【大阪クラシック】やっぱ大植さんサイコー【究極の九曲】今日は大フィルもサイコー | Savage Salvage (AKA UЯASHIMAru)

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今夜の究極のベートーベンの前座とでもいうか、今日一日の対をなすピアノ・スペクタキュラーは昨年よりパワーアップしてスタインウェー2台ヤマハ2台の4台のピアノ。このペースでいくと来年は8台、再来年は16台・・・。

もう大植英次さんこと大植さんこと英次さんの場合、ミスタッチとかそういうの関係ないですし、いつのまにか弾き振りになってるし、楽譜は2ページまとめて捲ってるし、見ている我々ですら巻き込まれ感半端ないっすからましてや共演者の心中や・・・。まあこのピアノ・スペクタキュラー自体がもともと大植英次プロデュース、大植英次を励ます自作自演会の趣が強いので、これで良いです。だいたい平日のそれも昼間っからこんなところに大勢詰め掛けてワイワイしてる自体が、まあそういうことなんです。皆大植さんに洗脳されているわけですから。(周囲の会話を盗み聞きすると実は半分位は信者に騙され拉致られて来たっぽいが・・・だって隣のおっさんなんか、うおっ生演奏ですねぇ♪で、でも、エ・エレキギターは出ないの?ドラマーは?とか半泣きでお連れに聞いておったし・・・ビアガーデンちゃうちゅうねんココ)

大植さんは相変わらず、今年のネタとしては大形の虫眼鏡と白手袋(リストのパロディらしい)でそれなりに笑いはとってるがちょっとマニアック過ぎて、椅子まで使った去年のグレン・グールドのモノマネに勝るものでは無い(笑) むしろおしゃべり無しでいきなり始まったワグナーのほうが一寸笑いを誘ったほど。
そんな枝葉の事よりも、アンコールで演ったベト5第一楽章冒頭部で、この時点ではその風通しの良さが「少し」気になっただけやたやったが後でとんでもない一大発見の暴露に繋がろうとは!しかしまだこの時はそこまでは思わなかった。(少しだけ予感はあったと一応付け加えてはおく。)

すべては今夜のお膳立てに過ぎなかった。

オレにとって大阪クラシックの楽しみは大植さんに尽きる。つまり、今夜7時半にもう一度心ときめく恋人に会えるのにそれまでの間態々他の女に会っても楽しく過ごす自信が無いオレは、他のプログラムに向かうことなく散歩に出かけることにした(というかちょっと興味のあるミセを覗きに行っただけ。)
その過程で中学時代以来初めて環状線を一日のうちに一周してしまった。ふふふ・・・とか言ってる場合ちゃうますな。天王寺の駅で速いのに乗り換えようとして立ち上がったところ、いきなりドア近くでカバンの中身を全部ぶちまけてしまい、後にいた若いカップルがそれを拾うのを手伝ってくれたんやけど、そのせいで彼らも快速電車に乗り換え損ねたのに文句も言わんと待って手くれたキミたち、申し訳けありませんでした・・・。すっかり焦ってしまってすんませんなあおにいちゃんと言うのが精一杯やったがまったくもって顔厚忸怩、こんな場合こそお詫びに王将のただ券を差し上げるべきやった。。。


閑話休題。場所はふたたび、暮色に包まれたザ・シンフォニーホール。ちょうど1時間前、開場時間に到着。お昼の部はその時間帯もあってバルコニーは閉鎖されていたけれど、今回は通路にパイプ椅子が並び立見巻も出た超満員。大植さん人気いまだ衰える事知らず。というかこの値段なら聴きタイ、この値段なら来れる、という方々がこんなに多勢いるのに何が補助金カットかバカハシゲ。よく見ろこの輝く市民一人ひとりの眼差しを!

