私が産まれて間もなく、父方の祖母は亡くなったと聞いている。
父方の祖父は、父が3歳くらいのときに亡くなったため、祖母は女手ひとつで5人の子どもを育てたらしい。
父は、いわゆるマザコン。
祖母の話を良くしていた。
子どもながらに、よくわからない話もあったけど、覚えていない祖母の話を聞くのは楽しかった。
祖母は、私が産まれたことをとても喜んでくれて、はるばる電車を乗り継いでまで会いに来てくれたんだそうで。
私にとって、祖母が私という存在を喜んでくれていた、というのは、辛いときの心の拠り所だった。
両親の激しいケンカが聞こえる夜も、布団の中で、おばあちゃんおばあちゃん、と祈っていた。
そういえば、保育園の年長さんの頃、父の自転車の後ろに乗っていて、段差で激しく揺れたとき、私はコンクリートの地面に頭から落っこちたことがある。
父は顔面蒼白で心配してくれたが、なんか全然痛くなかったし無傷だった。
結構本気で、ばあちゃんが守ってくれたんだと今でも思ってたりする。
祖父母がいる友達が、実はかなり羨ましかった。
お小遣いくれたり、帰ったら待っててくれたり、自分の味方してくれたり、知らない遊びを教えてくれたり。
いいなー、と思っていた。
冷静に考えると、私は祖母にとって初めての孫だったわけでなく、そんなに特別ではなかったんだと思う。
まあ、勝手に私が思い込んでいただけなんだけど、いつもそばにいて見守ってくれてるように思っていた。
私たち一家が、故郷を離れた場所に移り住んでから一度も行ったことがなく、祖父母の墓参りもしたことがなかった。
昨年、初めて故郷を訪ねた。
やっと、お墓に手を合わせることができた。
ちょくちょく行きたい思いがあるが、距離がありすぎて、ちょっと無理。
幸い私の子どもたちには、今ちゃんと祖父母がいる。
私は自分の祖母を知らないから勝手に美化してる部分が大いにある。
しかし、義両親が孫と関わっている様子を見ていると、なんかもう、とにかく全てにおいて孫ありき。孫中心。孫バカ。
私の子どもたちが、たとえ不良になろうが何しようが、多分この人たちは無条件で見返りなしで味方なんだろうと思う。
産まれてきた、ただそれだけを純粋に喜んでくれる存在が、こんなにいるんだなあ、と思う。
ばあちゃん、あなたの孫は、バカなこともしたし失敗もしたし未だに何も守れない情けない人間ですが、なんとかかんとか生きてます。
くじけずにこれたのは、ばあちゃんが私の存在を喜んでくれた、可愛がってくれていた、という話を聞いていたからです。ありがとう。