- 前ページ
- 次ページ
我が家は、現在プロパンガスを使用しています。
東京に住んでいたときは、都市ガスを使用していました。
そして毎月のガス代の請求に、驚くほど高いことにびっくりしています。
今月の請求は約4000円。
しかしながら、そんなに使った記憶がありません。
恥ずかしながら、つい最近までガスコンロがなく、料理は専らホットプレート。
シャワーはありますが、お風呂はなく、近所の温泉に行くため、シャワーは使用せず。
顔を洗い、食器を洗う程度しか使用していません。
東京にいたときは、毎日家でお風呂に入ってもこんな金額にいったこともなく、
ただただ、プロパンガスの高いことに言葉も出ず…
う~ん。毎月こんなに高いと困るな。
しかも、これから寒くなると、もっと高くなるかもしれないな。
そこで、本日、家の前の駐車場に、即席の台所を作りました。
我が家には、ひろーい竹やぶがあり、これを使わない手はない、と言うことで、
コンクリートブロックを積み上げ、なべをおき、竹に火をつけ料理をしてみました。
結果は、大成功!
これで、ガス代を気にすることなく、毎日煮込み料理を作れそうです。
しかも暖かい。
家の中にいるよりも暖かいので、これからの季節、夜に火をつけ、
料理を作りながら、お茶を飲みながら、たくさんの星を見ようかと思っています。
今日は、試しで作ってみたので、もう少しかわいく実用的に改良をしていきます。
東京に住んでいたときは、都市ガスを使用していました。
そして毎月のガス代の請求に、驚くほど高いことにびっくりしています。
今月の請求は約4000円。
しかしながら、そんなに使った記憶がありません。
恥ずかしながら、つい最近までガスコンロがなく、料理は専らホットプレート。
シャワーはありますが、お風呂はなく、近所の温泉に行くため、シャワーは使用せず。
顔を洗い、食器を洗う程度しか使用していません。
東京にいたときは、毎日家でお風呂に入ってもこんな金額にいったこともなく、
ただただ、プロパンガスの高いことに言葉も出ず…
う~ん。毎月こんなに高いと困るな。
しかも、これから寒くなると、もっと高くなるかもしれないな。
そこで、本日、家の前の駐車場に、即席の台所を作りました。
我が家には、ひろーい竹やぶがあり、これを使わない手はない、と言うことで、
コンクリートブロックを積み上げ、なべをおき、竹に火をつけ料理をしてみました。
結果は、大成功!
これで、ガス代を気にすることなく、毎日煮込み料理を作れそうです。
しかも暖かい。
家の中にいるよりも暖かいので、これからの季節、夜に火をつけ、
料理を作りながら、お茶を飲みながら、たくさんの星を見ようかと思っています。
今日は、試しで作ってみたので、もう少しかわいく実用的に改良をしていきます。
母が事故に遭い、早くも1ヶ月が経ちます。
その間ずーっと思っていることがあります。
事故の数日前、私と主人は買い物に行き、喧嘩をして帰ってきました。
原因は、5年後に母と一緒に住むと言う約束に関して。
主人は引越した九州での生活をとても気に入り「5年後にこの生活を捨てるのか!」と言いました。
母は、私たちが九州へ引っ越すときに、本当に5年後に一緒に住めるのかをとても気にしていました。「5年で帰ってこられないかもね」と何度も私に言い、
私が「帰ってくるから大丈夫」というと安心していました。
私も、九州での新しい生活は気に入っています。
でも、母との約束も守りたい。
そのためにどうしたらいいのか、それを考えようと主人に言いました。
「健康の面でも、お金の面でも、なんの心配もない母を今心配する必要はない、
新しい生活を5年後にやめて東京に戻ることは考えられない。」
主人の意見は理解できます。
母は、いつも人の心配ばかりしていますが、みんな母のことは心配ないと思っていましたから。
だからこそ、さびしい思いをしている母との約束を私は守りたい。
こんな喧嘩をしながら帰ってきた私たちを、母は心配していました。
そして事故の前日、また二人で買い物に行こうとすると「喧嘩しないで帰ってきなさい」と一言。
私には余計な一言に聞こえました。
