<健康改善実践編 祐徳稲荷神社病気平癒>

 

退院したのはいいけれど、また母からの遺産を削らねばならなくなった。

 

何か緊急時の出費などが嵩んで、大分使ってしまった。

 

個室から出た通路で、部長がベッドやサイドテーブルの整理をしていた。

 

看護師というより、肉体労働向きでは。

 

 

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家に戻り、普段通りを心がける。

 

ウォーキングにも行くけれど、上り坂は心臓に応えるので、コースを変えた。

 

緩やかな坂道の奥に、小さな祠がある。

 

さらに登って、川沿いを下るコース。

 

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ゆっくり過ごしたゴールデンウィーク後の、平日。

 

2026年に入って二度も入院してしまったので、何とかしたい、という思いが強くあった。

 

色々検索して、温泉か神社に、という気持ちに。

 

病気平癒、これだ、と思った。

 

調べるとたくさん出てくる。

 

近場より、ちょっと遠く、と決めたのが、祐徳稲荷神社だった。

 

祐徳稲荷神社公式サイト

 

 

何度か行ったことがあるのだが、駐車場がよく分からず、手前の従業員用と思しきところに停めてしまった。

 

一般の駐車場に移動し、細長い参道を進む。

 

参道は三が日などは非常に賑わい、参拝客で身動き出来ないほどだが、当日は人影もまばら、開いている店も少ない。

 

自分の前を東南アジア系の、背の高い若者が、店を物色している。

 

タンクトップの腕には刺青がびっしり。

 

参拝、というより観光に来た、みたいな感じで、実際キャラクターグッズのお店で立ち止まっていた。

 

タイだかベトナムだか、祐徳稲荷を舞台にした特番があったようで、その関連の観光客か、と思った。

 

本堂を参拝。

 

階段はきつい。

 

少し休んで、今回の目的である社務所に立ち寄った。

 

御朱印帳目当ての客が並んでいるのでちょっと様子見。

 

ようやく自分の番が。

 

病気平癒のお祓いの申し込みをする。

 

(続く)

 

 

 

 

<再々入院⑥>

 

(続き)

 

個室に移ってからは、毎日のようにリハビリ室で他の患者さんと一緒に30分程度のリハビリプログラムが組み込まれた。

 

毎日のように廊下をぐるっと一周するようになっていたので、歩きも苦痛ではないが、リハビリ室までは

 

迷路のようになっているので道順が覚えられない、車椅子に乗せられて向かう。

 

首の上下運動、足の運動、椅子の背に掴まってアキレス腱、ビデオを見ながら体操する。

 

その後で余裕があればマシンを利用して足漕ぎをする。

 

体を動かすのが楽しい。

 

終わったら顔見知りのお兄さんが肩にタオルをかけてくれたりする。

 

 

その時間は父が病院に顔を見せてくれるのにバッティングすることがあり、父とあまり話をする時間がなかったりする。

 

 

そうしているうちに、予定の退院日を過ぎても、一向に声が掛からない。

 

甲状腺がどうのこうのという理由らしいが、別段症状はない。

 

埒が空かないので、見回りに来る課長を名乗るいかにも優秀そうな女性スタッフに、

 

「いつになったら退院できますか」

 

と聞いてみた。

 

課長は少し驚いたようだが、担当医に話してくれたようだ。

 

担当医に横になるように指示され、体温やら脈やら念入りに診察する。

 

 

ゴールデンウィークの直前、4月27日に退院が決まった。

 

(続く)

<再々入院④>

 

(続き)

 

個室に移ったら、がらりと看護婦が変わっていた。

 

顔見知りのリハビリスタッフのお兄さんが声を掛けてくれて、回廊をぐるっと廻る歩行に誘ってくれる。

 

ゆっくり歩く。

 

窓際に誘われてストレッチ。

 

明日からはひとりでも歩いて良い、という許可をもらった。

 

以後はひとりで歩行を試みた。

 

12階に位置するので眺めがとても良い。

 

 

しばらくは安定していた、のだが。

 

採血、心電図、レントゲンを時折受けるうちに、

 

「甲状腺ホルモンの数値が下がっているのでお薬を出しておきます」

 

と耳元で囁いて、メッセンジャーみたいな感じでささっと出ていく医師が。

 

甲状腺ホルモン?

