[ラザレフ]第562回定演[京響] | Savage Salvage (AKA UЯASHIMAru)

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ラザレフに緊張せよ!

なんじゃこの素っ頓狂なおっさんは!(爆) 慣例で約20分前に始まるはずのプレトークのために席で身構えていたら10分も遅刻した挙句すっかり正装して御登壇下さったラザレフ氏、通訳のおばさんを通じで延々20分もの独演会。おまけに、今日はこの後演奏もあるんで帰ったらあかんよーて・・・!しかし昨夜といい今日といい、おしゃべりの好きなヒトておるんやなぁ。ただ昨夜のキモイ自愛系おっさんと違い、ラザレフは心の底からロシア音楽を、なによりチャイコフスキーを愛しているということだけはよーく判った。わかったらはよ演奏せんかい!と、思ったら客席に一例後振り返りざまにいきなりなんのためらいもなく弦セレが鳴り出した。いやーこのおっさん、只者やないでホンマ!
この京都初登場のおっさん、さすがに最近は日フィルの常任なのでちょいちょい噂だけは漂ってくるが、いやあ聞きしに勝るユーモア、しかも切られる寸前ナイフ系の際どい危ないそれでいてどこか突き放したオトナのひねりを効かせた、いわば歩くスケルツォ??!

というか指揮者てほんまに指揮者次第でオケってこんなに違うんや、って今日程はっきり思い知らされた日は無かった。はっきり言って京響は昨日までの京響ではなかったし、とくにクラリネットの小谷口嬢、、、彼女の実力を今日という今日こそ思い知らされた。こんな音鳴ってるて聴きつけられたらまたどこかの国営放送楽団に狙われるで。しかも彼女東京藝大出のホンモノだし。

ちょっと聴いただけやとエモーションむき出しの泥臭い音でお涙頂戴型の、薄っぺらい演歌にしか聴こえへんラザレフの味付けは、しかしたとえばこのチャイ5を、前半、後半のふたつに分け、それぞれ1楽章2楽章と3楽章4楽章の継ぎ目を、咳やくしゃみやあめちゃんの包み紙の音で満たすことを、客席に対して強く戒める。そう、彼のもう一つの、他の指揮者に無い偉大な力とは、音楽会というものが決して指揮者とオケ面との関係だけで成り立つのでなく、そこに、客席に聴衆が居るということを、その聴衆そのものにも強く意識させる力。その力のお蔭で、彼が作り出す音楽の如何を問わず、客席はその音楽会と共犯の関係になるのだ。そんなことを意識上に意識させられた事も、考えてみれば金輪際ない。いや、わざとらしい手拍子や、みなさんの市民オケでーすとかいうような擬似共同正犯にされたことなら何度もあるが、あれはむしろ指揮者の罪をなすりつけられた悪夢以外何者でもない。

それに対してラザレフの、確信犯的一体感はオレ達聴衆に強い音楽的緊張感を齎す。これに気づかないヤツが居れば、それはもう相当鈍感、というかココに居る資格は無い。車椅子生活であろうが知的障害であろうが関係ない。とっととココを立ち去れ!
オレ達がなにを感じているか、ラザレフの背中~いや必ずしも背中である必要すらない、彼は時折オレ達にまで指揮棒を振り下ろすのだから~は、すべて知り尽くす。なのでオレ達がこの演奏会をその初期に感じた泥臭い、田舎くさいものとして、ストレートな演歌としてしまいたければ、きっとそれはそうなってしまう。しかしラザレフの揺ぎ無い確信、というよりむしろそのようなものからひょいと身軽にその先へと乗り移ってゆく能力によってオレ達もまた彼の後姿を見失わないように、緊張感を維持し続けなければならない。しかしそれこそ一聴衆として音楽会に集まるモノとして、これ以上の幸福が他にアルであろうか?!

にしても京響の変身振りに驚愕した。これはオレだけじゃないやろ。少なくとも定期会員は皆思った筈。あんな重低音が出るんや。あんな泥臭く力の籠もった弦も鳴らせるんや。そしてなにより木管、金管の張りと艶。なんでや、これは全く別のオケです!ラザレフよ、いったい京響に何をした!これはオレの聴く京響史上最も驚いた日やったかもわからんね。
これを契機に是非二度三度、いや四度五度、ラザレフを呼んでくれ!というかもうちんけな小人なんか要らん。日フィルのついでに京響の音楽監督になってもらって、これからはラザレフによってスケルツォ化された音楽とともに世界を巡れ!とりあえずラザレフの京響をもっと聴きたい!!

10/28(日)
京響第562回定期演奏会
@京都コンサートホール
アレクサンドル・ラザレフ/京都市スケルツォ交響楽団
【曲目】
弦楽セレナードハ長調Op.48
(休憩)
第五交響曲ホ短調Op.64
(アンコール)
4羽の白鳥の踊り(白鳥の湖)
作曲はもちろんすべてチャイコフスキー