そして次の日の朝。いつも通り、朝起きる時間には母は家にいません。
そして、私が家を出る時間にも帰って来ない母に、
「また余計なことを言われる前に家を出よう」といつもより少し早く家を出てしまいました。
そして…
あのときに、なんでそんな風に思って早く家を出たのか。
なぜ、帰ってこない母を探しに行かなかったのか。
あの時、探しに行っていれば…
後悔しています。
事故を止めることはできなかったでしょうが、少しでも早く病院へ行けたはず。
病院で一瞬だけ意識が戻ったその瞬間に立ち会えたかもしれない。
そのときに言った自分の名前と年齢を聞けたかもしれない。
もう一度、声を聞きたい。
声を聞きたい。
この1ヶ月、母の写真を見ながら、ずーっとそう思っています。
その間ずーっと思っていることがあります。
事故の数日前、私と主人は買い物に行き、喧嘩をして帰ってきました。
原因は、5年後に母と一緒に住むと言う約束に関して。
主人は引越した九州での生活をとても気に入り「5年後にこの生活を捨てるのか!」と言いました。
母は、私たちが九州へ引っ越すときに、本当に5年後に一緒に住めるのかをとても気にしていました。「5年で帰ってこられないかもね」と何度も私に言い、
私が「帰ってくるから大丈夫」というと安心していました。
私も、九州での新しい生活は気に入っています。
でも、母との約束も守りたい。
そのためにどうしたらいいのか、それを考えようと主人に言いました。
「健康の面でも、お金の面でも、なんの心配もない母を今心配する必要はない、
新しい生活を5年後にやめて東京に戻ることは考えられない。」
主人の意見は理解できます。
母は、いつも人の心配ばかりしていますが、みんな母のことは心配ないと思っていましたから。
だからこそ、さびしい思いをしている母との約束を私は守りたい。
こんな喧嘩をしながら帰ってきた私たちを、母は心配していました。
そして事故の前日、また二人で買い物に行こうとすると「喧嘩しないで帰ってきなさい」と一言。
私には余計な一言に聞こえました。
そして次の日の朝。いつも通り、朝起きる時間には母は家にいません。
そして、私が家を出る時間にも帰って来ない母に、
「また余計なことを言われる前に家を出よう」といつもより少し早く家を出てしまいました。
そして…
あのときに、なんでそんな風に思って早く家を出たのか。
なぜ、帰ってこない母を探しに行かなかったのか。
あの時、探しに行っていれば…
後悔しています。
事故を止めることはできなかったでしょうが、少しでも早く病院へ行けたはず。
病院で一瞬だけ意識が戻ったその瞬間に立ち会えたかもしれない。
そのときに言った自分の名前と年齢を聞けたかもしれない。
もう一度、声を聞きたい。
声を聞きたい。
この1ヶ月、母の写真を見ながら、ずーっとそう思っています。
九州に引越して一ヶ月、用事がありしばらく実家にお邪魔することになりました。
九州へ引っ越すことを決めたとき、絶対に反対するだろうと思った母が
「後悔のないように好きなことをして来なさい」と誰よりも理解してくれたこと、
そして、「5年後に戻ってくるから、そしたら一緒に住もうね」と言った約束を
本当に楽しみに、少しさびしくも快く九州へ私たちを送り出してくれました。
一ヶ月の田舎生活を写真を見ながら楽しそうに聞き、「春は桜がきれいなのね」などと、
姪っ子2人の春休みに一緒に遊びに計画を立てていました。
しかし、突然の事故で帰らぬ人に……
早朝のことでした。
毎朝の日課としていた、近所の神社の掃除へ向かう途中のことでした。
朝、いつもの時間に戻ってこないことにちょっと違和感を感じながら、
「ご近所の人とおしゃべりでもしてるかな?」と出かけ、夜に帰ってきても
母が家に戻った形跡がなく、家族に連絡をしている時でした。
「うちに警察から留守電が入っている、事故にあったらしい」
姉からの電話に急いで近くの交番へ行き、母が運ばれたと言う病院を教えてもらい電話をしました。
「○○病院 ICU担当の△△です」
……ICU?
「すぐに来られますか?できるだけ早く来てください」
……どうなってるの?
