(続き)

 

事情がわからないので、よく聞いてみたら、こういうことらしい。

 

看護婦がやってきたが、ピンポンしても開かない。

何か中で声がするので母がいることはわかった。

しかしドアが開かない。

母が混乱している声がする。

看護婦さんは何かあったんじゃないかと、焦って父とケアマネージャーに連絡したらしい。

当然自分にもかけてきたのではないかと思うが、自分は看護婦には自分の携帯番号を教えていなかったと思う、

なので通知が来なかった。

 

要するに、母が玄関の鍵を開けようとしたがうまくいかず、転んでしまったらしい。

自分が外出する際に鍵をかけず、開けておけばよかったのだ、すぐ看護婦が来ることになっていたから。

 

母が転んだ際に怪我などなかったのが不幸中の幸い。

 

看護婦がしきりにキーボックス、キーボックスと言っているが、何のことかよくわからなかったんだけど、コレ↓のことらしい。

 

看護婦は楽天で検索してというけれど、自分はアマゾン派なのでそちらで検索。

鍵を入れて暗証番号設定すればいいらしい。

 

勝手口の鍵の在処を知らなかったのだが、母がいそいそと立ち上がって、キッチンの向かって真ん中の引き戸から取り出した。

 

看護婦とケアマネが帰ってから、父と母と自分でこの物体をいじり回し、暗証番号を設定して、自分が勝手口の所定の場所に引っ掛けた。

 

これでひとまず安心・・・

と思いきや、そうはいかなかった。

 

(続く)

(大分空いてしまいました。続きです)

 

歯医者を予約していた。

その日は母が定期的に通うデイサービスの日ではなかった。

看護婦が来る予定になっていたので、自分が出かけたら間もなく看護婦が来る、ちょっとの間一人になるけど大丈夫だよね、

と母に念をおして出かけた。

母は聞いているのかいないのか、うんうんと頷いていたので、たぶん構わないだろうと思っていた。

 

虫歯はないので、いつも通り歯の歯垢を取る。

歯科衛生士がごしごしごしごし、念入りに磨くのはいつもと変わらない。

医師のアドバイスを受けて、ありがとうを伝えて帰りのバスの時間を確認する。

自分は出先ではほとんどスマホを見ない。リュックの中に入れて、通知があればバイブで教えてくれるから、と考えていて、

スマホ中毒を避けるようにしている。

母はひとりで大丈夫かな、はやく帰らなきゃ、と思っていたのは確かだ。

 

・・・なのだが。

 

帰宅してみたら、出勤しているはずの父の車がある。

あれ? おかしいな、今日早退なのかな、と首を傾げながらドアを開ける。

 

女性ものの靴がふたつ、

 

えっ???まさか!

 

急いでリビングへ。

 

2階から慌ただしく父が出ていく。

 

リビングには看護婦とキャリアマネージャーが。母は大人しく座っている。

 

(続く)

 

 

目覚まし時計で起こされ、階下へ。
母は介護用ベッドに、父はその横で座敷に布団で寝ている。母は夜中にひとりでトイレに行くことが出来ないので、父が添い寝をしている。
二階の自室まで物音が聞こえないが、夜中にトイレに行くと、たまに階下で煌々と明かりがついていることがあった。
母は着替えをひとりでは出来ない。父もしくは自分がゆっくり、時間をかけて手伝う。パジャマを脱いで、ズボンを履く。ズボンが一苦労だ、脱ぐのに時間がかかり、履くのにも大変。体温が高いらしく、寒くなってもシャツと上着だけ、お気に入りの赤のフリースを羽織る。トイレか洗面所に顔を洗いにくかしているうちに、ようやく朝ごはんの準備に取り掛かる。いつまで経っても洗面所から離れないので覗いてみたら、ずっと洗面台をごしごしごしごし磨いていたので声をかけてダイニングの定位置に座らせたりした。
食は細い。いつも少なめにご飯を盛るのだが、大体において残すので、自分の昼ご飯になる。認知症とまでは行かないと思うが、日にちとか曜日を間違える。毎日リハビリに行く水曜日だと勘違いしている。数独を好んでやっていたがしなくなり、お薬に日付を書いたりして過ごす。父は午前中仕事に行っているので、自分が自室からパソコンとスマホを持ち出して母がトイレに行ったりするのを手伝うようにしていたが、それでも2,3度大変なことがあったのだが、その話はまた次回。

リハビリに行く日は母がケアスタッフに引き摺られるようにして出かけるので、自分もいそいそ外出の予定を組む。
そのうちずっと母を見張っていなくても大丈夫ではないかと油断して母を残して外出するようになったのだが、それがいけなかった。

(続く)
 

大変だったのは

 

1.トイレに行くとき
定位置の可動式椅子から歩行器に移動してトイレまで、というのが、上手くいくときはすんなり移動できるのだが、十中八九上手く行かない。
時には父が
「おいっちに、おいっちに」
と掛け声出して両手を引っ張っていく。
自分が担当のときは甘えてしまうのか、上手く行かないことが多い、時には可動式椅子をずるずる引っ張って、という時も。
トイレに入ってからがまた一苦労、介護用パンツを履き替えたりする。局部が丸見えだが懸命にやっているので気にしない、気にならない。

2.お風呂
これもまた大変である。
週二回通っているリハビリで付き添われながらお風呂出来るので有り難い、母もさっぱりして帰って来ることがあった。
問題は週に一度自宅のお風呂を使うとき。
母は恥ずかしいらしく、息子には裸を見せたがらない。脱衣所から先は父が付き添う。浴槽の掃除は自分の役目、お湯を貯めるのも。
母の全裸を見てしまう、父と母が騒ぎながら着替えているときに。がりがりに痩せて骨格見本のような後ろ姿を見てしまいいたたまれなくなる。

時間をかけたといえば、服の着替え。
毎日の起床、寝る前も、大変だった。

(続く)


 

父、私、妹、揃って病院へ向かう。
父は一階で精算の手続き。私と妹は7階の母の病室へ迎えに。
母はすでに着替えており、病室のお隣さんとお話中。くつろいでいる様子にひとまず安心。
忘れ物がないか引き出しなどを確認し、バッグを持つ。母は一階までは車椅子、妹と看護婦が見守る。なるべくひとりで、と言明されているので杖をついてゆっくり車まで。乗り込むのはひとりでは難しい、両方で支える。
自分のパソコン前に使っていた椅子が高さ、可動などの面で母に適しているというのでえっちらおっちら二階から降ろしてある。以降、ほとんどその椅子から動かなくなった。

我が家は長く認知症だったお祖母様や足の悪かった母の兄の面倒を見てきた。いずれも要介護ホームだったり老人ホームへ入居して毎日、もしくは週一で面会に、という形だった。なので家で介護する、というのははじめてであり、玄関から廊下から介護用ベッドまでの写真を撮り、病院に確認してもらいこれなら、ということで自宅での介護が許可になった。あとは

1.週一の看護婦との体操、気分が良ければ玄関を出て公道まで歩くことも
2.ケアマネージャーと月間予定を組む、日々の記録をお話する
3.リハビリの出来る病院附属施設に週二で通う

というのが母の日課になった。

(続く)