ニューヨークの大人時間

ニューヨークの大人時間

ラジオDJ人生の後半をニューヨークで過ごしています。大人が楽しめる街のあれこれを綴っています

DJ NAOMI|Urban Hype from NYC,
ON AIR SCHEDULE
Fri. 20:00-22:00 on FM NORTH WAVE
Sun 1:30-3:30am on Abema TV
Apps : RADIKO, LISMO WAVE

URBAN HYPE FROM NYC|http://www.djnaomi.com
FM NORTHWAVE| http://www.825.fm

今日は18日ぶりの完全オフでした。

最後の完全オフの日は7月19日のFIFAワールドカップの決勝をFANATICS FESTIVALで観戦した日。

カーボベルデの40歳のゴールキーパー、ヴォジーニャさんに会いに行ったのはもう18日も前のことでした。

なぜそんなに多忙だったかと言いますと。通常のラジオ制作のルーティーンに加え、通訳の仕事、友人に頼まれた猫のシッターや鯉の餌やりと観葉植物の水やりなどがまとめて入ってきたのでした。

18日間のうち、ドジャース戦を観たり、半日オフで友人とお茶するくらいの余裕はありましたけれども。

もっとも経営者の方は一年のうちに数日しか完全オフの日は少ないでしょう。

私の感覚としては長年、休みの間に働く、というのんびりライフが定着しています。

ですのでちょっとした祭り感覚です。

仕事は簡単ではありません。

日本企業が参加する展示会の通訳は拘束時間9時間で休憩の30分ほどを除いてはほぼ
立ちっぱなし。

通訳の内容も企業のビジネス交渉から商品の説明までと案件一つに一ジャンル。

初めてのクライアントの場合は必ず事前に会社や商品について調べる時間も必要。

調べたもののうち使うのはほんの少し。これはラジオで喋るネタを調べるのと一緒です。

ものすごーく脳みそをフル回転させます。

脳みそフル回転➕立ちっぱなし、これを何日もやると体力の消耗も激しい。

毎朝のヨガに加え、夜はストレッチとマッサージが欠かせません。

しかも、緊張感のある仕事を目前にさらなるオファーが友人から。

クイーンズのロングアイランドシティ、通称LICに住む友人のダイアンから彼女と庭を共有している
お隣さんのスーザンが旅に出るのでその間の猫2匹の世話とハウスシッターをしてほしいと。

LICから通訳の現場まで毎日通うのも大変だなあ、と断ろうとしていたところ、今度はダイアンのお母さんが
怪我をしてしまったという。

90代のお母さんの住むアップステートに長期で行かなければならないので庭の鯉の餌やりと、一度で良いから観葉植物の水やりをして欲しいと頼まれました。

わかりました、2軒まとめて面倒を見ましょう。

こういう機会でもなければLICに泊まることもできないのでエアBに泊まる感覚で楽しむことにしよう。

ダイアンの庭は滝が流れ、池には大きな鯉がいます。  

下に動画を載せました。

花が咲き乱れる中にシバ神の像やブッダ像が鎮座し、テラスで食事もできて、まるでバリのリゾートのよう。

マンハッタンから地下鉄で駅一個にこんな暮らしがあるとは想像がつきません。

Trader Joe’sも近いので食事にも困らず。

毎朝朝食はテラスで楽しみました。

こうして充実した朝を迎えながら通訳現場に通いましたさ。

猫たち






一応スマートカジュアル的な洋服なのでスチームアイロンも持参。

展示会やビジネス交渉の場に立ち会うたびに日本のモノづくりの素晴らしさに感動します。

今回は日本の文房具の会社と家具の会社。

文房具も家具も本当に素晴らしい商品なんですよ。

誠実さが商品になったような。

アメリカの文房具マニアの凄さも思い知りました。

日本の椅子もね、みなさん、IKEAとは違いますよ〜w

椅子に住みたいくらいの座り心地よさ(笑)