わけもわからず、とにかく病院へ。
そこには、何本ものチューブや点滴でつながれた母がいました。
医者からの説明では、救命の手段なし、とのこと。
ただただ、心臓が止まるのを待つのみと…
携帯も持たず、家の鍵といつも聞いているラジオのみを携帯していたため、
身元がわからず連絡ができなかったと聞きました。
事故現場は家のすぐ近く。
そんなところで母が事故にあっていることも知らず、出かけてしまった。
何で、朝帰ってこない時点で探しに行かなかったのか。
携帯だけでも持って出かけてくれていたら。
神様のために神社の掃除をしていた母が、どうしてこんなことに。
そんなことを思いながら、毎日モニターの心拍数を眺め、
1週間病院に泊り込み、その間に色々な手続きや保険会社、警察とのやりとり。
そして、最後の日。
朝から、もう動かないはずの体を何度も動かし、状態が悪いなりにも安定していたため、
家に一度戻ろうと思いながら、なんとなく帰ってはいけないような気がしたので
看護師さんに「帰っても大丈夫ですか」と聞くと、帰らないほうがよいとの答え。
その1時間後でした。
急激に心拍が落ち、あっという間に心臓が止まりました。
ただ、すぐに止まってもおかしくないと言われた心臓は1週間動き、
最後の最後までがんばってくれたので、家族みんな心の準備をできたと思います。
今でも、もう母がいないことが信じられずにいますが、もう声を聞くことができないと思うと、
やはりいないのだと実感します。
事故にあう前にしたたくさんの約束、本当はどれもすぐにでもしてあげられたのに。
と後悔でいっぱいですが、最後にそんなことをたくさん話す時間が持てたこと、
感謝しています。ありがとうございました。
今も、病院で聞いた母の心拍音が耳に残って離れません。
九州へ引っ越すことを決めたとき、絶対に反対するだろうと思った母が
「後悔のないように好きなことをして来なさい」と誰よりも理解してくれたこと、
そして、「5年後に戻ってくるから、そしたら一緒に住もうね」と言った約束を
本当に楽しみに、少しさびしくも快く九州へ私たちを送り出してくれました。
一ヶ月の田舎生活を写真を見ながら楽しそうに聞き、「春は桜がきれいなのね」などと、
姪っ子2人の春休みに一緒に遊びに計画を立てていました。
しかし、突然の事故で帰らぬ人に……
早朝のことでした。
毎朝の日課としていた、近所の神社の掃除へ向かう途中のことでした。
朝、いつもの時間に戻ってこないことにちょっと違和感を感じながら、
「ご近所の人とおしゃべりでもしてるかな?」と出かけ、夜に帰ってきても
母が家に戻った形跡がなく、家族に連絡をしている時でした。
「うちに警察から留守電が入っている、事故にあったらしい」
姉からの電話に急いで近くの交番へ行き、母が運ばれたと言う病院を教えてもらい電話をしました。
「○○病院 ICU担当の△△です」
……ICU?
「すぐに来られますか?できるだけ早く来てください」
……どうなってるの?
わけもわからず、とにかく病院へ。
そこには、何本ものチューブや点滴でつながれた母がいました。
医者からの説明では、救命の手段なし、とのこと。
ただただ、心臓が止まるのを待つのみと…
携帯も持たず、家の鍵といつも聞いているラジオのみを携帯していたため、
身元がわからず連絡ができなかったと聞きました。
事故現場は家のすぐ近く。
そんなところで母が事故にあっていることも知らず、出かけてしまった。
何で、朝帰ってこない時点で探しに行かなかったのか。
携帯だけでも持って出かけてくれていたら。
神様のために神社の掃除をしていた母が、どうしてこんなことに。
そんなことを思いながら、毎日モニターの心拍数を眺め、
1週間病院に泊り込み、その間に色々な手続きや保険会社、警察とのやりとり。
そして、最後の日。
朝から、もう動かないはずの体を何度も動かし、状態が悪いなりにも安定していたため、
家に一度戻ろうと思いながら、なんとなく帰ってはいけないような気がしたので
看護師さんに「帰っても大丈夫ですか」と聞くと、帰らないほうがよいとの答え。
その1時間後でした。
急激に心拍が落ち、あっという間に心臓が止まりました。
ただ、すぐに止まってもおかしくないと言われた心臓は1週間動き、
最後の最後までがんばってくれたので、家族みんな心の準備をできたと思います。
今でも、もう母がいないことが信じられずにいますが、もう声を聞くことができないと思うと、
やはりいないのだと実感します。
事故にあう前にしたたくさんの約束、本当はどれもすぐにでもしてあげられたのに。
と後悔でいっぱいですが、最後にそんなことをたくさん話す時間が持てたこと、
感謝しています。ありがとうございました。
今も、病院で聞いた母の心拍音が耳に残って離れません。
東京を離れ、遠く九州で生活をしようと思った理由。
外国人の伴侶を持つということは、日本で生活する上で、
全てのことが日本人の私にかかってきます。
役所の手続き、旅行の予約など複雑なものはもちろん、
買い物、家事……
んー、おかしい!
