新しい言葉で根性を 現すにはガッツじゃ無さそうだ。ガッツと言う単語も古き時代の私たちの言葉、でもどうしても今は自分にそのガッツが必要で、最近ではあまり見学を喜ばなくなって来た子供のフットサルの試合を観に行った。彼も私たち同様に自身の祖父の通夜、葬儀と続いて練習は出来ていない。通夜の席では親戚の酔った叔父たちにビールを進められ、スイスイと何杯かは飲み干していた。もうサッカー部はインターハイを境に引退して大学も決めていることもあって社会的行動は心配しないつもりだった。通夜がひと段落して黒いふくのまま眠る人もいる中、ジャージを取り出した彼は、制服のブレザーを脱ぎ、ジョギングをする準備をしていた。立体的に割れた腹筋と練習ジャージに刺繍された10番は実にフィットしていて、間違っても自己管理出来ていない我々が手にする物ではないと気づかされた。携帯電話は持たず耳にはミュージックプレイヤーのイヤホンを付け、坦々と深夜に今日のトレーニングをこなしていく。