この会社の椅子はニューヨークの大手の投資銀行のVIPラウンジでも使われているそう。

あとニューヨークのとある有名なところとの大きなプロジェクトも進んでいます。

言えませんけどね〜。ワクワクするわ。

日本から来られた若い担当者の英語のプレゼンにも感動しました。

日本は大丈夫、そう思わせてくれる時間になりました。

満月もありましたね。




さて、18日ぶりの自由。

今日は何もせずゆっくりしたいところでしたが午前中は掃除と洗濯。

午後はゆっくりNetflixを観たり、最近よく観ているメル・ロビンスのポッドキャストをYouTubeで観ながら
ストレッチとマッサージ。

冷凍していた鰻にたっぷりの山椒をかけたのと味噌汁と手作りのキムチ。

デザートはパッションフルーツのシャーベット。

18日間、毎日色んな人に会い続け、喋り続けたので今日はもう声すら出したくない。

マライア・キャリーだってパンデミックで喉を休めたのでまた声が出やすくなった話していました。

休むって大事ですね。

忙しい方は休む勇気を持ちましょう。

今週末はゆっくりするので来週の放送での私の声はマライア並に良い声になっているはずです。

ダイアン宅の庭



今日はお天気が良い日曜日でした。


アパートの玄関を出て1ブロック歩くと


何かが違う。


湿度が低いだけではない。


スッキリするといいますか、日曜日でブランチも混み合っていて人も多いし、レゲエもガンガンかかっているいつものクラウンハイツ。


次のブロックに行くと理由が分かりました。


恒例のゴミ拾いボランティアの日だったのです。



 


私も以前はよく参加していたクラウンハイツ美化運動。


最近は参加していませんでしたがまだ定期的にやっていたのね。


しかしながらこの波動、バイブレーションはただもんじゃない。


単に物理的にゴミが無いから清潔感を感じてるのとは違う、皆の「綺麗にしたい」という気持ちが更に良いバイブレーションを発しているように感じました。


まるで道路が光っているような感じ。


不思議なことに高級な地域だからと言って高いバイブレーションをいつも発しているわけではありません。


業者が仕事で綺麗にしているからでしょうか。


やっぱり人間が思いを込めて綺麗にすることが素晴らしいのだと思います。


FIFAワールドカップで日本人サポーターの清掃が話題となりました。


世界の舞台で清掃するだけではなく、自分の家、地域にもその気持ちで清掃活動をすると家庭も道端も高いバイブレーションを発するかもしれません。





FIFAワールドカップで起きた奇跡に夢中です。

誰もがスペインの圧勝を信じて疑わなかった試合を覆した男。

それが強豪スペインのシュートを27本止めて0-0にした初出場国カーボベルデ cape verdeの40才のゴールキーパー、ヴォジーニャ。









昼間はバスの運転手と電気工をしている。

40才、仕事の掛け持ち、国を代表するGKでスペインのシュートを浴び続け全て止めたヴォジーニャ(おばあさんの意味)。

好きにならざるを得ないでしょう(笑)

わずか人口50万人の島国から世界の舞台に飛び出た彼に世界は注目。

インスタグラムのフォロワーが5万人から10日で1700万人に!

またたくまに大谷翔平超え。

同じポルトガル語を話すブラジルのインフルエンサーがヴォジーニャをフォローするよう拡散したのが始まりだった。

優勝しないにしてもこの時点では間違いなくMVPだ。

トランプ政権下の入国制限で息子の勇姿を見られないと諦めていたヴォジーニャの母はカーボベルデにルーツを持つアメリカの議員と中国人ビジネスマンの助けで無事ウルグアイ戦を観戦することが出来た。

今回の出場国はトランプ政権が渡航を制限したリストに入った国が多数あり関係者やサポーターが入国出来ない事態が起きた。

さきごろ優勝杯を渡すことになったトランプ大統領。
もし入国制限リストの国が優勝した場合、ブーイングは避けられないだろう。

果たしてウルグアイ戦はカーボベルデ奇跡の初&2ゴールで2-2で終わった。

お母さんの涙に私ももらい泣き。

もはやヴォジーニャは時の人、カーボベルデは世界的に有名な国になった。

昨夜はサウジアラビアを0-0に抑え、ウルグアイがスペインに1-0で負けたため、何と奇跡の2位で決勝リーグに出場が決定。



ピンクのジャージがお母さん。なんとFIFAの会長と一緒に写真を撮ることになったのですね。


英語ではCape Verde、ケープベルデと発音しますが、本来はカーボベルデで、昨夜はスペイン語で試合を観ていたらスペイン語はカーボベルデと発音していた。

さあ、カーボベルデ、どこまで頑張れるか。

フラットブッシュにはジャージが売っていました。




日本対ブラジルも「キャプテン翼」を観た世界のファンからも注目が集まっている。

ワールドカップがアメリカ人に与えた影響については別に書こうと思います、

ブルックリンにはカーボベルデ出身の方のカフェがあるので近々行ってみたいな〜😆

今回のラスベガス旅の目的は大好きなメアリーJブライジの

 

初のラスベガスレジデンシー。




 

最後に観たメアリーのツアーは昨年、ブルックリンのバークレーズセンターでキャパは1万7千人以上。

 

今回のレジデンシ~の会場であるドルビーライブは6400人!