日本語がうまくなくても、すべて自分でやっている外国の人はたくさんいるのに。
ずっと、言葉の問題だと思ってやっていたことが、気がつけば、
本当はできることまでやってしまい、変な甘えを生んでいました。
自分でやれることはやってほしい、なんで私だけがやらなければならないのか?
返事は「日本語がわからない」「仕事で疲れているから」「何でもいいから」
そこで一念発起!会社も辞め田舎へ引っ越すことを決めました。
これで、仕事で疲れているとは言えないぞ!自分のことは自分でやらなければ
死んでしまうぞ!誰もいないのだから、いやでも二人で協力しなければ生きていけないぞ!
というわけです。
私の母はとても父のために色々としてあげる人でしたが、
いつしかそれが当たり前になり、感謝されないこといつも嘆いていました。
「そこまでしなければいいじゃん!」と言っても何かをせずにはいられない人でした。
でも、私はそういう夫婦になりたくなかった。
誰かが自分のために何かをしてくれることは決して当たり前ではない。
誰かに何かをしてもらうのは当たり前ではない。
夫婦だからこそ、他人以上に相手に心配りをし、思いやるものと思います。
夫婦で生活をしながら、一人でいるような寂しさを感じてしまう前に、
協力しなければ生活できない、会社もいいわけにできない環境へ飛び込んでしまいました。
外国人の伴侶を持つということは、日本で生活する上で、
全てのことが日本人の私にかかってきます。
役所の手続き、旅行の予約など複雑なものはもちろん、
買い物、家事……
んー、おかしい!
日本語がうまくなくても、すべて自分でやっている外国の人はたくさんいるのに。
ずっと、言葉の問題だと思ってやっていたことが、気がつけば、
本当はできることまでやってしまい、変な甘えを生んでいました。
自分でやれることはやってほしい、なんで私だけがやらなければならないのか?
返事は「日本語がわからない」「仕事で疲れているから」「何でもいいから」
そこで一念発起!会社も辞め田舎へ引っ越すことを決めました。
これで、仕事で疲れているとは言えないぞ!自分のことは自分でやらなければ
死んでしまうぞ!誰もいないのだから、いやでも二人で協力しなければ生きていけないぞ!
というわけです。
私の母はとても父のために色々としてあげる人でしたが、
いつしかそれが当たり前になり、感謝されないこといつも嘆いていました。
「そこまでしなければいいじゃん!」と言っても何かをせずにはいられない人でした。
でも、私はそういう夫婦になりたくなかった。
誰かが自分のために何かをしてくれることは決して当たり前ではない。
誰かに何かをしてもらうのは当たり前ではない。
夫婦だからこそ、他人以上に相手に心配りをし、思いやるものと思います。
夫婦で生活をしながら、一人でいるような寂しさを感じてしまう前に、
協力しなければ生活できない、会社もいいわけにできない環境へ飛び込んでしまいました。
引越しの日、がんばって荷作りをした部屋を見た業者さんが
「すべてダンボールに入れないと運べません」と一言。
今まで、近所への引越ししか経験のない私たちは、
ちょっとしたものは箱に入れずに、家にあるかごなどに入れていたのですが、
当日にNGが出てしまい、急遽運び出しと同時に荷作りをやり直す、
というハードな状態になってしまいました。
今回の引越しはとにかく安くするということで、混載便を使用したのですが、
他の人の荷物と混ざってしまうことを防ぐため、すべての箱に名前のシールを貼るため、
箱に入れなければ運べないというのです。
がーん。
それでなくても荷物がのるかハラハラしていたのに、かごやボトルなどを箱につめ、
かさばった荷物をみて暫し呆然としてしまいました。
なんとか必要なものは載り、まっいいか、という何点かを残しトラックは出発。
すっかり疲れてしまったのと、安心したので、おなかがすきご飯を食べに行き、
家に戻ってから部屋の最終チェックをすると・・・・・
衣装ケースが2つ、押入れの中にひっそりと忘れられて残っておりました。
急いで業者に連絡をすると、翌日に取りに来てくださり、
無事に運んでいただけました。
「すべてダンボールに入れないと運べません」と一言。
今まで、近所への引越ししか経験のない私たちは、
ちょっとしたものは箱に入れずに、家にあるかごなどに入れていたのですが、
当日にNGが出てしまい、急遽運び出しと同時に荷作りをやり直す、
というハードな状態になってしまいました。
今回の引越しはとにかく安くするということで、混載便を使用したのですが、
他の人の荷物と混ざってしまうことを防ぐため、すべての箱に名前のシールを貼るため、
箱に入れなければ運べないというのです。
がーん。
それでなくても荷物がのるかハラハラしていたのに、かごやボトルなどを箱につめ、
かさばった荷物をみて暫し呆然としてしまいました。
なんとか必要なものは載り、まっいいか、という何点かを残しトラックは出発。
すっかり疲れてしまったのと、安心したので、おなかがすきご飯を食べに行き、
家に戻ってから部屋の最終チェックをすると・・・・・
衣装ケースが2つ、押入れの中にひっそりと忘れられて残っておりました。
急いで業者に連絡をすると、翌日に取りに来てくださり、
無事に運んでいただけました。
引越し後バタバタとし、気がつけば結構な時間が過ぎてしまいました。
ネットも無事開通し、やっと再開となりました。
しばらくの間、この2ヶ月の出来事を中心にご報告をしていきたいと思います。
乞うご期待!
