羽生結弦✖️米津玄師YouTube対談の後編です。
羽生:この子(曲)に魂を乗せるには、覚悟が必要でした。
コーチが手を離した瞬間から、(選手に)手を触れることができない。それこそ矢のように。何もできない、ただ押すしかできない。
フィギュアっぽいな。
イントロを聴いた時、リンクの真ん中で孤独から立ち上がっていく姿が浮かんで、「イントロはスピンだな」と。でもスピン4回は(SPには)ダメ。で、ツイヅルにした。
開始50秒で最初のジャンプというのも、ちょっと異常。でも、1発目のジャンプはあそこで飛ばなきゃ。
最後のポーズは、「いのりのポーズ」と思ったけど、だんだん変わっていきました。
米津:「羽生結弦」でいて欲しい。
羽生:誰のイメージで?司なのか?いのりなのか?夜鷹っぽくするのかと思ったら、「羽生でいて下さい」。羽生でいくのが一番難しいんだよなぁああ!
米津:夜鷹は、キャラは違うけれど、立ち位置的には似ていますね。
羽生:中身、冷酷なところが有るっちゃ、有ります。
平昌では、「不幸ポイントを貯める」という作業をしていたし。
不幸と幸福プラマイゼロだ、って。
米津:やればやるほど、幸福に近づいていく?マイナスがあればある程?
羽生:幸せって、マイナスがあるから幸せって気がつけるし、
濃密な時間を過ごしてきて、「こんなに応援してもらえる奴って、いないじゃん?感謝しながら生きなきゃいけない」って。
マイナスって悪いことばかりじゃない。
「犠牲を払えば」って分かる。
綺麗ごと言いたい時もある。
米津:自分もそれ(楽曲)につきっきりになる。
「かわいそう」と言われるが、自分は幸せ。犠牲にして生きているように見えても。
羽生:競技者として生きていて、こういう価値観を普通に共有できる相手がいない。何かを求めて、しがみつく。「性分(さが)」なんだろうな、「生きている」という実感が湧く。
米津:子供の頃は絵を描いていた。
「幸せと犠牲」楽しんでやるために、ものすごく締めている。
羽生:それが、米津さんと自分が共通してる。一つのことに対して選ぶという選択肢がない。「そこに必死にしがみつく」
4歳からスケートをやっていて、5〜6歳の頃、「やめなさい」と言われた。
「スケートをやれないんなら、生きている証がない」
強迫観念のように、氷上に立てなくなったら自分という存在の証明が出来ない。
米津:「自分が諦めてしまったら、もうそこまで」という感覚が強くある。もちろん自分は楽しいですけどね。
羽生:観てくれる人が「感動した」「カッコいい」と言ってくれると嬉しい。身を削って良かったな、と。
米津:自分にとっては、POPソングが不特定多数に届いて欲しい。ニュートラルに届いて欲しい、なるべくフラットに。
羽生:振り付けをする時に、「万人受け」するものがあるけど、それは100%狙うけど、そこに自分しか出来ないものを入れたい。「届けたい」思いがある。
米津:分かります。50対50なら良いけれど、難しい。いつも思いながら、曲を作っています。
羽生くん、米津玄師さん、素敵な対談をありがとうございました![]()

↓chocolatuさま、感謝してお借りします🙏
めざに米津さんと羽生くん対談・*:.。. .。.:*・゜゚・*#YuzuruHanyu pic.twitter.com/VBpa9nHdCF
— chocolattt (@luvchocolattt) 2025年3月13日
前編
今日も羽生くんを全力応援!ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

