではなくなってしまった。ただでさえ冬であるのに雪の降る山方面へ向かおうというのが間違いだったのだろうか。前日にホテルはキャンセル(温泉の方も雪のことは承知なので快諾してくださった)、息抜き旅行だったのでわたしはても不貞腐れていた。
しかしそこでめげないのが家のママ。
夜、本屋へ行って、雪があまりなさそうで、近くて、温泉もよさそうな旅館を雑誌で探してきて即予約。なんと飛騨高山温泉旅行は、御在所鹿の湯温泉旅行にあっと言う間に変更になったのであった。ママの行動力には毎回驚くが、その時はふてくされるだけのわたしのために調べまわってくれて本当にありがとうとごめんなさいの気持ちでいっぱいだった。
無事に温泉旅館の予約も取れ、翌日のプランをいろいろ考えていたのだが、何せ豪雪である。どこに行くにも大変であろうと言うことで、通り道だし行きなれた三井アウトレットへ寄って、その脚で旅館入りしてのんびりすることにした。雪渋滞で時間はだいぶ遅くなった(むしろ真っ暗夜道しかも雪あり)が、旅館にも入れ(大雪のおかげでお客さんも少なく静かでとてもよかった)、コタツや温泉(人がいないので貸切状態)を堪能し、ゆっくり休むことができた。12月の雪見風呂はなかなかよかった思い出である。
わたしにはなかなかママのような行動力がなく、一つ何かやればめんどくさがってしまうので、そこらへんは少しでも真似して、ひとりで生きていくなら何にでもチャレンジできる精神力を鍛えなければと思う。
ちなみに飛騨高山温泉旅行は、翌年の4月にリベンジした。このとき驚いたのは、お客のほとんどが中国人観光客だったこと。高山の古い町並みを歩いていても、聞こえてくるのは異国語ばかりで日本語はほとんどない。高山と言う名の外国に来たような気分であった。あげくのはてに、ホテルのレストランで従業員に「エクスキューズミー」と話しかけられる始末。
同じアジア人やからって区別つかんとかどうなんですかホテルマン!
これにはちょっとムカっとしたが、笑顔で「下げてもらって結構ですよ」と日本語で返した。まあホテル従業員もあんなにたくさん外国人がいたら大変だろう。
しかし4月の飛騨高山はとても空気も気候もよく快適だったのですべていい思い出だった。やはり季節によって行き先はちゃんと選んだほうがよさそうである。
そんな雪と旅行の思い出。今日の雪は本当に大したことがなかったので、また次の豪雪のときに何か起きるか、何も起きないか、雪が降るとなんとなく楽しみなのは滅多にみれないからかもしれない。雪深い地域にお住まいの方には、都会の交通機関が簡単に麻痺してしまうのがおかしくて仕方ないだろうなと思いつつ、ラジオから流れる交通機関の遅延情報を聞くのであった。
大雪なんて関係ないのはもちろんこやつだけ~!