ネットも無事開通し、やっと再開となりました。
しばらくの間、この2ヶ月の出来事を中心にご報告をしていきたいと思います。
乞うご期待!
明日、いよいよ荷物の運び出しです。
この一週間、銀行に行き、税務署に行き、役所に行き、
ネット、電気、ガス、水道、カードの手続きをし、
会員になっている色々な会社の登録変更をし、
大忙しでした。
前に引越しをしたときにも、同じような手続きをしたはずなのですが、
東京→東京と東京→九州で、ここまで手続きが大変になるのか…
へとへとです。
結局、ネットの解約は今月末に間に合わず、来月末の解約と一ヶ月無駄になり、
新たなネットの加入は、思った以上に時間がかかり、約一ヵ月後の開通となりそうです。
こんな感じにばたばたと日々が過ぎ、気がつくと明日。
引越しをする実感が全くわかないまま、引越しとなってしまいました。
田舎で自然に囲まれて暮らすにあたり、プラスチックを排除したくなり、
集中してプラスチックを捨てました。
が、無事に車に荷物は乗り切るのでしょうか…
問題なく引越しが終わることを祈ります。
そして、ネットが使えるまで、しばしお休みします。
開通次第、再開します!
この一週間、銀行に行き、税務署に行き、役所に行き、
ネット、電気、ガス、水道、カードの手続きをし、
会員になっている色々な会社の登録変更をし、
大忙しでした。
前に引越しをしたときにも、同じような手続きをしたはずなのですが、
東京→東京と東京→九州で、ここまで手続きが大変になるのか…
へとへとです。
結局、ネットの解約は今月末に間に合わず、来月末の解約と一ヶ月無駄になり、
新たなネットの加入は、思った以上に時間がかかり、約一ヵ月後の開通となりそうです。
こんな感じにばたばたと日々が過ぎ、気がつくと明日。
引越しをする実感が全くわかないまま、引越しとなってしまいました。
田舎で自然に囲まれて暮らすにあたり、プラスチックを排除したくなり、
集中してプラスチックを捨てました。
が、無事に車に荷物は乗り切るのでしょうか…
問題なく引越しが終わることを祈ります。
そして、ネットが使えるまで、しばしお休みします。
開通次第、再開します!
今日は不用品の処分の日。
家まで出張買取に来てくれる業者さんをやっと探し、
いらなくて売れそうなものを見ていただきました。
本棚
ダイニングセット
ソファー
加湿器
空気清浄機
アイロン
体重計
DVD
洋服山盛り
ガスコンロ
電気スタンド
ガスファンヒーター
そのほか色々
その気になれば、なくても困らないものがこんなにいっぱいありました。
一番大きくて処分に困るソファーとダイニングセットはやはり売れず…
えっ、これ10円!
これは買ってもらえないの…
ただでもらったものがちょっと高かった、ラッキー☆
結構高い服もいっぱいあったのに… 洋服だけでも他に売れば良かったかな…
などと思いながら、売れたお金でお寿司を食べに行きました。
ご馳走様!
明日は、売れ残ったものを他のお店で売ってきます。
家まで出張買取に来てくれる業者さんをやっと探し、
いらなくて売れそうなものを見ていただきました。
本棚
ダイニングセット
ソファー
加湿器
空気清浄機
アイロン
体重計
DVD
洋服山盛り
ガスコンロ
電気スタンド
ガスファンヒーター
そのほか色々
その気になれば、なくても困らないものがこんなにいっぱいありました。
一番大きくて処分に困るソファーとダイニングセットはやはり売れず…
えっ、これ10円!