 

そう、小さめな会場でグッと近くで見られるのです。

 

過去のレジデンシーで有名だったのはセリーヌ・ディオン、アデル、ブルーノ・マーズなどなど。

 

ちょっと前にはアシャーのレジデンシーも話題となりました。

 

多くの有名アーティストがレジデンシー、つまり滞在しながら何日もライブをするというのです。

 

チケットの値段は日本円で2万円くらいだったかな。


ライブとギャンブルを楽しめるとありカップルも来やすいのがラスベガス。

 

会場のドルビーライブは中高年のメアリー世代が大集合。

 

多くはロサンゼルスから来ているみたい。



メアリーが沢山(笑)

 

こうしてラスベガスは多くのレジデンシーライブ、そして企業の研修やコンベンションなど、海外の観光客向けというよりは

 

国内の需要を目的とした都市に以降しているようです。

 

さて、メアリーのライブは、、





 

これまでの彼女の集大成。

 

幼いメアリーと思しき少女が夢見るスターへの道。

 

ニューヨーク市の外れにあるヨンカースのプロジェクト(集合住宅)からスターの道へと駆け上がったメアリーの

 

軌跡とともに50代後半にして肉体を駆使した演出。

 

全てがヒット曲!

 

観客が近いからこそより内面の変化もみんなに伝わりやすい。

 

全曲、みんなが大合唱。

 

でもね、私はたまにメアリーが全部歌うI'M GOING DOWNが聴きたい(笑)

 

そんなこんなでレジデンシーのお楽しみはスペシャルゲスト。

 

ちょうど私が泊まっているPALMS RESORTで母の日レジデンシーライブを行うBABY FACE!!!




 

彼は1995年に公開されたフォレスト・ウィティカー監督の映画「ため息つかせて」のサウンドトラックを担当。




 

作家テリー・マクミランの原作のこの映画はホイットニー・ヒューストンやアンジェラ・バセットらが出演。

 

私も何度観たことか。

 

このサントラからはホイットニーのExhale (Shoop Shoop)"が全米シングルチャート1位、メアリーJブライジの NOT' GON CRY

が全米2位、ブランディの SITTIN' UP IN MY ROOMも全米2位という、大ヒット続出のサントラとなったのでした。

 

特にNOT' GON CRYは映画でアンジェラ・バセット演じるバーナディーンの気持ちを歌っていたもの。

 

バーナディーンの夫が秘書と浮気するという裏切りにもめげずに立ち直っていく内容を歌っていて世の女性たちの共感を得ました。

 

当時、私の番組でもオンエアしていましたが、男のディレクターたちはこの歌があんまり好きではないと(笑)

 

内容はまさに恨み節の演歌の側面もあるからでしょうか。

 

そんなこんなでBABYFACEがメアリーのライブのゲストに出て、一緒にNOT' GON CRYを歌うというのは私は初めて観ました。

 

この特別感!!!

 

生きていて良かった!!

 

もう31年前の曲なのについ昨日のことのよう。

 

映画「ため息つかせて」はブラックムービーの新しい夜明けとなり、テリー・マクミランの小説は「ステラが恋して」など

大ヒット映画となっていったのです。

 

今回のライブ会場に来ている黒人の中高年の皆さんとは国籍もバックグラウンドも違いますが、この31年、同じような曲や映画や文学を愛してきた勝手に同級生(笑)

 

前回のバークレーズセンターのライブに一人で参加した私は、両隣、前後の黒人中年シスターたちと肩を組み合い、一緒に歌い、叫び、ハグをした、この経験はお金の価値では到底換算することないかけがえのない経験。

 

メアリーは決して「私を見て見て」という承認欲求が大きい人ではありません。

 

すごく冷静にスターになりお金も名誉もあるけれど幸せを感じなかった自分を分析していました。

 

