猫は普通に音信普通になっていただけでした。
音沙汰がなくなった次の日は自分が生きた心地がしなかった。
ちょうど熱中症とかのニュースやってたから、
「部屋で倒れてんじゃないか」ってずっと思ってた。
もし猫が本当に倒れてたとしても、
私は何にもすることができないのだなーということもわかった。
家の鍵もない。
自分が倒れてもしかり。数日後、会社の人に発見されるのだろうか。
こんなにくそ暑かったら、腐敗も進むだろうなぁ・・・なんて。
数回電話して、つながらなくて、これで生きてたら、
「またマイナス思考で考えやがって!」とか散々言われるんだろうなぁと思う。
でも言われる方がいいと思った。
もうなんでもいい、なんでもするから、
神様どうかあの人が元気でありますように、って
お願いした。
帰ってこない子供を心配する親みたいだった。
結局なんでぷっつり音信不通になったのかはわからないけど、
ぴんぴんしてた。
そこで「なんで連絡くれないのよ!」とか言わない。
昔のわたしなら言ってただろうけど。
もうそんなことはどうでもいいのだ。
猫がいるなら、それでいい。そんな当たり前のことが
幸せなのだということも気がつきました。
忘れちゃうよね、当たり前の幸せってさ。
そういうのをひとつひとつ気がづけるような人になりたい。
一仕事して、荷造りします。
明日の今頃は、函館です。