 

首の辺りにある、小さな臓器である。

 

この数値が低い、と言われ、それが原因で心臓に負担がかかっている、らしい。

 

退院間近と思っていたのが延び延びになった。

 

しかしいわゆる「甲状腺ホルモン低下症」とは微妙に違う。

 

確かに寒気はあるのだけれど、むくみや橋本病のような症状とまではいかない感じがする。

 

薬がまた増えてしまって、おまけにその薬は苦い。

 

いつになったら甲状腺の数値が安定するのか分からなくなり、ゴールデンウィークも近くなって、退院の日にちが不明になった。

 

(続く)

 

 

<再々入院③>

 

(その②に続く)

 

夜中にトイレに立った。

 

いちいち点滴を外したり血圧を測る(?)機器などを外したりしなければならないので面倒くさい。

 

しかし利尿剤が出ているので、夜中に何回も尿意を催してしまう。

 

おしっこは出るのだが、何となくまだ何かお腹に溜まっている気がする。

 

ベッドに横になるが、どうも眠れない。

 

体の調子がおかしい。

 

起き上がって落ち着けようとするが、依然落ち着かない。

 

たまらなくなって、看護婦を呼ぶブザーを押した。

 

来たのはあいにく部長を名乗るスタッフさん。

 

無理に体を横たえようとするので、やめてくれと口走った。

 

便器に移動して気を落ち着かせようとしたら、とても大きな便が出た。

 

体がようやくすっきりする。

 

ちなみに便の処理は部長さんではなく、女性の看護婦だった。

 

 

やっと体に残っていた不要物を排斥出来たと思いきや、今度は寒気が襲ってきた。

 

体が冷えて眠れなくなり、初夏なのに毛布を追加してもらったりした。

 

 

部長さんの担当ではない時を狙って、看護婦に

 

「ここはとても寒い、体が冷えるので個室に移りたい」

 

と訴えた。

 

 

次の日、やっと個室への移動が決まった。

 

(続く)

 

 

<再々入院②>

 

(続き)

 

国際センターの一夜。

 

何が気に障ったのか覚えていないのだが、夜中に暴れたか叫んだかして、夜勤の看護婦が揃って自分を宥めようとした。

 

眠れない一夜。

 

食事抜き。

 

水だけ。

 

朝になって循環器の入院病棟に移ることになり、車椅子で移動。

 

4人部屋かな、と覚悟していたら、入れられたのはHCU=高度医療病室、だった。

 

カーテンの向こう側では看護婦が付きっきりで患者の世話をしている様子。

 

自分はカーテンで仕切られる様子がないのだけれど、毎日たくさんの看護婦が入れ替わりに入ってくる。

 

栄養剤の点滴、心臓の動き?を看るらしい首から下げる電極、などいくつか繋がれている。

 

自分も意識していたのだが、このときの入院は前回とは違い、症状が相当悪かったのではないか。

 

毎日のように心電図、採血があり、エコー検査などが混じる。

 

ベッドの側には尿瓶が置いてあり、排尿の際は点滴を引き摺って処理する。

 

便は出ない。

 

HCUで過ごした間は食事が食べられず、入院して5日目くらいでの夕食でようやく提供される。

 

久しぶりなのでゆっくり咀嚼。

 

食べられるか不安だったが、完食。

 

 

HCUの入り口のドアは日中ほぼ開けっ放しで、ひっきりなしに看護婦が入ってくる。

 

看護婦の中に、部長を名乗る中年の男性スタッフがいた。

 

 

久しぶりの夕食の夜だったか、よく覚えていないが、その部長さんが夜勤担当の時だった。

 

(続く)