そこから泥沼離婚を経て、映画「MUDBOUND」ではアカデミー賞助演女優賞にノミネートされ、ドラマ「ゴースト」にも出演、ドキュメンタリー「MY LIFE」の配信。

 

周りに押しに押されて更なる高みに。

 

そしてそれは決して彼女の代わりはいないということが分かってしまったアーティストなのです。

 

ポップ界を行き来するR&Bスタートは違い、休止期間がなく、コンスタントに作品を出してきた最も活動歴の長いR&B女性シンガーはメアリーJブライジ、この世にただ一人。

 

かつてQUEEN OF HIP HOP SOULという異名を持ち、シンガーながらラッパーのようなストリートクレディビリティ、

ストリートからの信頼。

 

この場合のストリートというのは黒人のコミュニティでヒップホップを支持する層という意味合い。

 

プライベートを切り売りすることなく曲で勝負。

 

この日、観客の誰もがメアリーの曲と自分の人生の歴史を辿っていたのではないかと思います。

 

それにしてもね、50代であれだけ踊って歌うって相当なものです。

 

私もメアリーの3枚目のアルバム「SHARE MY WORLD」に触発されて買ったFENDIのトップスを引っ張り出して

着ていきました。

 

何十年ぶりに!

 

一曲一曲、堪能しすぎました。

 

ライブ終了後にもう一度最初から観たくなる、そんなライブでした。


有難うメアリー!



 

 

 

 

 

 

ラスベガス上空に差し掛かると飛行機からは有名なフーバーダムが見えました。

 

映画「スーパーマン」や「トランスフォーマー」にも登場した観光名所です。

 

見渡す限りの砂漠と赤っぽい山々と砂漠。

 

ラスベガスのあるネバダ州はとにかく広い

 

とは言ってもアメリカの州の大きさランキングでは7位。

 

アメリカの州のランキング。

 

1位はアラスカ州 (ダントツ〜)

2位テキサス州

3位カリフォルニア州

4位モンタナ州

5位ニューメキシコ州

6位アリゾナ州

7位ネバダ州

 

アラスカ州は日本列島が4・5個入るんだって。

想像を絶する大きさ!

 

日本列島と同じくらいの大きさなのはカリフォルニア州。

 

ネバダ州は日本の本州と同じくらいの大きさ。

 

しかし人口密度は断然違っていて、本州には1億人以上が住んでいる一方、ネバダ州全体には300万人、ラスベガスに65万人。

 

ほぼラスベガス周辺に集中しているので

あとは広大な砂漠。

 

本州に大阪や横浜市、どちらかひとつの都市しか存在しない規模感と言った方が想像しやすいかも。

 

ほぼ未開発の土地ですやん。

 

どんだけ広いのネバダ⁉️と、改めてその大きさに驚愕したのでした。

 

砂漠には核実験された跡が2000個くらいあるそう。

 

そのだだっ広い砂漠に突然現れる眠らない街ラスベガス。

ラスベガスってスペイン語で「肥沃な土地」なんだそう。

 

1800年代後半にモルモン教徒が発見。

1905年にロサンゼルスとソルトレイクシティの鉄道建設の中継地としてまさに

砂漠のオアシスとして発展。

 

カジノタウンになった歴史は1991年の映画「バグジー」に描かれています。

 

 

 

 

もう一作おすすめはマーティン・スコセッシ監督作「カジノ」

ロバート・デ・ニーロ、シャロン・ストーン、ジョー・ペシが出演。

 

 

シャロン・ストーンの美しいこと。

 この美貌でIQ150以上もあるという天才。

 

さて、昨年のハワイ行きのトランジット以来のラスベガスの空港。

 

ゲートでは早速スロットマシンがお出迎え。

 

横目でチラチラ見ながらAPP RIDE PICK UP 、シェアタクシー乗り場に向かう。

 

ラスベガスの街は大変小さく、空港からホテルまで15分で到着。

 

28階の部屋のバルコニーからはレッドロックキャニオンの眺め。

 

 

 

 

空を見上げるとまるでフェニックスのような彩雲がウエルカムしているかのように

翼を広げていた。

 

 

 ラスベガスの街に滞在してはいるけれどなんだかアメリカの広大な自然を体験しにでも来たような、不思議な感覚になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスベガスに行ってきました〜。

 

