Bachはお好き? -26ページ目
物を買う、等 メーカー工場で造られた
自動車やカメラ等は一円でも安く
買えるところをあの手この手を使い
情報のアンテナを張り巡らせば
世間一般の定価を下回る買い物が
出来るものです。
しかし旅行の権利を購入するに
あたってはそうもいかないようで・・・
春休みに海外旅行を企んだ
拙の娘等5人組は今話題の旅行会社
(倒産したあの会社)が企画した
プランで海外旅行としゃれ込んだのですが
ニュースになった様に宿泊先で
宿泊を拒否され帰りのチケットも
紙っぺらになったようで、
すったもんだしているようです。
拙から旅行代金をせしめたまでは
よかったのですが小遣いをを捻出する
姑息な考えが今回は凶とでたわけですな。
予定では月末に成田に到着予定ですがね。
どうも雲行きが怪しいらしい。
異国で暮らしていてもう10年以上
会っていない悪友の実家から連絡先を
伺い路銀が不足の場合は
泣きつけるように懇願。
快諾してもらいホットしております。
電話代が激安になったので助かりました。
IP電話の有難味を実感。
凸凹珍道中が笑い話になることを
祈るのみ。
帰国のメドがつくまで
さすがに今日は眠れませんな。
弥生2度目の積雪です・・・
やっぱ降った。
先人の格言は生きてますな。
今日も出勤!
信州松本は大雪!
今宵はいろんな連絡が入りそう。
早めのの晩飯をとり仮眠することに。
山から帰って参りました。
今回、車中泊を決行したのは封筒型の
ダウンシュラフを買ったから。
-15℃までOKらしいのを試したかったの。
エンジンのかかっていない車中は
結構冷えるんだよね。
っでランクルのなかで寝るとどんな塩梅か。
二人用のデカいサイズだけど
広げて使ってみたら・・・
ヌクヌクと眠れました!
県外の山間部へ車両を使用して移動します。
装備を減らしたいのと駐車場が
確保出来たので車中泊!
日出直前の気温降下がたまらないんだよね!
標高1500mなので‐8℃を想定
六分儀も持ってコ。
夜、晴れますように!
同乗者の詮索はしないように・・・
要望が多いね~
確定申告の期限が来ました。
ギリギリ提出というのは農地を
貸しているのですが賃貸料の扱いに
見解が分かれまして・・・
各方面の見解を擦り合わせて課目を
変更したわけです。
要は納税額が下がればよい訳でして・・・
しかし納税は完了。
還付金どこではありませんな。
拙は赤旗の下でのあらゆる活動に
抵抗感を禁じ得ないです。
内外の英雄とか指導者と呼ばれる人々や
国内での活動、日常生活等から
主張と生様の乖離が我慢できないんです。
しかし右側のヒトもひどいもんですな。
小学校を設立することによって何を
得たかったのでしょうか。
さっぱりわからない。
拙は私学の経営を裏から覗いたことが
あるんですが高尚な志を貫いて教育方針を
貫くことの厳しさを知っております。
それにつけても金の欲しさよ。
金を残すということは並大抵では出来ないです。
偉大な経営者、富豪と称えられるヒトは
多いですが、そのヒト、企業と取引すると
偉大な足跡を残すために犠牲になった
ヒト、組織、仲間というものを知ることが
出来ます。
切られた、捨てられた、騙された、等
当事者になれば思いは変わるものです。
それでも赤旗の下には集いたくないです。
共産主義も社会主義も統治の手段です。
幻想の中で迷走する
秀才君達のなんと多いことよ。
拙の先輩に長靴の認知と啓蒙を行ない
挙句のはてに”儲かっただろう”と根拠もなく
放言した方がおります。
これでも衆議院議員。
在学時代から秀才の誉も高く予定通り
イチョウが校章の大学へ。
東京の高校のように入れなかった奴が
珍しい高校もありますが、拙の出身校は
1ダースも入学すると大騒ぎなる程度の
高校です。
口と行動だからどうしようもないですな。
彼は安曇野の中にある豊科(とよしな)という
田舎の出身だから雨や雪や災害時には
長靴は必需品だったハズなんですがね。
質実剛健の気風が売りの高校出身
なんだからひざ下くらいの水深なら
革靴履いたまま歩きゃいいんじゃねえか
と思いますがね。
秘書も気が利かねえ奴だね。移動中に
長靴くらい調達しろよと思うね。
夜、飲み歩く店の予約に一生懸命だったん
だろうか。
最高学府から大学教授、衆議院議員と
日の当たる道ばかり歩いていると、
感謝とか謙虚とかという言葉は忘れて
しまったんでしょうな。
さてこの先輩にはもう一つ問題が。
高利を売りにして選挙資金を集め配当を
行っていない疑惑が。
勧進元は母親ですがね。
集めも集めたりその額5億円。
信濃毎日新聞に掲載されましたよ。
どこかがおかしくなってますな。
トンボが泣いてるよ。先輩!
拙が学生の時はゲタ履いて腰に手ぬぐい
をぶら下げている奴は既にいなかったです。
時代遅れの歌詞でしたが拙が入学する
数年前までは地で行く先輩が存在していた
ようで学内の雰囲気は残っておりました。
”かまやつひろし”という歌手と歌の内容に
ものすごい違和感をもったものですが
慣れというものは恐ろしいもので
ベストマッチと思うようになるから不思議です。
”男らしさは優しいことだといってくれ”とか
”ゆめを見ながら旅でもしないかあの頃へ”
とかね文言がいちいち琴線にふれるんだよな。
お雛様を飾るのは男衆の仕事!
というのが我が家の伝統でして・・・
先祖の女衆もたぶんそうだったのでしょう。
花より団子体質だったのか。
正装してキャーキャー騒いで楽しんだ
のはいつごろまでだったか。
拙の娘は雛祭りには全く関心がありませぬ。
但し食事会は参加するとのこと。
どうしてこうなっちゃったのかな?
とボヤく今日この頃。
昨夜は飾り終えたひな壇の前で
母親とちらし寿司で乾杯。
北大恵迪寮の寮歌。
今でも年に数回唄いますな。
付き合っている人種がわかるというもの。
拙が出た高校は入学直後に応援練習という
ものが放課後ありました。
中学時代にお山の大将だった餓鬼が最初に
受ける荒っぽい洗礼でしたな。
今日は休みで家でブラブラ起床は10時でした。
信州の春の到来を実感しながら
裏山を歩き回っております。

