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行雲流水

人はそれを、偶然な必然の運命と呼ぶ。

自宅にいる時間が増えて、植物を育てたりする人が増えたらしいが、

その波に乗ったつもりはないのだけど、自分もたまたま育て始めたのでした。

 

初めは、コケ玉作りの体験で作成した子に毎日水あげるだけだったのだけど、

すくすく育ったので、挿し木で増やそうとしたり、新しい別の種類のものを買ってきたりして、

育ててました。

 

そして、ある時、youtubeでアボカドの種から目を出させる動画を見て、

真似してやってみたところ、これもどんどん育ったのでした。

 

思い出してみれば、小さい時に、

 

「果物を食べた後の種を撒いたらどうなるのか、、、、?」

 

と、純粋に思っていた時もあったので、

何気にそれを今やってるなぁと、不思議な気持ちになりました。

 

種から発芽させたり、そこから植え替えや大きくなるための工夫、

環境を考えたり、種ごとの性質を勉強したりするようになって、

今普通に食べている野菜や果物は、その実に至るまで、

どれだけの手間がかかっているのだろうかと思いを馳せるようになりました。

 

そして、育ち実った命を頂く。

 

食事をする時の、「いただきます」は、

命を頂くという意味である。

そのこと自体は、知識として知っていたし、

実際、頂いている事実から認識はしていたのだけど、

そこに至る成長の過程や命そのものに対して、

感謝の気持ちを実感したのは、

初めての体験で、命を育てるきっかけをくれた子にも感謝しなくちゃって思いました。