私が長年ファンのMARY J BLIGEがラスベガスで初のレジデンシーをするというので行かない手はない。



これまで10回以上のコンサートを観てきたがレジデンシーという同じ会場で何日も演るというのはアーチストにとっても挑戦だ。



 

会場のドルビーライブはそこまで大きな会場では無いのでステージも見やすそう。

 

友人を誘い、ホテルも飛行機のチケットも手配し出発まで2日と迫った日、

 

パッキングを開始し何を着て行こうかテンションもマックス。

 

色んな場面を想定する。

 

ライブ当日、カジノ、高級ホテル、レストラン、プールやジム、、。


最低気温14度から最高気温37度に対応しなくてはいけません。


 

1週間分を手荷物だけに納めるというゲームの始まり〜

 

今年は「ノーバイチャレンジ」つまり洋服などの買い物をしないで過ごす一年なので

昔の服を引っ張り出しては着てみる。

 

厳選に厳選を重ねて洗濯を視野に入れたコンパクトな荷物になった。


行きのアメリカン航空は手荷物のサイズは決まっているが重さには寛容。

 

旅は準備の行程すら楽しいですよね。


 

ふと一息ついてインスタグラムをスクロールすると衝撃のニュースが。

 

なんと、、

 

SPRIT 航空が破綻した⁉️

 

行きはアメリカン航空だが帰りはSPRIT航空なのだ。

 

心臓がドキドキ。

 

メールをチェックすると破綻につき返金されるという。

 

そうなると帰りの飛行機を取り直さなくてはいけない。

 

慌ててユナイテッドのチケットを買い直すことに。

 

もう大慌て。


ちょっと待て。

 

慌てて焦ってギリギリのマインドで行動するとロクなこととはない。

 

一旦落ち着こう。


返金はされるのだ。

 

ビジネスニュースをよくチェックしている友人の話によると数年前からSPRIT航空の破綻の兆しはあり、数週間前にはいつ破綻するか時間の問題だったという。


そんなの知らない😭


今日何も知らずに空港に向かった人も少なく無いはず。

 

今後、自分が利用する会社の動向は把握しておくことが必要だなと勉強になった。

 

今回の破綻はイラン攻撃による燃油の高騰も影響しているそうだ。

 

アメリカは世界一の産油国。

 

何とかならないものか。

 

そうなんです。

 

中東よりもアメリカなのよ。

 

ジャンジャン原油が出ているのが。

 

日本なんてポテトチップスの包装がモノクロになっちゃうくらいすぐ影響を受ける。

 

石油やプラスチックに頼らない社会づくりについて考える良い機会になるかもしれない。

 

こうしてアメリカの格安で旅行を楽しみたい層向けの御用達エアラインがひとつ無くなった。

 

そうこうしながら気を取り直し早朝のJFKに向かったのだった。

 

空港ではダンキンでコーヒーを買い、家から持参したおにぎり、茹で卵とカボチャサラダなどで朝食。

 

ピタチップスをカボチャサラダにディップすると美味しいことも発見。

 

友人はこのカボチャディップが気に入ったらしく「絶対売り物にできる」と感動してくれた。

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画「マイケル」は単なる音楽の自伝映画ではありません。




自分の人生にとって、世界にとって最善とは何かを問う人間の存在の根本に迫ります。


きっとここから世界が変わるであろうパワーに満ちた作品。

マイケルの遺産により私たちはより良い自分であるための別のパラレルに昇華することになるでしょう。

マイケルに全く興味のない、どちらかと言うとネガティブなイメージを持っていた友人が映画を観て揺さぶられ、数日後に再び鑑賞。

来月はブロードウェイに「MJ THE MUSICAL」観に行くと言う。

映画の本編の前にはマイケルにまつわる人々、ジャネットやリビーのMVや昔のテレビCM、そして私のDJ師匠のジェフリーのムーンウォークも流れました!