当然と言えば当然やけど大フィル、さすがにBは得意。しかも本日のB,ベートーベンはなんと交響曲全曲を一気にやっつけてしまうという空前絶後八面六臂言語道断色即是空、ただし各々第一楽章のみ、という企画でありますればその期待も高まろうというもの。

今はベートーベンな気分ちゃうねん、という方のお気持ちもわかります(笑)が、このベートーベンはしかし聞き逃してはならない企画でしょう。やはり交響曲の第一楽章それもベートーベンのとなると、これはその意味的にも気韻生動気宇壮大、しかもそればっかりを9曲続けてというと演るほうもいくら得意なベートーベンとはいえ大変なご苦労お察し致します。
でも、今夜はっきりとオレはわかりました。大植さんがなぜこの企画を立てたか。そして4番ではなく5番が終わったところで休憩にしたのか。
オレは常々、ここでも愚痴愚痴言って来たけれどベートーベンの5番と9番、この二つが好きになれない、というかなんか他の曲とちがいこの2曲だけが楽聖ベートーベン曲群の流れを断ち切る俗っぽさ、特に5番冒頭のその冗長さに反して粗鹵狭隘な印象が拭えず、これはむしろたとえばフルトベングラーなんかの録音に猶更顕著なあのいまわしいフェルマータが許せなかった。まるで月並みな演歌ではないか。

ところが、ところがである!なんと、大植英次教授のお知りあいというベートーベン研究家某氏(92)、ベートーベン研究歴80年という某氏が、この5番の直筆譜を発見されたところ、実はそんなフェルマータは何処にも記されてないことが明らかになったと言うではありませんか!!
(ただしこの件は例によって決してブログやアイラブユーチューブ♪に載せてはならない秘密ということですが!)
どうです皆さん!休憩時間やからちゅうて大植さんの極端に濶舌悪い早口言葉に愛想を尽かして「パウダールーム」になんか行ってる場合やない!シャネル19番命名由来がココ・シャネルの誕生日に根ざしてるとかトリビアに満足してる場合やない!!これは世紀の大事件ですよ!!!


オレはベートーベンの5番(第1楽章)が、本当にベートーベンの曲に違いない。ベートーベンの名を騙った誰かの贋作或いは恋愛に現を抜かす楽聖の代わりに影武者が書いたものでもない、と今日初めて、確信しました!

どうやら当初の企画では9曲続けて休憩なしで演ろうとしていたらしいこのベートーベン全曲演奏。しかし5番が終わったところで大植さんの解説を聞かなければ、オレの感動はコレほどではなかったかもしれない。アレはエイジ・エクスプレス的解釈で、余所で無名の者が演れば失格になってしまうような一種のスタント程度に思ったかもしれない。しかし(その楽譜のいかがわしい出所wを信じる信じないを別にして)1~4番への流れすら断ち切るようなフェルマータが無くなることで、たとえそこに20分休憩が挟まったとしても、たとえそこに、(常人には・・・つまりオレは100パーセント聞き取れます!)その5分の1も理解できない日本語が洗濯板に水の如く、いやそれどころか休憩時間が終わってもコンマスの椅子の上には件の楽譜が荷崩れ寸前で積まれたままでも、このフェルマータ抜きの5番のお蔭で、少なくとも8番まで、滞る事なく見事な交響曲が流れた感動は、はっきり言って例の禿頭がいまだにホルン席の一角を陣取っていたことすら、補助金カットするならまずアイツの首からカットしろやと憤った事すらすっかり忘却の彼方へと消し去った程であった。

しかし感動はそれだけではない。大植さんのその見切りの良さは彼の歌舞伎の見切りのような挨拶にとどまらず、アンコールの、それはもうこれしかない第九交響曲4楽章最後の、あの極みをそこだけ切り取った、そのカッコよさ。それはもう、俗人が思うクラシック音楽コンサートのそれを遥に超越した、それこそ泉谷しげる流に言えば、ロックンロールにぁカネかかる!音楽にはカネかかる!でもその感動はそんなはした金を超越した命の輝きがかかってるんじゃあ!もう本当に他の言葉が出ない。カッコイイ!感動した!神がかり!涙が出た!ブラボー!スタンディング・オベージョン!!エロイカ、エロイコ!!!エイジさーん!!!!!

はぁはぁ・・・!