祝日月曜日のお休みだったので、行きたくてもなかなか行けなかった小石川植物園に行ってきました!

柴田記念館

文京区内だとは思えないほど広くて大きな木がたくさん!メタセコイアもあったりしてここが東京だということを忘れさせてくれます。

 

オオシマツツジと八重霧島

 

日の出霧島とアマミセイシカ(凄くいい香り♡)

 

サクラツツジとキレンゲツツジ?

 

イロハモミジの実と藤(長崎一才)

 

 ジャーマンアイリス?とヒマラヤスギ

 

トキワマンサクとハンカチの木

 

 

 

ニュートンの林檎には花、メンデルの葡萄には実。

 

 

ツツジの花とハンカチの木が一番きれいに咲いていて、他には杜若、ヤマブキ、オダマキ、シラン。終わりの藤とイロハモミジには実がついていて可愛い!始めて見ました♪一日ゆっくりお弁当食べて過ごしたい場所ですね♪

 

 

花が風に揺れてハンカチを振っているようです

 
個人的に楽しかったのは木の樹皮。個性的で面白い!!
 
カリンとスズカケノキ
 
イヌシデとタイワンアカマツ
 

お花の撮影以外にも、行きたかった理由は『小石川養生所の井戸』!

大岡越前や暴れん坊将軍、赤ひげで散々出てきて名前は良く聞く養生所の足跡を求めて行って来たんです。

 

井戸は意外と大きかった

元々は徳川幕府により薬園として1684年に開かれたのが、享保の改革(1722年)で養生所を創設。1872頃までここで養生所→貧病院と名称を変え人々の治療を行っていたようです。

 

関東大震災(大正12年)の記念碑

名跡として残っている井戸は、関東大震災での被災者を受け入れたときに大いに役立ったそうで、養生所の名残みたいなものを感じました。

 

この小石川養生所と次の一万円札の顔の渋沢栄一とは少し関係がありまして・・・・

東京骨灰紀行164頁~170頁『ぼちぼち谷中』6章

 

小石川養生所が明治維新で幕府から新政府へと管轄が移り名称も養育院と改め、その後東京帝国大学医学校(東大医学部)へと所轄が移り、1874年から渋沢栄一が経営に携さわり始め上野→神田→本所→大塚と場所を変えながら、関東大震災後に板橋へと移りました。渋沢は91歳で亡くなる直前までの50年間を養育院の院長として過ごしています。

その後養育院は1986年(昭和61年)東京都老人医療センターへと改名し、2009年(平成21年)東京都養育院条例が廃止された事を受け、東京都健康長寿医療センターと改称し板橋にて現在も治療に当たっています。

 

旧東京医学館本館とつつじ

 

私、大変感動したのです。歴史で習うような300年も前のしかも弱者救済を目的とした、現在で言うところの社会保障ですが、基本的には採算性のないある種の慈善事業が2020年の現在も残っているということに。

場所も、規模も、名称も、持ち主も変わってはいますがターニングポイントとなる時代時代で、きちんと思想を受け継ぐ人が出てきて受け継がれていることに、近年稀に見るほどの感動を覚えましたw

こんなことも知らず、私はなんと愚かで無知なことか・・・・。無知は罪。

この事実を教えてくれた『東京骨灰紀行』が私にとってのバイブルになった瞬間でもあります!!

 

 

っと、もっと気軽にお花や自然を楽しむのに小石川植物園おすすめですよ!

入園料が発生するので、ひどい人ごみでもないですから少しゆっくりしたい方に。