日本公開は6月12日です😍

2021年に書いて投稿しそびれていたものをアップします。


…………


4/9にDMXが亡くなった。




 

まだ50歳という若さで。

 

太く短く生きた彼の人生。

 

マイケル・ジャクソン、ホイットニー・ヒューストンと重なるところがある。

 

24歳、25歳で亡くなったビギーや2パックもせめてここまで生きていて欲しかったとも思う。

 

DMXは私と同年代なので聴いてきたヒップホップも似ている。

 

RAKIMのTHE BIGGEST FANと自ら公言しており、二人が楽屋で初めて会う場面の動画が現在バイラルだ。

 

DMXの92年のBORN LOSER にはRAKIMの影響が見られるのも当然だろう。

 

DMXがデビューしてからは私の番組でオンエアしまくっていた。

日本で一番ヒップホップをかけていたラジオ局だったので、DMXも一番かけていただろう。

 

ちょうど週末のワイド番組WEEKEND JUMBOを担当して時だったかな。

 

STREET FLAVA のDJ SEIJI のカウントダウンヒップホップで何度DMXを紹介したことか。

 

私がMCをやっていたクラブ180ではDJ SEIJI がPARTY UP のイントロ2枚使い、そして UP AND HERE ! UP AND HERE!のコール&レスポンスはパーティの定番のお楽しみ時間となった。

 

その前後には最近リバイバルしたRETURN OF THE MACK、先日EW&FのVERZUZでもかかったネタ使い、D-NICEがプレイもしていたPARTY AIN'T A PARTY、ジブラのパーティチェッカー、SUPER THUGなどのパーティチューンと並んで欠かせない一曲!

 

友人ら曰く、ニューヨークではブロンクスもブルックリンも全ての車がRUFF RYDERS ANTHEM を鳴らしていたほど街はDMX一色だったという。

 

DMXが最初に盗みを働いたのは7歳。

 

14歳でクラックコカインに手を出し早期からシステムにドラッグを入れてしまった。

 

時は1985年。ニューヨークでクラックが蔓延していた時期。

 

映画「ニュージャックシティ」にその様子が描かれているが、ゲトーで80年代に育った友人は道端に注射針やパイプなどが散乱し、中毒者はもとより、道に横たわる死体を生まれて初めて見たと話していた。

 

両親からは愛情を受けられなかった彼が尊敬していたのは祖母。

 

先週私の番組でオンエアした「I MISS YOU」は祖母の死について歌った曲だ。

 

敬虔なクリスチャンの祖母の影響で深い信仰心を持つDMX。

 

昨年7月に行われたVERZUZでスヌープ・ドッグと対戦した際「スヌープ、俺のお前への愛は俺のものだ」と語った。

 

その時のタイムライのコメントなどには「DMXは何を言っているんだ?」と揶揄されていたけれども、私には彼の言わんとしていることがよく分かる。

 

誰かへの愛情というのものは、たとえその相手が何をしようとも揺るがない「俺の愛」だからだ。

 

長年DMXを番組でオンエアし、友人たちの話や全てのビデオやリアリティ番組を通し見てきた私には、彼がたとえ刑務所に行こうがドラッグに溺れようが、養育費を滞納しようが、隠しきれない輝きを持っている逸材であることが分かる。

 

ヒップホップ、R&Bを愛する者にとってここがジレンマだ。

 

DMXがドラッグ中毒であり、何度も何度もデトックスを試みるがまた元に戻ってしまうことは周知の事実。

 

同時に誰からも好かれる優しさと純粋で大きなハートの持ち主でもあった。

 

無理やり彼にドラッグをやめさせることが出来たならとっくにやっていただろう。

 

ホイットニーは16歳の誕生日に兄からコカインをもらった。

 

13歳のマライア・キャリーは姉からコカインを勧められたが断った。

 

興味本位でドラッグを試す人はアメリカにはゴマンといる。

 

私の知り合いや友人の親も昔はアディクトだったと言う話は珍しくない。

 

ニューヨークでドラッグ中毒の人を外で見ない日はない。

 

ストレスの溜まる仕事、弁護士や投資家でさえハードなドラッグを嗜む人が少なくないのだ。

 

ほどほどに嗜む人が殆どだろう。

 

しかしDMXはドラッグとの縁が切れなかった。コントロールされてしまった。

 

DMXが亡くなった夜、ERIC B がファットジョーのインスタライブで切ない心情を吐露した。

 

「ドラッグっていうのは、ハイになったことや中毒で苦しんだ者以外がやめろって言ってもダメなんだよ。本人がやめないとやめられないんだ。俺はドラッグも酒もやらないんだ」と。

 

倒れる2日前の3月31日、フィアンセがインスタグラムにDMXとドライブしている動画を投稿した。

 

楽しそうにジャクソンズの曲でノリノリで体を揺らしながら歌うDMXの最期の姿がそこにあった。

 