これは買ってもらえないの…
ただでもらったものがちょっと高かった、ラッキー☆
結構高い服もいっぱいあったのに… 洋服だけでも他に売れば良かったかな…
などと思いながら、売れたお金でお寿司を食べに行きました。
ご馳走様!
明日は、売れ残ったものを他のお店で売ってきます。
引越しのために、訪問で料金の見積もりをお願いしました。
訪問に来たのは1日で5社
A社 8:30~
B社 9:00~
C社 10:00~
D社 11:00~
E社 14:00~
うまく時間の調整ができたため、早く終わりました。
今回は、長距離での引越しだったので、サービスよりとにかく値段重視。
C・D・E社は業界大手だったため、高いことは見積もる前からわかっていました。
そのため、最初の2社に期待!
A社:引越しの荷物や日程の希望などを確認し「金額は後で電話します」とのこと。
今までの引っ越しでは、即決即決と結構しつこいことが多かったので、このあっさり感にびっくり。
B社:8月31日運び出し→9月6日運び入れ。
不用品処分(洗濯機・PC・電子レンジ・TV)
2tロングの手配をし、乗り切らない荷物は別途宅配便(自己負担)
上記内容で、税込み11万とのこと。
こちらは、やはり即決を迫られました。
結構安い金額が出たので、A社もここまで安くはできないだろうと思い
即決をしました。
その後、A社担当者から連絡があり、B社の内容を聞いた上で、
「4日運び入れ、3t車手配で不用品処理を含め同じ金額で」どうでしょう?
ん~、いい条件です。
そこで、回答までの時間をいただき、B社担当者へ。
「A社から、もっといい条件が出てしまいました」と。
B社の担当者曰く、正直3t車は高いためA社と同じ条件は難しい……
今回は値段重視のため、ここで勝負を投げられては困ります!
「荷物を減らしたいから、3tじゃなくてもいんですが」
と言うと、3t車手配は難しい代わりに、値段を下げます!
結局9万になりました。
A社もB社も、ネットでの口コミはいいものもあれば、悪いものもあり。
そのため、最悪の担当に当たっても大丈夫なようにしっかり荷造りをすることとし、
今回の目的「できるだけ安く」は、達成できたかな。
がんばればもう少しいい条件が搾り出せた感もありますが、ほどほどに。
ひとまず成功です。後は、当日、いい作業員に当たることを願います。
あってないような引越し料金、下げてもらわないと損ですね。
訪問に来たのは1日で5社
A社 8:30~
B社 9:00~
C社 10:00~
D社 11:00~
E社 14:00~
うまく時間の調整ができたため、早く終わりました。
今回は、長距離での引越しだったので、サービスよりとにかく値段重視。
C・D・E社は業界大手だったため、高いことは見積もる前からわかっていました。
そのため、最初の2社に期待!
A社:引越しの荷物や日程の希望などを確認し「金額は後で電話します」とのこと。
今までの引っ越しでは、即決即決と結構しつこいことが多かったので、このあっさり感にびっくり。
B社:8月31日運び出し→9月6日運び入れ。
不用品処分(洗濯機・PC・電子レンジ・TV)
2tロングの手配をし、乗り切らない荷物は別途宅配便(自己負担)
上記内容で、税込み11万とのこと。
こちらは、やはり即決を迫られました。
結構安い金額が出たので、A社もここまで安くはできないだろうと思い
即決をしました。
その後、A社担当者から連絡があり、B社の内容を聞いた上で、
「4日運び入れ、3t車手配で不用品処理を含め同じ金額で」どうでしょう?
ん~、いい条件です。
そこで、回答までの時間をいただき、B社担当者へ。
「A社から、もっといい条件が出てしまいました」と。
B社の担当者曰く、正直3t車は高いためA社と同じ条件は難しい……
今回は値段重視のため、ここで勝負を投げられては困ります!
「荷物を減らしたいから、3tじゃなくてもいんですが」
と言うと、3t車手配は難しい代わりに、値段を下げます!
結局9万になりました。
A社もB社も、ネットでの口コミはいいものもあれば、悪いものもあり。
そのため、最悪の担当に当たっても大丈夫なようにしっかり荷造りをすることとし、
今回の目的「できるだけ安く」は、達成できたかな。
がんばればもう少しいい条件が搾り出せた感もありますが、ほどほどに。
ひとまず成功です。後は、当日、いい作業員に当たることを願います。
あってないような引越し料金、下げてもらわないと損ですね。
