書くということを「職」として捉えるようになってから
僕は改めて『言葉』の難しさに苦しむことがあります。
僕にとって、言葉を生むというのは
自分の経験を晒すこと
自分の思いを表現すること
の2つが多かったのですが・・・
それだけで「職」にはできないということを知りました。
『言葉』を勉強することが、とても大事だということです。
『言葉』を勉強するというと難しいですが・・・
本を読むこと、文化に触れること、いい音楽を聞くこと
好きな作家さんがいればその作家さんの好きな本を読むとか
まったく興味のないジャンルを何ヶ月もかけて読むとか
そういう形で勉強することもできます。
文法をきっちりわかっておくことはもちろん
起承転結、てにをはの徹底
書いた文章で『絵がみえてくるか』ということ
決められた絵ではなく、客観的に見てという意味です。
僕の知人の中では、本を読む人もいれば読まない人もいます。
読む人は読む人なりに吸収し、
読まない人は違う形で吸収しています。
僕はその両方の言葉を読むことがありますが・・・
やはり本を読んだり、文化や芸術に興味のある方と
活字に日頃触れてない人ととは少し違っています。
もちろん、言葉は自分で生むものですが、
誰かが生んだ言葉を、きちんと理解するのも必要だと思います。
その上で生まれる新しい言葉があったりするのも事実です。
それに本は、どんな時代の人とも会話ができます。
どこの国の人とも会話ができます。素晴らしいものです。
これから出会う人に教えてもらうように
生きた言葉を教わることができます。
それって、貴重だし僕のような言葉書きにとっては大切な宝なんです。
僕には好きな作家さんが多くいます。
その中でも、石田衣良さんはこんなことを話しています。
多くの本を読む、好きな作家がいればそのルーツになった本を読む
『読まない作家は世界も想像の幅も狭いから伸びない』
これが正しいとは言い切れませんが、僕はなるほどなと思いました。
また、山本文緒さんは、他の作家さんの短編を写経して語彙などを学んだとか・・・。
書くという『職』を選んだ人は、限られた時間の中で
『読』という勉強を、ライフスタイルに組み込んでいるんだなと思いました。
僕は出来る限り長く書きたい、表現し続けたいので
そのために時間があるときは読書を続けたいと思います。
書きたいし、読みたい、その気持ちを捨てずに
いろんな小説を味わって、吸収していければと思います。
なんか真面目な話になりましたが・・・
言葉を知らないと、書けないわけですからね。
もっともっと知っていこうという独り言でした(笑)
ちなみに、今は『abさんご』がものすごく読みたいです。
今読んでいる本が終われば、本屋に探しに行こうと思います☆