あのDMXが本物の彼なのだ。

 

まさか2日後に心臓発作を起こすなんて全く予想していなかっただろう。

 

銃弾に倒れたり病気やドラッグ、事故で亡くなるアーティストがこれほど多いジャンルはない。

 

 

今これを書きながら1992年、DMXが22歳の時にリリースした「BORN LOSER」という曲を聴いている。

 

 

 

 

 

 

 

大好きな近所のレストラン「MAYFIELD」が突然閉店。


パンデミックから完全には立ち直れなかったよう。


従業員が前向きに去るためのクラウドファンディングもしていた。


クラウンハイツでは一番好きなレストランだったのでショック。


これから牡蠣はどこで食べたら良いの?


ここの有名なケールサラダはたまに再現するほど気に入っていた。


閉まったシャッターの前で立ち尽くしていたのは私たちだけではなかった。


開店時間に現れた白人男性も知らずに来たという。


途方にくれた友人と私はしばしグーグルマップと格闘。


半ば諦めながら、、。


するとうちから徒歩10分のLOWERLINE というニューオリンズ料理の店を発見。


運良くカウンターに座れた。


この牡蠣のディスプレイも期待させてくれる!




果たして、、


注文した牡蠣はイーストコースト産とカナダ産の盛り合わせ。


一個3ドルとお高めなので友人と2人でダースをシェア。


手前の大きめなカナダ産の牡蠣がプリプリで歯応えがあり、甘い!!昔ロンドンの道端で食べたフランス産と同じ美味しさ!



ニューオリンズと言えばシーフードの揚げ物。

今回はナマズ。ころもがサクホロで旨し。


チキンガンボは味が濃かったがご飯に合っていた。


サービスのパンナコッタ。


写真の缶はニューオリンズのカフェ ドゥモンドのチコリコーヒーの缶。


ニューオリンズは20年前に行ったっけ。

また行きたいなあ。


良い店を見つけられて嬉しい!


ニューヨークのレストランが値上がりしている中、競争はますます激しい。


レストランのサービスは昔よりも良くなっているような気がします。




個人的なジャーナルのように綴りました。

2日連続の撮影、取材の仕事でクタクタ。

慣れない事をすると普段使っていない感覚が飛び起きて行き場を求めて右往左往。

自分の不甲斐なさを突きつけられる。

学びの場は自ら意識した時に開かれる。

傲慢さの入る余地はない。

エゴが創造性にだけに使われると良い方に作用するということの再確認をした。

物事とは如何に自分の中で認識するかで人生の土壌が肥えていく。

未熟さを目の前にドーンと置かれるという、何ともハンブリングな経験が自分を掘り起こしてくれのだ。

つまり柔軟でいる事は精神的にも肉体的にも健康的に人生をやりくり出来る術。

これらのことはビジネスと違い即物質的には現れない。

しかし実に豊かなフルーツ、実りを自分の中に残してくれる。

昨年の私のテーマは「不安を無くす」だった。

今年は「豊かさ」の定義の個人的な再構築がテーマだ。

聞くといっとき流行った「億女」は下火らしい。

「意図して引き寄せる」というのは昔からドロレス・キャノンが

「豊かさを物質化するのは1番簡単なこと」と話していた。

一斉を風靡した「ザ・シークレット」にも詳しい。

YouTuberがサムネで

「豊かさを引き寄せましょう」と叫ぶ。

はて、豊かさとは一体何なのかということだ。

もしお金が真の豊かさをもたらしていたら

◯プスタインは違った人生を歩んでいただろう。

◯ーロン・マスクの娘(元息子)も父親を尊敬していただろう。

私ですらお金儲けのことだけを考える人生になっていたかもしれない。

豊かさがどんなものであるかは実にシンプル。

それは私たち個人がすでに豊かであることに気づいていくというパラドックスだからだ。

これについてもドロレス・キャノンが昔から説き、大木ゆきのさんの「宇宙におまかせ」他でも常に語ってきた。

最近興味のあることがたくさんあって気忙しい。

実は今、芸術への熱が高まっている。

それを刺激してくれる人との立て続けの出会いが余計にそうさせている。

音楽とアート。

この2つは幼い頃からの永遠のテーマだ。

一方カニエを聴き、一方でキーファーの作品を調べるみたいな感じで。

ということで今週も1人で盛りあがるぜ。

1人ビエンナーレ❣️