1995・3・20
地下鉄サリン事件から24年の今日。江川紹子さんが寄稿されています。『その違和感を大切にしよう~オウム事件の悲劇をくり返さないために』事件を知らない世代に、杉本繁郎受刑囚からの手紙を引用しつつまとめられている記事で、心に訴えかけるものがあります。地下鉄サリン事件とは(wikipedia)カルト宗教がどうとか、実行犯はどういう人物だったとか、被害者の様子だとかそういったものを私が語る資格はありません。ですが、“営団地下鉄の一社員の家族”としてあの時私が感じたことを、自分のために残しておこうと思います。当時の私は15歳。中学の卒業式を終え、学校に行かなくてよい私は自宅でゴロゴロ。そのうちに母親がリビングに掃除機をかけ始めました。話題はなかなか帰ってこない父の話。「お父さん、遅いねぇ。どこか飲みにでも行っちゃった?」なんてのんきな会話をしていたと記憶しています。(父は昨夜泊まり勤務)家の電話が鳴って、母が出ると父からのようでした。「お父さん、飲んで帰るの?」っと聞く母に、『何言ってんだ!テレビ見てみろ』と言われテレビをつけると事件の報道です。テレビは被害者の状況と、運ばれた病院を報道していたと思います。父は会社で待機になった事と、いつ帰れるかわからないと伝えると電話を切りました。残った母と私とでしばらくテレビを見ていたと思います。現実感が無かったんですよね。当時は千葉に住んでいて、霞が関なんて遠い場所という認識でしたし。しかし、時間が経つにつれ父が帰ってこないことがとても恐怖でした。いつ帰ってきたのか覚えていないのですが(笑)とても疲れた表情をした父が家に居たときは、とても安心したのを覚えています。あの時のなんとも言えない不安感。その後の私の人生に確実に影響を与えています。